第9話 木こりの初仕事

 開拓地村で迎えた初めての朝。とても清々しいいい朝……になる予定だったが今日の天気は曇り。見事なまでの曇天。せめてこんな日くらいは晴れであって欲しかった。


 そんな俺の心まで曇り空な気分になって、外に出てみると丁度リーサが隣の部屋から出てきた。


「リックおはよう。昨日はよく眠れた?」


「ああ。よく眠れたさ」


「私はドキドキして眠れなかったな。リックが隣にいるって想像しただけで胸が高鳴ってきちゃう。もし襲われたらどうしようって」


 リーサの顔が紅潮している。なんとも色っぽい表情だが、同時に嘘くさくもある。


「嘘だろ?」


 リーサの肌は正にツヤツヤとしていてよく眠っている証拠だ。徹夜明けでこのコンディションの肌だったら逆に凄い。


「バレた? まあ、もし襲ってきても私の足技でリックは軽くやっつけちゃうからね」


 リーサの足技は本当にシャレにならないからやめて欲しい。盗賊稼業で鍛えた脚力から繰り出されるソレは威力が絶大だ。カップル狩りのモヒカンを足技だけで軽く捻った時のことを思い出した。


 リーサと軽く世間話をしていると、一人の中年のオッサンがやってきた。オッサンは頭頂部が不毛の大地だ。正に神に見放されたのであろう。


「やあやあ。初めまして。私はルーイと言うものだ。キミがリック君とリーサ君だね。領主様からお話は伺ってるよ。キミ達の仕事を斡旋あっせんするためにここにやってきた」


 どうやらこの人が俺達の仕事の面倒を見てくれるらしい。俺はとにかく働きたかったからありがたい。


「リックです。よろしくお願いします」


「リーサでーす。よろしくー」


「キミ達のスキルのことは聞いているよ。リーサ君は可愛いという珍しいスキルを持っているそうじゃないか」


「あ、そうなんですよ。このスキルを手に入れてから可愛さに磨きがかかっちゃって」


 そんなスキルはねえ! おまわりさーん。こいつのスキルは盗賊ですよー。


「リーサ君にはぴったりの仕事を用意した。キミのその可愛いスキルを活かして酒場のウェイトレスをして欲しいんだ」


「ウェイトレスですかー。可愛い私にピッタリじゃないですか」


 リーサが接客とか大丈夫かな? 盗賊の本能が出て客から物を盗みそうな予感がする。


「リック君には東にある森の木を伐採して欲しいんだ。木こりのスキルを持っているマークという人物がいる。彼が木こり班のリーダーだ。彼の指示に従って欲しい」


「木こりですね。わかりました。肉体労働は任せてください。これでも騎士の訓練を受けてましたから、体力には自信があります」


「ほう。中々頼もしいな。それでは頼んだぞ。リーサ君は村にある酒場に、リック君は東の森にある木こりの小屋に行ってくれたまえ」


 それだけ言い残すとルーイは去っていった。とにかく、俺は俺に出来ることをやろう。


「まさか、こんなに簡単に仕事が見つかるとはねー。私も盗賊稼業から足を洗えて良かったよ」


「何だ。足を洗うつもりではいたのか」


「当たり前じゃない。アンタ、私のことを何だと思ってるの」


 リーサは呆れたような顔でこちらを見た。根っからの盗賊かと思いきや、真面目な面もあるんだな。少し感心した。


「じゃあ、私はそろそろ行くね。リックも仕事頑張ってねー」


「ああ。リーサも頑張れよ」


 こうして俺達は別行動をすることになった。っていうか、可愛いスキルって信じられるものなんだ。俺もスキルは格好いいことですって言えば良かったかな。



 俺は東への森の小屋の前に来ていた。東の森は手つかずの自然のままと言った感じで木々が鬱蒼としている。その森の入り口付近に木で造られた小屋があった。俺はそこの扉をノックした。


「すみませーん。今日からここで働くリックです」


 そう言うと扉がガチャリと開いて、中から身の丈が俺の頭二つ分でかい大男が現れた。体格もかなり屈強な男で、騎士として鍛えていたはずの俺より遥かに筋骨隆々である。


「よお。お前がリックか。随分とちっこいじゃねえか」


 あんたがでかすぎるんじゃい! 俺だって平均的な成人男性の身長よりでかい。なのに、その俺が見上げるくらいこの大男はでかかった。


「ワシはマークっちゅうもんだ。よろしくな。スキルは木こりだ。お前は確かスキルなしだったな。まあいい。木こりのスキル持ちも中々いなくてな。スキルなしの手も借りたいくらい忙しいんだ」


 そう何度もスキルなしと言われると流石に心に来るものがある。俺だって本当は聖騎士のスキルが欲しかったわい。


「まあ、とりあえず中に入れや」


 マークに案内されるがまま部屋の中に入る。部屋の中にはテーブルと椅子とベッドが置いてある。他には木こりの道具と思われる斧やノコギリなどがある。それ以外には何もない飾り気も色気もない殺風景な小屋だ。


「まずはこの斧を持ってみろ。お前に持てるかな」


 そう言うとマークは俺に両手斧を手渡した。ずっしりと重いが持てない程ではない。万一、敵に襲われた時はこれを振り回して戦うことは出来そうだ。


「ほう。中々力はあるみてえだな」


「これでも騎士の訓練を受けてたから力には自信があるんです」


「ほう。騎士の訓練を受けてたのにスキルなしか。かっかっか。そいつは災難だったな。騎士と言えばスキルがなければなれない職業だからな」


 マークは陽気に笑っているが、当人からしてみれば全く笑えない出来事である。俺だって本当は騎士として一騎当千の活躍したかったんだ。この国を守るために戦いたかった。


「ようし、リック。外に出て、それを振るってこい」


 俺は外に出て、周囲に物がないのを確認してから斧を思いきり振るった。中々いいスイングだ。もしかして俺には斧を扱う才能があるのか? 木こりのスキルはないけれど。


「なるほど。いい振りだな。フォームは中々筋が良い。木こりのスキルがねえのが惜しいくらいだな。ワハハハ」


 何が面白いのか知らないけどマークは高笑いをしている。


「よし、それじゃあ、あそこにある大木を斧で切ってみろ。まずは俺が見本を見せてやる。よーく見てろよ」


 そう言うとマークは斧を思いきり振り、木に切り傷をつけた。とてもパワフルなその動きは見ているだけで鳥肌が立ってしまう。


「よし、お前もやってみろ」


 俺もマークと同じように斧を振るい、同じ位置に傷をつけた。


「よし、その調子で頼むぞ」


 俺は木を斧を振るう作業を続ける。何回も何十回も斧を振るい、やっとのことで木を切り倒した。


「ふー。疲れた」


「よっとお疲れさん」


 マークの方を見ると、マークの担当している箇所は既に3つの切り株が出来ていた。俺の3倍の速度で仕事している。これがスキル持ちとそうでない者の差。


「何だ。お前。俺との仕事量の差を見て落ち込んでんのか? はっはっは。こればっかりはしょうがねえさ。スキル持ちとそうでない者の差は激しいからな。木こりのスキルがないお前にはそこまで要求しないさ」


「うーん……でも、そこまで差があると何だか申し訳ない気持ちになります」


「本当に気にすんなって。スキルなしにしてはいい筋してる。ワシが保証する」


 マークは見た目はゴツいけど、中々いい人そうだな。いい村に出会えて本当に良かった。


 俺は一日中、日が暮れるまで仕事をした。初めての慣れない仕事でかなり疲れた。今日は家に帰ってゆっくり休もう。

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