第78話 商店街の中心で愛を叫ぶ(5)

(春菜)

「どなたか参加してみませんか?」


 私は浜田君を無視して、もう一度観客に参加を促した。


「はい!」


 返事をして手を上げたのは、また浜田君だった。


 一度無視したことで諦めるかと思ったのに、通じて無かったみたいだ。


「はい、じゃあ、そこの手を上げてくれた彼、どうぞ!」


 私は仕方なく、浜田君をステージに呼ぶ。ステージのすぐ前で動画を撮っていた浜田君は、カメラを三脚に置いたまま上がって来た。


「参加ありがとうございます! それではお名前どうぞ!」

「桜元北高校一年の浜田祐介です!」


 浜田君が自己紹介すると、観客から拍手が起こる。


「今日はどなたへの、愛の叫びを聞かせてくれますか?」


 私は不安一杯な気持ちで訊ねた。


「僕が愛を叫ぶ相手は、今、司会をしてくださっている、藤本春菜さんです!」


 まーそりゃそうでしょ。そうじゃなけりゃ、それはそれでビックリだわ。


「あらーありがとうございます! こんなおばさんに愛を叫んでくれるなんて、本当に良いの? じゃあ、浜田君の愛の叫びを聞かせて貰いましょう!」


 冗談ッぽい言い方で逃げてはみたが、この後私はどうすれば良いの?


 私が少し後ろに下がり、浜田君がマイクを持って一人で立つ。彼も緊張しているのだろうけど、私も同じくらい緊張している。


「僕は以前から春菜さんのことを、人間として尊敬していました。でも知り合ってから、春菜さんの明るく前向きな性格と接していくうちに、女性としても好きになってしまったんです。

 僕はまだ高校生で、春菜さんから見れば子供にしか見えないかも知れない。でも頑張って春菜さんに相応しい男になります。だから……お願いします! 僕と付き合って下さい!」


 浜田君が振り返って、私に向かい右手を差し出す。観客から「おおー」と歓声が上がる。私は浜田君の右手を見つめながら、動けなかった。


「ありがとう……気持ちは本当に嬉しいよ……でも……」


 私は途切れ途切れに呟いた。呟きながらも、頭の中はどうすべきか迷っていた。


「ごめんなさい!」


 私が浜田君に頭を下げると、観客から「ええーっ」と落胆の声が上がる。


 ヤバイ。このままじゃコンテストが台無しになってしまう。なんとかこの場と浜田君の気持ちを上手く収めなきゃ。


「浜田君の気持ちは本当に嬉しいの。でも、今はまだ可愛い弟のようにしか見れないの」


 浜田君が泣きそうな表情になる。でも、真剣に考えてくれてるからこそ、いい加減に返事しちゃ駄目だと思う。


「でもね、このキーホルダーがあるから」


 私はポケットから、若い村人のキーホルダーを取り出し、上に掲げた。


「このキーホルダーは両想いの人達だけの物じゃないの。好きな人への想いを込めて、自分の名前を書き込んで吊るして置いても良いのよ。

 もし、私が浜田君を男として見れるようになって、まだこのキーホルダーが吊るしてあったら……その時は、浜田君の名前の横に私の名前を書き込むわ!」


 私がそう言うと、観客からも拍手が起こる。


「ありがとうございます! キーホルダーを吊るして置きます。で、一日でも早く、春菜さんの名前を書き込んで貰えるように、頑張ります!」

「ありがとう。期待してるわ」


 私が浜田君の手を握って握手すると、観客からまた拍手が起こる。なんとか上手く収まったか。


「良いぞ、浜田!」

「カッコいいぞ、浜田!」


 観客から声援が飛んだのでそちらの方を見ると、柔道部の二人だった。良い友達を持ったね、浜田君。


 浜田君は大勢の拍手に迎えられて、ステージを降りた。


「さあ、続いて、参加希望者はいらっしゃいませんか?」


 私がそう問い掛けると「はい!」と元気な声が返ってきた。声の方を見ると、さっきの柔道部の一人、たしか長谷川君だ。


 嫌な予感がした。確かあの子、片桐先生を花火大会に誘うって言ってた子よね。今先生は幸せの真っ最中なのに、厄介なことになんなきゃ良いけど……。


「はい、じゃあ手を上げてくれた、彼、ステージにどうぞ!」


 不安はあるが、手を上げた人を無視する訳にもいかず、私は長谷川君を指名した。


 長谷川君は観客の間を通ってステージに上がって来る。


「ありがとうございます! じゃあ、お名前を聞かせて頂けますか?」

「はい、桜元北高校一年の長谷川芳樹です」

「あっ、さっきの浜田君と同じ高校ですね」

「はい、友達なんです」

「なるほど、友達が愛の告白するのを見て、触発されたんですね!」

「はい、触発ってよく分からないけど、そうです!」


 観客から笑いが起こる。ギャグなら面白いけど、天然なんでしょうね。


「じゃあ、今日はどなたへの愛の叫びを聞かせてくれますか?」


 私は片桐先生はやめてくれと、祈るような気持だった。


「桜元北高校の片桐先生です!」


 やっぱりそうなのか……。ここで叫んでどうするつもりよ。片桐先生と幸也さんが気まずくなんなきゃ良いけど……。


「それでは、先生への想いを、思う存分叫んでください!」


 もうこうなりゃ自棄だ。なるようにしかならん。


 私は長谷川君にステージを任せて、少し後ろに下がった。

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