第10話 酒場での一夜
この開拓地村に来てから一カ月程が過ぎた。俺はすっかり村に馴染んでいた。今日も木こりのマークの所で仕事を終える。最初の頃はくたくたになって、すぐに家で爆睡してしまっていた。しかし、最近では仕事終わりにも体力に余力がある。となれば、行くところは一つだ。
俺はリーサがいる酒場へとやってきた。仕事の疲れを癒すには、ここが一番だ。酒場の看板には光源魔法がかけられている。夜の暗がり、その光源に村人達は集まってくるのだ。
俺は酒場の扉を開けた。扉に設置されていた鈴が鳴り、俺の入店を告げる合図となる。
「いらっしゃいませー。なんだリックか」
ウェイトレスの格好をしているリーサだ。服装は白と黒を基調としたゴシックな感じのものだ。所謂メイド服に近い感じだが、スカートの丈はやけに短い。まあ、その方がリーサには似合うか。リーサが丈の長いスカートを履いたら色々とイメージを損なう。
リーサも今ではここの看板娘だ。最初は渋いマスターしかいないむさ苦しい酒場であった。だが、リーサがウェイトレスとして雇われてからは彼女目当ての客が来るようになった。当然売り上げも倍増したらしい。そりゃそうか。リーサのでかい胸を強調するような服だし。助平な男達にとって、リーサは正に癒しだろう。
「リック、いつものでいい?」
「ああ。それしか飲めないからな」
俺は酒が飲めない。この国ではスキルが貰える十五歳で成人となり、酒も解禁されるのである。しかし、俺は暗黒騎士の力を手に入れてからは自分の意識を手放すのが怖くて酒が飲めないのだ。もし、酔った勢いで暗黒騎士の力を解放させてしまったら大惨事になってしまう。自分の意識がなくなる感覚は二度と味わいたくない。俺は心からそう思っている。
「はい、ボクちゃーんママのミルクでちゅよー」
リーサは完全にふざけながら俺にミルクを提供する。
「何だよそれ」
「だってリックって毎回ミルク頼むからこういうの好きかなって思ったんだ」
「んなわけあるか」
一体俺のことをどういう目で見ているんだこの女は。
「だって、リック。私の胸ばっかジロジロ見ているし、マザコンの気があるのかなって?」
「み、見てねえよ! それとマザコンちゃうわ!」
「私にバブみを感じてもええんやで」
「ノーセンキュー」
そんなやりとりをしていると他の酒場の客もリーサに声をかけようとしている。
「あ、あの……リーサさんいいですか?」
「はーい。ただいまいきまーす」
三角帽子を被り、革製の服を着こんだ魔導士のエドガーがリーサに話しかけてきた。彼は黒髪で赤い目が特徴的な男で、女の前では緊張してしまう性格らしい。ここだけの話、俺はエドガーに恋愛相談をされたことがある。エドガーはリーサのことが好きらしい。だから、酒に弱い癖に毎晩酒場に通っているのだ。肝臓には気を付けろよ本当に。
「えっと……その……この、カルーアミルクを下さい」
「はーい」
しばらく、エドガーとリーサのやりとりを見ているとするか。なんか面白そうだし。
「え、えと……リーサはどんなタイプの人が好きなの?」
「賢くて頭が良くて思慮深い人」
うん。その答え方が頭悪いね。頭痛が痛くなってくる表現はやめろ。
「へ、へえ……そうなんだ。ちなみに僕の学歴だけど、王立バルロ大学の魔術学部卒なんだ」
いきなり学歴でマウント取って来た! バルロ大学と言えば、魔術の名門として名高い所でそこの卒業生となると一生が約束されるというエリート中のエリートだ。それが何でこんな開拓地村に来ているんだ。
「私、学校行ってないからよくわかんないや。だから頭のいい人って憧れるんだよねー」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕が今度勉強教えてあげるよ」
「本当? うれしー」
「あれは嘘だぜ」
マスターが急にそう言った。
「嘘? 何が嘘なんだ?」
「エドガーは三流大学の出だ。バルロなんて名門に通っちゃいねえ。リーサの気を引きたいがための嘘ってわけだ」
ほへー。あんな顔とスタイルだけの女を口説くために、学歴まで偽るかね。そういう詐称するのって、後々しんどくなるだけだと思うけど。
「どうだ? リック、俺と話さないか?」
マスターは初老の男で、とても渋いダンディな男だ。白髪交じりの髪は彼の年齢というか苦労を感じさせる。左手の甲に古い切り傷があるのが特徴的だ。
「マスター。マスターはどうして戦いから身を引いたんだ?」
マスターのスキルは竜騎士。竜のような身体能力を持ち、竜の鱗のように属性攻撃にも耐性がある戦闘においてはバランスが良い騎士だ。
「俺は竜騎士だが、日の目は出なかった。正規の騎士じゃねえ。傭兵稼業で食いつなぐ毎日だった。毎回安い報酬で命を張る生活に嫌気がさしたのさ」
「なるほど。それで酒場のマスターに?」
「ああ。俺は仕事終わりに引っ掻ける一杯が好きでな。その時の酒場のマスターにも大分世話になった。今度は俺が、誰かにそういう場所を提供できるようになりてえと思ってマスターになったんだ」
「へー。そうなんだ」
「持っているスキルが今の仕事に活かせない。そういう意味ではお前には親近感を覚えているよ。飲食店で働くなら、味覚と嗅覚が急上昇するソムリエのスキルや、料理の腕が上達するシェフのスキルがあった方が有利だからな。俺には二つともねえ」
へー。だから、この店はリーサが来るまでは全然繁盛してなかったんだ。とは口が裂けても言えない。
「リック。お前はこの村をどう思う?」
「いい村だと思うよ。俺にはずっと居場所がなかったからな。この村はスキルなしでも働き口があるのが良い」
「ははは。そうだな。俺もお前も似たようなもんだ。戦わない騎士なんて存在価値はスキルなしみたいなものだ」
なんだかこのマスターとは仲良くなれそうだ。もし、俺が酒を飲めたのなら、きっと二人で上手い酒でも飲んでいたのかもしれない。
「どうだ? リック。一杯飲んでいくか? 奢るぜ?」
「いや、俺は……」
「大丈夫。軽めのやつにしとくから」
「じゃあ、一杯だけなら」
俺はマスターから度数が低い軽めの酒を受け取ると、それを一気に飲み干した。
「ははは。いい飲みっぷりじゃねえか」
「ああ。でもなんか酔ってきた」
俺は頭がクラクラしてきた。俺もエドガーと同じく酒が弱いのかもしれない。吐き気まではいかないが、なんかもやもやとした気持ちを抱えている。
「おいおい。顔が真っ赤じゃねえか。一番軽いやつを出したつもりだが。お前想像以上に酒に弱いな」
「ら、らいしょうぶ」
「呂律が回ってねえじゃねえか。おい、リーサ。お前こいつの隣に住んでいるんだったよな? 帰りに送って行ってやってくれ」
「はーい。もうしょうがないなあリックは」
そこから先のことは覚えていない。気づいたら俺は全裸で部屋の中央に大の字になって寝そべっていた。一体何があったというのだ。
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