第80話 商店街の中心で愛を叫ぶ(7)
(幸也)
芳樹の告白を聞いて、俺もけじめを付けなきゃとコンテストに参加したものの、大勢の観客が見つめるステージに一人で立つと、何を話したら良いのか頭の中が真っ白になってしまった。
「幸也さん」と後ろから小声で、藤本さんが何か話せと促す。
「わ、私は、昔、妻に裏切られて離婚した、バツイチなんです」
俺は足が地に着かず、フワフワした気持ちで話し始めた。
「もう自分は、誰かを愛したり、誰かに愛されたりは出来ないと思ってました。一人で生きていくつもりでした……。
でも……」
俺は優しく包み込んでくれるような、片桐先生の笑顔を思い浮かべた。
「好きな人が出来ました!」
観客から拍手が起きる。最初に拍手をして切っ掛けを作ってくれたのは、柔道部の後輩三人だった。
「俺に彼女を幸せに出来るのか、不安はあります。俺のことを良く知ったら、彼女の愛情が冷めてしまわないかという不安もあります。
でも……でもですね、ここ数日彼女が傍に居てくれて、そんな不安を上回るくらい、これからもずっと一緒に過ごしたいと思うようになりました」
俺は目をつぶり、また先生の顔を思い浮かべた。
「愛してます、美香さん。これからも俺の傍に居て下さい」
俺の告白が終わると、もう一度、さっきより大きな拍手が起こった。
「菊池さん、ありがとうございます!」
藤本さんが横に来てくれた。
「感動的な告白でした! ウルッときてしまいましたよ」
「ありがとうございます」
俺は小さく頭を下げた。
「あっ、そう言えば店は大丈夫なんですか?」
「ああっ、今は美香さんが一人で店番してます」
「ええっ、じゃあ早く戻ってあげて下さいよ」
「そうします」
俺はマイクを藤本さんに預けて、ステージを降りようとした。
「それでは、菊池さんにもう一度拍手をお願いします!」
藤本さんがそう言うと、観客からまた拍手が起きる。柔道部の三人が、俺を見ながら拳を突き上げていたので、俺も拳を握って、腕を小さく上げて応えた。
ありがとう。俺は心の中で、三人に呟いた。
ステージを降りると、急いで商店街の中に入り、店に向かった。
結構時間が経っている。告白に夢中で店のことを忘れていた。片桐先生は一人で大丈夫だったんだろうか。
店に近付くと、何人かの人が店頭に集まっている。俺は急いで駆け付けた。
「すみません!」
俺はお客さんをかき分け、店に入った。
店の中に入ると、片桐先生が冷蔵庫の前で両手で顔を覆ってしゃがみ込んでいる。
「美香さん!」
俺が名前を呼ぶと、彼女が涙で濡れた顔を上げる。
「幸也さん!」
先生が俺の名を呼び、抱き着いて来た。
「私も……私も幸也さんが大好きです! ずっと一緒に居ても良いですか?」
「もちろんです。ずっと、ずっと一緒に……」
俺も先生を強く抱きしめた。
(直人)
菊池先輩の告白が終わると、俺達は感動して、先輩に向かって拳を突き上げた。それに気付いた先輩も、腕を小さく上げて返してくれた。
俺は去って行く先輩の後姿を眺めて、幸せな気分に浸っていた。
「さあ、次は直人の番だな」
「ホントだね。次は直人君に決めて貰わないと」
芳樹と浜田が当然のように、俺に言う。
「ちょっと待ってくれよ、俺は誰に告白するんだ?」
「香取さん以外ないだろ。それとも委員長にするのか?」
「いや増田は無いだろ。それに香取さんは斉藤と付き合いだしたんだから、今更俺が告白する意味は無いし」
俺は芳樹に言い返した。
「でも、けじめを付けるには良いんじゃない? その方が香取さん達も付き合いやすいかも知れないよ。斉藤君も遠慮があるだろうし」
浜田に言われて考えた。
「……いや、やっぱり止めておくよ」
「どうしてだよ」
芳樹は納得いかないのか、責めるように聞いてくる。
「実は俺、さっきは無いって言ったけど、本当は増田のことを好きになったかも知れないんだ」
「ええっ!」
二人同時に驚く。
「香取さんと斉藤の仲は応援することに決めた。ここで香取さんに告白してけじめをつけなくても、それは変わらないんだ。
でも、増田への気持ちはまだハッキリとはしていない。だから、今は余計なことはしないでおく。本当に増田を好きだと思ったら、その時は本人に告白するよ」
俺の言葉を二人は黙って聞いてくれた。
「その勇気は尊重するけど、無謀だと思うよ」
浜田が素で酷いことを言う。
「まあ、香取さんにも振られたんだし、委員長に振られても、もう慣れっこだよな」
芳樹まで酷いことを言う。
「お前ら二人とも無謀な恋をして振られた癖に! 俺が増田を好きになってなぜ悪いんだよ!」
「あっ、若宮君やっぱりここに居た!」
俺が二人に反論した時、後ろから声が掛かる。振り返ると増田が立っていた。後ろには香取さんと斉藤も居る。
「増田……」
「あれ、委員長は仕事してたんじゃないの?」
芳樹が増田に訊ねる。
「うん、そうだけど、今は休憩貰って出てきたの。マナ達も『スイッチ』に居たんだけど、一緒に出てきたんだよね」
増田が振り向いて同意を求めると、香取さんは頷いた。
「実は若宮君に頼みがあって」
「えっ、俺?」
「そう、今からうちの店に行って、お母さんをここに連れて来てくれないかな」
「ええっ、俺が?」
意外な頼みに、俺は戸惑う。
「そう、今から私が告白するんだけど、その切っ掛けをくれたのが、若宮君だから。根拠は無いけど、ゲン担ぎでね。君ならお母さんも来てくれそうな気がするの」
告白? 何の? えっ、誰か好きな人が居るのか? 俺は意味が分からなかった。
「行けよ。他ならぬ委員長のご指名だぞ」
「そうそう、こういうことでポイント稼いだ方が良いよ」
芳樹と浜田が耳元で、小声で囁く。
いや、でも告白するってことは好きな奴がいるんじゃないのか? ポイント稼いでも仕方ないかも。
「もうこれで最後になります! どなたか参加希望者はいませんか?」
藤本さんがステージから参加者を募る。
「はい!」
増田が大声で手を上げた。
「お願い、若宮君」
両手を合わせて頼まれたら断れない。やっぱり俺は増田のことを好きになってるよな。
「分かった、行ってくる」
俺は頼みを受けるしかなく、みんなを会場に残して商店街に入って行った。
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