第7話 荒野を抜けて
遥か遠く視線の先に荒野の果てが見えた。薄っすらと生えた草花は荒野の終わりを告げていた。心なしか足取りも軽くなる。長かった荒野の旅もこれで終わりを告げると何だか物寂しいものがあるが、開拓地村に近づいている証拠なので嬉しくも思う。
そして、ついに草原地帯に足を踏み入れた。さらば荒野よ。開拓地村に永住したら二度と訪れることはないだろう。
「やっと荒野を抜けたー。リック。見て見て。あそこに赤い綺麗なお花があるよ。私みたいに可愛いよね?」
「そうか?」
「可愛いよね?」
「お、おう」
物凄い圧がかかった物言いに俺は肯定の返事を出さざるを得なかった。それで満足したのかリーサは良い笑顔で草原を駆け回っている。荒野を抜けたばかりなのによくそんな体力があるな。
「私ね。綺麗なお花が好きなんだよ。ねえ、あのお花摘んで来てもいい?」
「花摘み? トイレか? いいぞ行ってきても」
「違う!」
お決まりのボケをした所で、リーサがぶちっと赤い花をもぎ取った。そしてそのままその花を頭に飾り付けた。
「似合う?」
「まあまあかな」
口ではそう言ったが、悔しいことにリーサは素材が良いお陰で花をつけたら更に可愛く見えてくる。
「そこはお世辞でもいいから可愛いって言ってよ!」
リーサはそっぽを向いてしまった。一応「まあまあ」と言って褒めたつもりだったけど、それでも機嫌を損ねてしまったか。これでもし貶していたらどんな反応されるだろうか。きっと蹴飛ばされるくらいじゃ済まないだろうな。
そのまま草原を歩いていると目の前にメガネをかけた中年のおっさんが現れた。おっさんはTシャツに短パンというかなり動きやすいラフな格好をしている。
「むむ……そこのご婦人の頭にある花はハルミルの花ではありませんか」
「ハルミルの花?」
リーサは花の名前を言われてもピンと来ていないようだ。さっきは花が好きだと言っていたのに、知識はないようだな。
「花言葉は不幸。なので身に着けると不幸になるという縁起が悪いものですね」
「ひぃ」
その言葉を聞くや否やリーサは頭の花を取り、地面へと叩きつけた。恐ろしく速い反応。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「ただの言い伝えだからそんな過剰反応にならなくても」
「女の子は占いとか縁起物とかそういうスピリチュアルなものを気にするもんなんだよ!」
リーサはおっさんに対して憤慨している。
「ちなみにハルミルの花はとても貴重なので一輪の切り花でも高値で売れますよ」
「それを早く言え!」
リーサは素早く地面に叩きつけたハルミルの花を拾い上げた。忙しい女だな。
「ところでおっさんは一体誰なんだ? 単なるおっさんが花に詳しいとは思えないけど」
俺は疑問をぶつけてみた。単なるおっさんという言い方は失礼だったかもしれないけど、マジで単なるおっさんにしか見えなかった。
「私の名前はラッド。領主様の依頼により、開拓地村周辺の植物を調査している植物学者です」
なんと。このラッドなる人物は開拓地村に関係している人物だった。となると開拓地村が近づいてきているのがわかるな。テンション上がってきた。
「へー。学者なんだ。頭いいんだおっさん」
「こら、リーサ。学者の先生に向かって失礼ではないか」
平穏に生きたい俺はとりあえず頭が良かったり偉そうな人にはへーこらすることにした。波風立てないように生きていかないとな。
「ははは。気にしなくてもいいさ。私は植物が好きなことを除けば単なるおっさんにしか過ぎないのですからね」
学者は何だか頭が固いイメージがあったけど、このラッドというオッサンはそうでもなさそうだ。何だか親しみが持てるキャラクターだな。
「キミ達はこれからどうするつもりだい?」
「俺達はこれから開拓地村に向かう予定だ。そこで開拓作業の手伝いをするつもりさ」
