第77話 商店街の中心で愛を叫ぶ(4)
(幸也)
イベント最終日もお昼時を過ぎ、駅前広場で「商店街の中心で愛を叫ぶ」コンテストが始まったようだ。
いつも店内ではFMラジオを流しているが、イベント期間中は商店街の中と同じ放送を専用スピーカーで流している。イベント期間中に開催されている企画の様子が放送され、特別な雰囲気が味わえるからだ。
さっきはスピーカーから隆司さんの告白が流れていた。この「商店街の中心で愛を叫ぶ」コンテストを盛り上げる為にトップバッターを買って出たと聞いている。
「会長さんの告白は感動的でしたね」
注文窓口の前に立つ片桐先生が、奥に居る俺の方を向いて笑顔で話し掛けてくる。
お昼のピークが過ぎたのと、コンテストが始まり広場に人が集まったのとで、店は一息付ける余裕が出ていた。
「ホントそうですね。会長の隆司さんを始め、この商店街の人達はみんな夫婦仲が良いんですよ」
「そうなんですか」
「お互いに助け合って店を切り盛りしているからですかね。喧嘩している夫婦を見たことないんですよ」
「羨ましいなあ、そんな関係。会長さんは結婚してもうすぐ五十年って言ってましたよね。そんなに長く想い合えるなんて……」
うっとりとした表情で話す先生が可愛く思えた。先生と一緒に働くこの瞬間が、今まで店で仕事をしていた中のどんな時より心が穏やかだった。
「あっ、いらっしゃいませ!」
注文窓口にお客さんが来たので、先生が接客する。
「いらっしゃいませ」
俺も横に立って一緒に接客する。
お客さんには俺たち二人がどう映っているのだろうか? そんなことがふと頭に過ぎった。
(直人)
商店街のイベント最終日になった。みんな寝坊して、起きたのは昼前。斉藤と浜田の予定もあるので、残っていた食べ物で軽く朝食を取ってから、すぐにマンションを出て商店街に向かう。
商店街に着くと、すでに多くの人で賑わっていた。
「こんなに商店街に人が多いの初めてだな」
芳樹の言う通り、いつもの商店街とは雰囲気が違う。
「じゃあ、僕は撮影があるから、駅前広場に行くよ」
「あっ、俺も待ち合わせが駅だから一緒に行くよ。あっ、若宮たちも、一緒に行くか?」
斉藤が俺達に遠慮して、提案してくれた。
「いや、俺は芳樹と一緒に見て回るよ。せっかくのデートなんだから、香取さんと二人で回れよ。なっ、芳樹」
俺は斉藤にそう応えて、芳樹に同意を求めた。
「ああっ、そうだな。その方が良いな」
「じゃあ、そうするよ」
斉藤は浜田と一緒に駅に向かった。
「これで良かったのかよ」
芳樹が俺に聞いてきた。「これで」とは、香取さんと斉藤を二人っきりで回らせることについてだろう。
「当然だよ。俺は斉藤と香取さんが上手く行くように願っているんだから」
「じゃあ、良いか。セールやってるみたいだし、何かお買い得品でも探すか」
俺は芳樹に同意して、一緒に商店街の中を見て回ることにした。
書店や雑貨屋で福袋を買い、内容が想像以上にお買い得だったので二人して喜んだ。
「そう言えば腹が減ったな」
もう昼飯時も過ぎていたので、そろそろお腹が減ってきた。
「じゃあ、先輩の店でたこ焼きでも買うか」
俺は芳樹の提案に同意して、二人で先輩の店に向かった。
先輩の店は待っているお客さんも居なくて、すぐにたこ焼きが買えそうだった。
「先輩、こんにちは! たこ焼きください」
「いらっしゃいませ! あっ、若宮君」
俺が注文窓から挨拶すると、中から片桐先生が接客してくれた。
「片桐先生! どうして先輩の店に……」
俺より先に芳樹が先生に問い掛けた。芳樹の顔を見ると、ショックを感じているようだった。
「イベント期間中は忙しくなるから、幸也さんの店を手伝っているの……」
先生は気まずいのか、少し困ったような表情でそう応えた。
「直人と芳樹、来てくれたんだ」
先輩が奥から顔を出し、先生と並んだ。エプロン姿で並ぶ先生と先輩は、とてもお似合いだった。
「俺達、たこ焼きを買いに来たんです」
「そうか、今日は十個入りが百円引きでお得だぞ」
「じゃあ、ソースマヨネーズの十個入りを二つください」
「中で食べて行くか?」
「あっ、いや、天気も良いんで、駅前広場で食べます」
俺は芳樹の為に、早くこの場を離れようと勝手に注文を進めた。
先輩がたこ焼きを焼き始め、代わりに先生が慣れた感じでお金を受け取り、たこ焼きを仕上げる。
「ありがとうございます。これからも店に来てね」
先生はそう言って、笑顔でたこ焼きを俺達に渡してくれた。
「あの、先生、おめでとうございます!」
たこ焼きを受け取ると、芳樹は先生にそう言った。笑顔では無かったが、怒っている訳でも無かった。
「あっ……うん、ありがとう」
先生は少し驚いた後、また笑顔になって芳樹に応えてくれた。
「じゃあ、行くか」
俺は何とも言えない表情で立っている芳樹を促して、駅前広場に向かった。
駅前広場では多くの人が特設ステージの前に集まって居た。ステージ上では藤本さんが司会者として、コンテストを進行している。
「さっきはありがとう」
芳樹がそう言ってお金を渡してきたので、俺は何も言わずに受け取った。
俺達はコンテストの観客の後方にあるベンチに座り、たこ焼きを食べながら参加者の愛の告白を聞いていた。
「結構参加する人多いんだな」
「ホントだな」
確かに参加者が途切れることなく続いていた。だが、よく聞いてみると藤本さんが言葉巧みに、観客から次の参加者を上手く誘っているのが分かる。
俺達は食べ終わった後も、ベンチに座ってコンテストの告白を聞いていた。
(それではお名前をどうぞ!)
(桜元北高校一年の浜田祐介です!)
「ええっ!」
俺と芳樹は驚いて顔を見合わせた。ステージから浜田の声が聞こえてきたのだ。
「観に行こう」
俺は芳樹とステージの見える場所に移動した。
(春菜)
「そこの旦那さん! どうですか? 奥さんの前で愛する気持ちを叫んでみましょうよ!」
私がステージの上から小さな男の子を連れた夫婦の旦那さんに声を掛ける。旦那さんは照れながらも、奥さんに促されて、ステージに上がって来た。
「ありがとうございます!」
こんな感じで、ステージから観客を眺めては、参加してくれそうな人を見つけて声を掛け続けている。なんとか途切れず続いてはいるが、内心は冷や冷やだ。なんとか無事に終わらせたいよ。
「そこの彼氏、愛の告白どうですか? 彼女も喜びますよ!」
大学生ぐらいのカップルに声を掛けたが、恥ずかしそうにして逃げてしまった。困ったな……。パッと見た感じ、受けてくれそうな人が見当たらない。
「どなたか参加してみませんか? 片想いでも結構ですよ! このチャンスに告白してみるのも良いかもです!」
誰か商店街の関係者が来てくれないかな……。参加者が途切れそうなら、来てくださいねと言ってあったんだけど。
「はい!」
その時、困っていた私に、救いの手が差し伸べられた。
「ありがとうございます! それでは……」
思わず言葉が途切れてしまう。手を上げてくれたのは浜田君だった。
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