第81話 商店街の中心で愛を叫ぶ(8)
(直人)
(凄い美少女が登場してくれました! みなさん、拍手をお願いします!)
商店街に入ると、アーケード内に設置されているスピーカーから藤本さんの声が聞こえてきた。増田がステージに上がったようだ。
(お名前をお聞かせください)
(桜元北高校一年の増田茜です)
(みなさん、実はですね、この茜ちゃん、商店街の増田青果店の一人娘で、しかもすぐそこの喫茶店「スイッチ」でアルバイトもしているんですよ! この商店街の看板娘なんです!)
お客さんの間をすり抜け、商店街の中を走り、増田青果店に着いた。店頭で増田のお母さんが店番をしている。
「あの、増田さんのお母さん!」
「あっ、君は……」
「増田さんの同級生の若宮です。増田さんからお母さんを広場に連れて来て欲しいって頼まれて来ました。今、コンテストに出ているのが増田さんなんです」
いきなり俺が現れて、お母さんは戸惑っているみたいだ。
「茜はどうして、私に広場に来て欲しいって言ってるんでしょうか?」
「それは分かりません。話す時間も無かったんで」
お母さんはすぐに行くと返事をしてくれない。どうしよう。なんとか増田の期待に応えて、お母さんを連れて行ってあげたいのだが。
「でも、今から増田がステージで言う言葉を、一番伝えたいのはお母さんなんだと思います。お願いします。一緒に行って、聞いてあげてください!」
俺はお母さんの前で深く頭を下げた。
「裕子ちゃん、行ってあげて。この子の言う通り、茜ちゃんが呼んでるんだから、きっと大切なことなんだよ」
店の中に居た増田のお婆ちゃんが、お母さんにそう言ってくれた。
「分かりました。広場に行きます」
お母さんの決心が固まったみたいだ。良かった、これで増田の願いが叶う。俺はお母さんと一緒に、広場に向かった。
(春菜)
「はい!」と元気の良い返事を聞いて、そちらを見ると、手を上げているのは茜ちゃんだった。
茜ちゃんからコンテストに出るとの話を具体的には聞いていない。関係者には出場者が少なかったら参加して欲しいと伝えてあったので、茜ちゃんもピンチになったら出てくれるとは思っていた。でも、今の彼女の顔を見ると、そういう義理ではなく伝えたいことがあるんだと感じた。
「はい、ではそこの彼女、お願いします!」
私は躊躇せず、茜ちゃんを指名した。彼女が観客の間を通ってステージに上がって来る。
茜ちゃんはステージに上がるとすぐに「春菜さん、お母さんが来るまで時間稼ぎしてください」と小声で耳打ちしてきた。
まだ家出を継続中の茜ちゃんは、きっとこのステージでお母さんとの喧嘩に決着をつけようと思っているんだ。
私は茜ちゃんの目を見て無言で頷いた。
「凄い美少女が登場してくれました! みなさん、拍手をお願いします!」
私は裕子さんが広場に来るまで、茜ちゃんに質問して時間稼ぎした。ステージに上がる前に、茜ちゃんはカメラ君と何か話をしていたから、きっと彼が裕子さんを呼びに行ってるんだろう。
茜ちゃんのことを一番想っている人は裕子さんだ。きっとここに来て、茜ちゃんの気持ちを聞いてくれる筈だ。
来た!
広場の入り口に、カメラ君と裕子さんの姿が見えた。
「それでは茜ちゃん、今日はどなたへの想いを叫んで頂けますか?」
私はもう時間稼ぎの必要が無くなったので、本題に移る。
「今日は私をここまで育ててくれた大好きな母と、幼い頃に死んでしまった天国の父に想いを伝えます」
「分かりました。それではお二人への想いを、思いっきり叫んでください」
私は茜ちゃんにこの場を任せて、少し後ろに下がった。
「私が二歳の頃に、父は事故で亡くなってしまいました。だから、私のは写真と映像の中でしか父の記憶が無いんです」
茜ちゃんは緊張気味に、ゆっくり話し始める。
「でも寂しいと感じることは有りませんでした。母や祖父祖母に愛情を持って育て貰えましたし、商店街の人々はいつも私に声を掛けてくださいましたから。
母は父が亡くなってから、本当に一生懸命私を育ててくれました。感謝しかないです」
私は裕子さんの表情に注目した。彼女は心配そうな表情で、娘を見守っている。
「私が成長するに連れ、周りの人達から『お父さんに似てきたね』とよく言われるようになりました。不思議なものですね。父の記憶が無いのに、仕草や癖が似ているそうなんです。もちろん、顔立ちなんかもそうです。私は父に似ていると言われることを、とても嬉しいと感じています。
私は今、とても幸せです。私を愛してくれる大人の人達に見守られ、心から信頼できる友達も居ます。彼氏が居ないのは少し残念だけど、それでも十分に幸せです。
ただ一つ願うことがあります。それは私を一番愛してくれている母にも、幸せになって欲しいんです」
いよいよ本題に入って来た。裕子さんも一心に茜ちゃんを見つめている。
「母に聞けば『今も幸せだよ』と言ってくれると思います。でも私は百パーセントの幸せだとは思いません。
母は父との幸せだった記憶を大切にし過ぎて、新しい幸せにむかっての一歩を踏み出せないでいるから。
お母さん、お父さんの記憶が薄れることを怖がらないで。
お父さんは私の中に生きている。
お父さんの顔を忘れそうなら、私の顔を見て。
お父さんから譲り受けた仕草や癖を私の中に見つけて。
私の存在が、お父さんとお母さんが幸せだった証なのよ。
だから、新たな幸せに向かって歩き出して。お父さんもそう願ってると思う」
茜ちゃんはずっと裕子さんを見つめながら話をしていた。裕子さんも目を逸らさず、ずっと茜ちゃんと目を合わせていた。
「すみません、通して下さい。この人をステージに行かせてあげてください」
カメラ君が裕子さんの前に立ち、ステージまで先導し始めた。カメラ君グッジョブ。良い判断だわ。
「お母さん……」
裕子さんはカメラ君に先導されて、ステージに上がって来た。
ステージ上で、裕子さんと茜ちゃんが向き合う。
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