第14話 俺は強くなることを望んでいない

 ぐつぐつと鍋が煮えてきた。俺が今煮ているのはホウテッソウと呼ばれる草だ。生食には向かないが、鉄分とタンパク質が豊富に含まれていて、失った血を補うためにこれを摂取しようとしているのだ。


 そろそろいいか。俺はホウテッソウのスープを一気飲みした。常人ならば、熱湯を直接飲むと確実に体内が火傷するであろう。しかし、今の俺は暗黒騎士の再生能力がある。火傷してもすぐに再生するから、難なく飲むことが出来る。


 暗黒騎士のスキルは凄い。改めてそう思った。尤もこれは俺が今まで殺して来た人間がいるからこそ発揮出来るものだ。そう思うとかなり複雑な気持ちだ。


 俺が今まで殺して来た人間はハッキリ言って悪人が多い。もし、救いようのないクズだけを殺して来たならそこまで気に病むことでもなかったのであろう。だが、俺には何の罪もないケイ先生を殺してしまった責がある。そのことが重くのしかかる。


 この力はハッキリ言って呪われた力だ。よく、力に罪はない。力は使い手次第だ。という論調があるが、俺はそれには同意出来ない。例えこの力でどれだけの命を救おうと俺が奪ってしまった命は二度と帰って来ない。


 いけない……色々と考えすぎてしまうのが俺の悪い癖だ。今はそんなこと考えている場合じゃない。とにかく、あの野盗達から村を守らなければ。俺は剣を持って開拓地村の方へと向かった。



 開拓地村へと向かう道中、野盗が六人程俺の目の前にやってきた。


「けけけ。まだこんな所に獲物が残ってやがったぜ!」


「丁度いいぜ。こいつの首を刈り取って、サッカーしようぜ」


 こいつらは人を襲う野盗をやってるくらいだ。当然戦闘系のスキルを持っているだろう。


 暗黒騎士の力を解放し、漆黒の鎧を身に纏った状態。俺はジェノサイドモードと呼んでいる。あの状態の時なら相手がどんなに強かろうと数が多かろうと勝つ自信はある。しかし、あの状態を何度も多用はしたくない。あの状態は制御が全く効かずに、ただ自身の殺人衝動の思うがままに行動するのだ。もし、ジェノサイドモードを多用したら普段の時も殺人衝動に支配されるようになる。俺の直感がそう告げているのだ。


 俺は剣を構えて、一番近い野盗に斬りかかる。


「がは……」


 野盗は俺のいきなりの攻撃に対応しきれなかったのか、防御することすら出来ずに一太刀浴びてしまった。


「て、てめえ! やりやがったな!」


 仲間を倒された野盗が怒り、武器を取り出した。曲刀を持っているのが二人。杖を持っているのが二人。槍を持っているのが一人。恐らく杖を持っているのは魔術系のスキルを持っているのであろう。杖には魔力を高める効果がある。物理攻撃を得意とするスキルなら、杖を持つ必要がないのだ。


 この野盗の戦闘力自体は、先程俺が倒した野盗達と変わらないだろう。あの時はジェノサイドモードを使ったが、今回は不使用でいく。


 暗黒騎士の力を解放したジェノサイドモードは人を殺した時に超強化される。だが、通常時の俺でも人を殺した時に微量に強化を受けているのだ。


 今までの俺はジェノサイドモード頼りだったが、今の俺は違う。先程の野盗数人を倒したお陰で加速度的に強くなったのを感じ取っている。


「俺っちのスキルはクラウン! 戦闘スタイルは曲芸だ!」


 曲刀を持った野盗が、自身の得物を俺に向かって投げつけてきた。ナイフ投げの曲芸か。だが、躱せないほどではない。俺は攻撃を見切り、投げられた曲刀を躱した。


 すると野盗がにやりと笑った。


「ふん。バカめ! 俺っちが投げた曲刀は自在に動くんだよ!」


「うん。知ってる」


 俺は後ろを振り返ることなく、ブーメランのように帰って来た曲刀を後ろ手でキャッチした。


「なにぃ!!」


「ほれ、返す」


 俺は野盗に向かって曲刀を投げた。自在に動かせる条件は自分で投げた時限定のようで、俺が投げた曲刀はそのままスパっと野盗の首筋を切り裂いてどこかへと飛んでいってしまった。


 残り四人。残りの野盗もこれくらい雑魚だったらいいのだけれど。


「ふん。所詮曲刀使いよ。持っている武器からして、負け組。最強は俺様の持っている槍よ! 螺旋突進スパイラルチャージ!」


 槍を持っている野盗が、槍を構えて俺に向かって突進してきた。槍は回転していて、その突破力はかなりのものになるだろう。まずい。避けられない。通常時の俺は攻撃面では暗黒騎士の補正を受けているが、鎧を身に纏ってないから防御面はかなり貧弱だ。あの槍の突進を受けたら体を貫かれてしまうであろう。


 やはりここはジェノサイドモードを解放するしかないのか……通常時の俺は微量に補正された力で剣を振るうことしか出来ない。技や術を何も使えないのだ。


 そう思っていたら、俺の左手が急に熱くなってきた。そして、左手は黒い手甲に包まれていく。その手甲を付けた左手で槍を受け止めた。強引に力で槍をねじ伏せて回転を止める。槍を持っている野盗は口をあんぐりと開けて驚愕をしている。


「ば、ばかな! 俺様の螺旋突進スパイラルチャージを受け止めただろ!」


「左手の一部分だけ暗黒騎士の力を解放する暗黒の左手甲ノワールゴーシュ。なるほど。暗黒騎士の力はこういうことも出来たのか」


 暗黒騎士の力に目覚めてから数年間。俺は今まで出来るだけ戦いを避けて生きてきた。だから、自分に何が出来るのかまだわかっていなかったのだ。今まで全身に鎧を纏わせることしか出来ないと思っていた。けれど、一部分だけの解放なら意識を失わずに済むようだ。


「食らえ!」


 俺は右手で野盗を突き刺した。もちろん急所は外している。野盗とはいえ殺すのは忍びない。俺の意識がある内は誰も殺したくないのだ。


「ひ、ひい!」


 槍を持っている野盗がやられたことで、曲刀を持っている野盗が一人逃げ出した。残りは杖を持つ野盗二人。比較的体力がない魔術師スキルを持つ二人を置いて逃げるとは中々薄情な奴だな。


「ふん。グズが一人逃げ出したか」


 杖を持っている野盗の一人がそう言い放ち、俺に近づいてくる。髪を後ろで束ねているのが特徴的だ。


 魔術師系は遠距離攻撃を得意とする。ならば距離を詰めればそれほど怖くはない。そう思って俺は髪を束ねている野盗に向かって走り出した。


「自分から拙者に近づくとは……愚の骨頂よ!」


 そう言い放つと野盗は杖を両手で持った。すると杖を分解して、中から刀を取り出したのだ。


「な、何!」


 俺は思わず驚いてしまった。何なんだこれは……杖が刀に変形しただと!


 虚をつかれた俺は野盗の一太刀を体に浴びてしまう。


「ぐは……」


「拙者のスキルはモノノフ。刀を扱うのが得意なスキルだ。杖の中に刀を仕込み、見た目で魔術師系を装っているのだ」


 やられた……こいつら野盗は戦闘経験が豊富な連中。決して侮っていい相手ではなかった。幸い傷は浅い。まだ戦える。

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