第76話 商店街の中心で愛を叫ぶ(3)
(春菜)
商店街のイベントもいよいよ最終日になった。
二日目の昨日はキーホルダーの掛け所を、近所の神社の神主さんに御祈祷してもらった。その神社は縁結びの御利益がある訳ではなかったけど、それなりに雰囲気が有り多くのお客さんで盛り上がった。
最終日の今日は「商店街の中心で愛を叫ぶ」コンテストが開催される。この恋愛関連企画も成功させて、カップルが多く訪れる商店街になれると良いな。
最終日も開店から多くのお客さんが訪れて忙しい。慌ただしく働いていると、お昼時間前にマスターに電話が入った。なにやら込み入った話しみたいで、マスターも困り顔で話している。
「ごめん、秋穂ちゃん、カウンターに入ってくれる? 藤本さん、ちょっと話があるんだ」
マスターは電話が終わると、秋穂ちゃんにカウンター内の仕事を任せ、私を隅に呼び寄せる。なんか嫌な予感がする。
「何ですか?」
「あのね、今イベント企画会社から連絡があって、今日のコンテストの司会者が車の事故で来れなくなったみたいなんだよ」
「ええっ!」
「代わりの人を手配しているんだが、スタート時間には間に合わないらしい」
「どうするんですか? もう開始時間はチラシに載ってますし、お客さんも来るでしょ」
「そうなんだよ。そこで君に司会をやって貰えないかと思って……」
「ええっ! 私に?」
嫌な予感が的中した。
「無理ですよ。イベント会社のスタッフで出来ないんですか?」
「俺も聞いたんだが、みんな司会に関しては素人同然らしい。それなら藤本さんの方が上手くいくかなって。企画の発案者だし」
「そりゃあ、企画は成功させたいけど、私も素人だし上手く出来る保証はないですよ」
「それは分かってる。でも他人の素人に企画を潰されるより、藤本さんにやって貰って駄目な方が諦めも付く。それに君なら上手くやれると俺は思ってるんだよ」
マスターの目はマジだった。
「うーん……」
どうする? 確かに私が発案者だし、自分の手でやって見たい気持ちもなくはない。
「……分かりましたよ。確かに誰かに目茶苦茶にされるぐらいなら私がやります。でも店はどうするんですか? 忙しいのに」
「それは俺が頑張ってなんとかするよ」
そこまで言われたら仕方ない。開き直って、やってみるか。創作の為にも経験だ。
幸いなことに、司会者以外のイベント会社のスタッフは揃っていて、通常通りステージは設置された。後は私が上手くイベントを進行させれば良いだけだ。
開始三十分前に浜田君が撮影の為にやって来た。
「ええっ、春菜さんが司会するんですか? それは凄く楽しみです」
私が司会をすると聞いて、浜田君は目を輝かせる。
「見てる分には気楽で良いけど、いざ自分がやるとなったら足が震えるよ」
「春菜さんなら大丈夫ですよ。僕は信じてます。あと、今日はこのイベントの様子をライブ配信しますからね」
「ちゃんと綺麗に撮ってよ」
「任せてくださいよ!」
私を信用しきっている浜田君と話しているうちに、少し気も紛れたか。まあ、引き受けたからにはやるしかない。
準備が整えられ、いよいよ「商店街の中心で愛を叫ぶ」イベント開始だ。
一応外部からの参加者募集もやっていたのだが、応募者は一人も居なかった。商店街のメンバーに声を掛けているので、何人かは確保出来てはいるが、飛び入りの参加者が居ないと盛り上がらないだろう。なんとか自分も出たいと思わせるようにしないと。
トップバッターは商店街の会長、隆司さん。次は副会長の和弘さん。他にもメンバーは居るが、この二人でなんとか盛り上げていかないと後が続かなくなりそうだ。
いよいよ開始時間となった。地面より少し高く作られた仮設ステージに立つと、集まっている観客の顔が良く見える。緊張で足どころか、全身に震えが出てきた。
派手な音楽が鳴り、イベントが開始される。
「みなさーん、こんにちは! 今日は桜元駅前商店街に来て頂いてありがとうございまーす! 今から『商店街の中心で愛を叫ぶ』イベントを開始します!」
スピーカーから聞こえる自分の声が他人のような気がする。でも、なんとか噛まずにスタートさせられた。落ち着け、大丈夫だ、落ち着け。
「このイベントは、愛する人への気持ちを叫んで貰うだけのシンプルな企画です! 恋人や旦那さんや奥さん、あと片想いの人でもオッケーです。普段口に出来ない大好きな気持ちを、この機会に叫んでみましょう!
