第82話 商店街の中心で愛を叫ぶ(9)
(春菜)
裕子さんは茜ちゃんに歩み寄り、彼女を抱き締める。茜ちゃんの方が背が高かったけど、裕子さんの姿は、小さい子供を包み込むような愛を感じた。
「心配掛けてごめんね……」
裕子さんの目から涙が零れる。
「私の方こそごめんね。勝手に家を飛び出したりして」
茜ちゃんにそう言われて、裕子さんは首を振る。
「裕子さんからもひと言貰えませんか」
茜ちゃんから体を離した裕子さんに、マイクを向けてみた。ここまで来たら裕子さんにも叫んで欲しい。
裕子さんは私からマイクを受け取り、空を見上げた。
「勇ちゃん、見てる? 茜はあなたに似て、こんなに優しい娘に育ったよ……」
裕子さんは空に向かって涙声で話し出した。
「人生って長いね……今日、茜が勇気をくれたの。私は一歩前に踏み出します。あなたのよく知っている人……私と茜を遠くからずっと見守ってくれてた人と……」
「裕子ちゃん!」
「スイッチ」のドアを開けて出てきたマスターがステージに向かって叫ぶ。
「保君……」
「マスター!」
裕子さんと茜ちゃんの呼ぶ声に力を得て、マスターは観客を掻き分け、ステージまで上がって来た。
「裕子ちゃん」
マスターが裕子さんの前に立ち、少し興奮気味に名前を呼ぶ。
「保君、ごめんね、振り回して」
マスターは裕子さんの言葉に首を振る。
「マスター、お願いします」
茜ちゃんが嬉しそうにマイクをマスターに渡す。マスターはマイクを受け取り、観客に向き合った。
「草薙保です。増田裕子さんへの愛を叫びます」
マスターを残して、私達は一歩後ろに下がった。
「裕子ちゃん、ずっと前から好きでした。そして、これからもずっと愛し続けます!」
マスターはそう叫ぶと、顔を空に向ける。
「勇一! お前と同じようには愛せないけど、俺は俺なりの覚悟で裕子ちゃんと茜ちゃんを愛し続けて行くよ。だから、見守ってくれよな」
愛の叫びが終わると、マスターは後ろを振り返り、裕子さんと見つめ合う。
「俺と結婚して欲しい」
裕子さんを真っ直ぐに見つめて、マスターがプロポーズする。
「はい……」
裕子さんが顔を紅潮させて頷く。
「公開プロポーズが成功しました! みなさん、盛大な拍手をお願いします!」
私が声の限りに叫ぶと観客から歓声と拍手が沸き起こる。
「良かったね、茜ちゃん」
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
茜ちゃんに小声で祝福すると、彼女は涙声でお礼を言った。
「誰か戻って来てー! 一人じゃ無理!」
とその時、「スイッチ」の前で秋穂ちゃんが泣きそうな声で叫ぶ。
「あっ、悪い、店に戻って来る」
「私も行きます!」
マスターと茜ちゃんは、慌てて「スイッチ」に戻って行った。私と裕子さんは顔を見合わせて笑った。
「それでは『商店街の中心で愛を叫ぶ』コンテストを終了いたします! 優秀者の発表までしばらくお待ちください!」
この後、一般の参加者を優秀者として表彰し、終了した。
こうして「商店街の中心で愛を叫ぶ」コンテストは大いに盛り上がり、商店街のイベントに花を添えた。
三日間続いた商店街のイベントは予想以上の集客があり、盛況の裡に終了。その日の打ち上げでは、商店街の人々の顔も喜びや達成感に満ち溢れていた。私もこのイベントに参加出来たことを誇らしく感じた。
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