「そうか。キミ達も開拓地村に来てくれるのですか。これは楽しくなりそうですね。私はまだ草原の調査があるから、村には帰れませんがよろしく頼みます」
「こちらこそよろしく」
俺とラッドは握手という名の濃厚接触をして別れた。彼も開拓地村に住んでいるのならば、また会うこともあるだろう。……と意気揚々と開拓地村に進もうとしたらポツンと空から一筋の雫が垂れてきた。
空を見上げると黒みがかった灰色の雲が一面に広がっていた。いつの間にか雨雲が出来ていたようだ。そのまま、雨が降り出してしまった。
「やだー。濡れちゃう」
リーサは濡れるのを気にしているようだ。俺は旅の途中で雨に降られるのはいつものことだから特に気にしたことはないが。
「二人共良かったら、私のテントで雨宿りしていきます?」
「え? いいの? わーい。ラッドさん大好きー」
リーサが調子のいいことを言い始めた。ラッドも若い女の子に頼られて満更でもない様子だ。
「では、こちらにどうぞ」
俺とリーサはラッドに案内されるがまま岩陰の方に向かった。そこには黄色いテントが張ってあった。三人入るには少し狭い気がするが贅沢は言ってられない。
俺達三人はテントの中に入ることにした。ラッドが中心にあるランプに火を灯し、明かりをつける。俺達は明かりを中心に座り語らうことにした。
「二人はどうして開拓地村を目指しているのですか?」
「私はねー。面白そうだからリックに付いてきただけ」
まあ、そうだろうな。リーサはどうせ何も考えずに俺に付いてきただけだろう。
「俺は自分の平穏な生活のためだ。世の中はスキル至上主義になっていて、俺はスキルがない出来損ないだ。だからどこの村に行っても爪はじき者さ。だから、例え出来損ないでも人手が欲しい開拓地村に行って自分に出来ることがしたいだけだ」
嘘を交えながら本当のことを言う。スキルがない出来損ないだと言うのは嘘。自分に出来ることがしたいというのが本当の所だ。俺はもうこのスキルを使いたくない。こんなもの使わずに平穏に生きていたんだ。これ以上自分の知らない所で自分が
「スキルがない出来損ないですか。私も気持ちがわかります。私のスキルは聖騎士でした」
『うそぉ!?』
俺とリーサの声がハモった。この何の変哲もないおっさんが聖騎士のスキル持ちだって? そんなの信じられるか。
「残念ながら本当の話です。私は学術系や調査系や鑑定系のスキルが欲しかったのですが、天が私に与えたのは戦闘系のスキルでした。私は女神を恨みました。どうして、私が望むスキルを与えてくれなかったのか。戦いが嫌いな私にどうして聖騎士のスキルを授けたのか」
聖騎士と言えば、騎士系の最上位のスキルで全騎士の憧れの的と言ってもいいくらい優秀なスキルだ。騎士の訓練を受けている者でさえ発現確率が低いスキルなのに、何の訓練も受けてない者が発現するのはそれこそ天文学的確率だろう。
「私は聖騎士のスキルを受けながらも学者への道を諦めませんでした。50年程前なら、騎士系のスキルを持っていれば容赦なく徴兵させられてましたが、今は魔族がいないのでその心配はありません。学者を目指す権利自体はあったのは幸せなことでした。ただ、権利はあっても他の皆はスキルで学者としての能力が底上げしている者ばかり。私は劣等感で胸がいっぱいでした」
俺はラッドのことを心底尊敬した。スキル不一致の苦しさを味わいながらも一生懸命自分のやりたいことをやって努力をしている。こんなに立派な人が他にいるのだろうか。
「スキルがない出来損ないだから何だと言うのだ。私だって出来損ないみたいなものだ。それでも領主様に認められて、ここら一帯の植物調査を任されるまでになった。だからキミも決して諦めてはいけませんよ」
「ああ……ラッドの話を聞いたら何だか勇気が湧いてきた」
雨がしとしとと降る草原。テントの中で語らった男に俺は勇気を貰った。俺は絶対に開拓地村で成功してみせる。
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