参加者全員に恋愛成就のお守りになるキーホルダーをプレゼントします。あと熱い気持ちを叫んでくれた方には特別に賞と景品も用意してますよ!」
説明していくうちに、だんだん震えも止まってきた。この調子なら大丈夫ね。案外私、本番に強いわ。
「それではトップバッターに叫んで貰いましょう! どうぞ!」
私の合図で、隆司さんがステージに上がって来た。スタッフがマイクを渡すと、さすがの会長さんも緊張しているみたいで、顔が強ばっている。
「それではお名前をお願いします」
「桜元駅前商店街、協力会会長の桂川隆司です」
「なんと、最初に叫んで頂く方は、商店街の会長さんです! みなさん、拍手をお願いします!」
観客から拍手が起こると、隆司さんは何度も小さく頭を下げる。
「愛を叫んで頂くお相手は誰ですか?」
「もうすぐ結婚五十年になる、妻の芳江です」
「五十年! それは凄い! それでは、半世紀分の愛を目一杯どうぞ!」
私がステージの端に下がると、観客の視線は隆司さん一人に注がれる。
「あーあーあー」
さっきまで普通に話していたのに、一人になった途端にマイクテストを始める隆司さん。見ているこちらの方がドキドキしてきた。
「えー、この商店街が商店街の形になる前から、私はここで商売をしていました。辛いことや悲しいことも数々ありました。いろいろな困難を一緒に乗り越えてきた仲間達。多くの人に支えられてここまで歩んで来れました。本当に感謝しています。中でも一番は、いつも横に居て励ましてくれた妻の芳江です。
私は古い人間ですから、なかなか感謝していても言葉にすることは無かったです。でも今日は心からお礼を言いたい……」
隆司さんの表情がキリリと引き締まる。
「芳江、ありがとう! お前が支えてくれたお陰でここまで来れたよ。これからもずっと傍に居て欲しい。そして一日でも良いから、私より長生きして欲しい。本当にありがとう」
隆司さんは言い終えると、深く一礼した。
「あなた!」
ステージの横に芳江さんが現れて、隆司さんに声を掛けた。芳江さんは隆司さんと正反対のちゃきちゃきとした活発な女性だ。そんないつも笑顔の芳江さんが目に涙を浮かべている。
私は芳江さんに近付き、ステージに上がって貰った。隆司さんも近付いてきた芳江さんの手を取る。
「奥様の芳江さんです」
私が紹介すると、観客から拍手が起こる。
私がマイクを向けようとしたが、芳江さんは何も言わずに、いきなり隆司さんに抱き着いた。
「もう言葉は要らないですね。お二人にもう一度盛大な拍手を!」
私がそう言うと、観客から今までで一番大きい拍手が沸き起こる。お二人は観客に向かい、揃って頭を下げた。
「隆司さん、芳江さん、ありがとうございました!」
隆司さん達はもう一度頭を下げて、ステージから降りて行った。
良い感じのスタートが切れてホッとした。この調子で頑張ろう。
「いやー大変感動的でしたね。さあ、お次の参加者に登場してもらいましょう!」
次は和弘さんの出番だ。私はステージの横で待機している和弘さんに合図を送った。
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