第79話 商店街の中心で愛を叫ぶ(6)
(幸也)
「商店街の中心で愛を叫ぶ」コンテストが盛り上がっているのか、お客さんや店の前を歩く人通りが少なくなってきた。このコンテストで多くの人が楽しんでくれたら、商店街の良い宣伝になるだろう。
「浜田君、春菜さんのことが好きだったんですね。でもこんな場所で告白なんて、結構大胆な性格してたんだ。意外です」
「花火大会にも藤本さんを誘って一緒に行ったみたいですよ。今日の告白は残念だったけどね」
「ホントですか! 凄いなあ……」
本当に凄いと思う。好きだと言う気持ちに素直に行動できる勇気は羨ましいくらいだ。
ふと、芳樹の言葉が甦ってきた。
「好きなら付き合えば良いじゃないか、か……」
「えっ?」
「ああ、いや、何でもないです」
俺と先生は付き合っていると言えるんだろうか? 恋人同士と言えるんだろうか? やることをやっていても、俺には胸を張ってそう言えない。
「美香さん」
「えっ、はい?」
「あっ、お客さん」
「あっ、はい、いらっしゃいませ!」
別にお客さんが来たので、先生に声を掛けた訳じゃない。偶然そうなっただけだ。もしお客さんが来ていなかったら、俺は何を言おうとしていたんだろうか。
先生が注文を聞き、たこ焼きの仕上げを始めたので、俺は新たに焼き始めた。
(はい、桜元北高校一年の長谷川芳樹です)
(あっ、さっきの浜田君と同じ高校ですね)
スピーカーから芳樹の声が聞こえてきた。浜田の次は芳樹が告白を始めたようだ。
(じゃあ、今日はどなたへの愛の叫びを聞かせてくれますか?)
(桜元北高校の片桐先生です!)
俺はたこ焼きを焼きながら、思わず先生を見た。お客さんに商品を渡したばかりの先生と目が合った。
「芳樹君が……」
「ええ……」
俺達はそれだけ言うと、芳樹の告白に耳をすませた。
(片桐先生は学校で美術を教えています。とても優しく綺麗な先生なんです。
僕はそんな片桐先生が大好きなんです!)
たこ焼きを焼き終わった俺はスピーカーに注目した。芳樹の言葉の後に、観客のおおーと言う歓声が入ってくる。
片桐先生は心配そうにスピーカーを眺めている。俺は掛ける言葉が見つからなかったが、安心させたくて彼女の肩に手を置いた。
(僕は先生とお付き合いしたくて、告白しました。でも、振られてしまいました。先生には好きな人がいたんです)
プライベートなことを公の前で話す芳樹だが、不思議と怒りは湧かなかった。あいつなりに、一生懸命何かを伝えようとしている意志を感じたから。
(僕は先生が好きな人を知っています。その先生の好きな人はとても良い人なんです。
だから僕は先生を応援したいんです。先生と先輩が幸せになって欲しいんです!)
「芳樹君……」
先生が呟く。
(僕には大人の気持ちが分かってないのかも知れません。でも、好きなら一緒に居たいという気持ちは、大人も子供も変わらないと思います。
だから、先生と先輩は一緒に居るべきです。お互いに好きなんだから)
「お互いに好きなら、一緒に居る」シンプルな言葉だった。そうだ、花火大会の日以来、先生と俺が一緒に居るのは、お互いに好きだからだ。そこに偽りはない。
(片桐先生、菊池先輩、俺は二人とも大好きです! 幸せになって下さい、お願いします!)
芳樹が告白を終えると、大きな拍手が聞こえた。
「美香さん、店番をしていて貰えますか。もし、たこ焼きが売り切れたら、しばらく待って貰ってください」
「えっ? どこに行かれるんですか?」
俺はスピーカーを指差した。
「あれを聞いてて貰えれば分かりますから」
俺はそう言うと、エプロン姿のまま店を飛び出した。
駅前広場に着くと、溢れんばかりの人が集まっている。
「長谷川さんありがとうございました!」
芳樹の告白が終わったようだ。俺は「すみません」と謝りながら、人を掻き分け、ステージの前に進む。
「それでは、続いての参加希望の方はいらっしゃいますか!」
「はい!」
藤本さんの呼びかけに応じて、俺は手を上げた。
俺と目が合うと、藤本さんはにやりと笑った。
「はい、じゃあ、そこの男性、お願いします!」
藤本さんが俺を指名してくれたので、観客も気付いて通れるスペースを空けてくれる。俺はその狭いスペースを通ってステージに上がる。
ステージに上がると、スタッフがマイクを渡してくれた。
「ありがとうございます! 愛を叫んで貰えるんですよね?」
藤本さんが念を推してきた。
「はい」
俺は緊張気味に頷いた。
「それではお名前をお願いします」
「この商店街でたこ焼き屋を経営している。菊池と言います」
「あっ、もしかして、先ほどの長谷川さんが言ってた『菊池先輩』ってあなたですか?」
観客に知らせる意味で、藤本さんが聞いてくる。
「はい、そうです。私が菊池です」
「じゃあ、告白してくれる相手はもしかして……」
「はい、桜元北高校の片桐美香先生です」
俺がそう言うと、観客からおおーと声が上がる。
「それは楽しみですね! 長谷川君聞いてる? 今からあなたの願いが叶えられるかも知れないよ」
藤本さんが撮影用のカメラの脇で、浜田や直人と一緒に居る芳樹に声を掛けた。
「はい、しっかり聞いてます!」
芳樹は手を上げて返事をした。
「それでは菊池さん、お願いします!」
藤本さんが下がって、前面に俺一人となる。少し緊張しながら、俺はマイクを口元に持ってきた。
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