第75話 商店街の中心で愛を叫ぶ(2)

(春菜)

 イベントが始まると「スイッチ」の店内はかつてない程の賑わいを見せた。店内はお客さんで満席。外にも入店待ちのお客さんが並んでいる。テーブル席を二台増やしたにも関わらず、お客さんが入り切れないのだ。


 私とマスターはカウンター内でオーダーの品を用意し、茜ちゃんと秋穂ちゃんがウエイトレスとして店内を回している。四人とも無駄話も出来ないぐらいの大忙しだ。


「春姉さん、四番テーブルのオーダーです!」


 秋穂ちゃんがオーダー用紙を私の前に置く。


 秋穂ちゃんは関西出身の女子大生。ギャル系の派手な見た目だが、明るく素直で可愛い女の子だ。私を「春姉さん」と呼んで慕ってくれる。そんな彼女も今日は必死の形相で働いていた。


「マスター、ケーキセット四つ入りました。チーズケーキが二つと苺のショート一つにモンブランが一つです!」

「了解!」


 横に居るマスターにケーキのオーダーを伝え、私はドリンクを用意する。


 うちの店のスタンプラリー対象商品は「ケーキセット」だ。普段七百円の料金が、イベント期間は五百円と破格の設定にしている。今日のお客さんの殆どがこのセットを注文してくれるのだが、ちょいちょいパフェが入ったり軽食が入ったりするのでやっかいだ。


「茜ちゃん、二番テーブルのドリンクお願い」

「はい!」


 私は出来上がったドリンク類を、カウンター内に入って来た茜ちゃんに運んで貰う。


 茜ちゃんと秋穂ちゃんの二人が店内で動き回っていると、それだけでお客さんの視線を集める。カウンター席の男性客が、振り返って二人を目で追うくらいだ。きっと今後の良い集客効果になるだろう。


 こんな感じで大成功と言える初日が終わった。



(幸也)

 除幕式が終わって、店に戻るとすでに数人のお客さんが店の前に居て驚いた。他の店とは違い、うちの店は十一時オープンなのでまだ少し時間があるのだが、早くから来ているお客さんが様子を窺っていたのだ。


「すみません、すぐに開店します」


 俺はシャッターを開けてすぐに開店し始めた。除幕式の前に開店準備は済ましていたので、たこ焼きを焼きさえすればすぐに販売できる。


「遅くなってすみません」


 片桐先生が慌てて店内に駆け込んでくる。


「慌てないで大丈夫ですよ。上で着替えてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 先生は店の奥から家に入り、階段を上がって行った。


「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ」


 俺はエプロンを着けて、待っていたお客さんにオーダーを訊ねる。


 とりあえず待っていたお客さんのオーダーを聞き終えると、すぐにたこ焼きを焼き始めた。


「お待たせしました!」


 片桐先生が着替えて店内に戻って来た。


「オーダーは受けましたから確認お願いします」

「はい」


 そんなバタバタした感じで、イベント初日がスタートした。


 うちの店は全種類共通で、十個入りのたこ焼きを通常価格より百円引きでスタンプ対象の商品としている。約二割引きで、八個入りの価格より安くなる設定だ。なので、今日の来店客の殆どが十個入りの注文となり、普段よりたこ焼きの販売数が格段に増える結果となった。


「いやー、今日は本当に忙しかったですね」


 閉店直後に、俺は片桐先生に声を掛ける。一日中暇なく働き続けて、やっと一息付けたのだ。


「そうですね……」


 返事をした先生の表情が暗い。営業中は彼女のことを気に掛ける余裕も無かったので、かなり疲れさせてしまったのだろうか。


「大丈夫ですか? すみません、慣れない仕事なのにもっと気を遣えば良かった」

「いえ、なんだか幸也さんの足を引っ張ってばかりで、余計に迷惑をかけたかと思って……」

「えっ?」


 確かに慣れていないので、戸惑ったり手際が悪かったりは有ったけど、それでも一人で営業しているより遥かに楽だった。


「とんでもないです。美香さんが居てくれたので本当に助かりました。そりゃあ慣れない作業で戸惑ったでしょうが、一人でやってたらとてもまともに営業できてません。足を引っ張ったなんて、これっぽっちも思ってませんよ」

「でも……」


 俺は一生懸命フォローしたが、先生の表情は暗いままだ。責任感が強く、自分の中で上手く出来なかったとの思いが強いのだろう。


「そうだ、閉店の片付けが残ってますけど、先に夕飯を食べましょう。今からたこ焼きを焼きますから、一緒に食べましょうよ。元気が出ますよ」


 初めて会った時に、俺のたこ焼きを食べて元気を出してくれた。今日もまた元気を出して欲しい。


「はい、ありがとうございます」


 先生は笑顔で返事をしてくれた。俺の気持ちが通じたようだ。


 すぐにたこ焼きを二十個焼いて、二人でカウンター席に並んで楽しく食事をした。彼女の笑顔を見れて、俺まで疲れが吹き飛んだ感じだ。



(直人)

 浜田の家で始まった、耐久ゲーム大会も三日目に入っている。交代で寝ているとは言え、そろそろ疲れも溜まっていた。


「僕は明日に備えて寝るよ」


 浜田は明日商店街のイベントの手伝いをするので、自分のベッドに横たわった。


「俺も寝ておこうかな」


 斉藤が浜田に続いたので、俺と芳樹もゲーム大会を終了して寝ることにした。


 浜田以外の三人は毛布だけ借りて、適当に雑魚寝した。灯りを消して横になったが、ゲームしていた興奮が醒めずになかなか寝付けない。


「なあ斉藤、彼女が出来るってどんな感じなんだ?」


 芳樹も寝付けないのか、暗闇の中で斉藤に問い掛けた。


「どんな感じって、まだ付き合い始めてデートすらしていないのに分からんよ」

「でもお前、しょっちゅうラインしてたじゃん。あれ、香取さんとだろ」


 それは俺も気付いてた。きっと香取さんとラインしていたんだろう。


「普通に世間話してただけだよ」

「あー良いな彼女。俺も欲しいよ」

「まず芳樹君は、現実的に付き合えそうな人を好きにならないと」


 まだ寝て無かったのか、浜田が何気にきついことを言う。


「そうだよなー。やっぱ先生は難しかったか……」


 そこは素直に認めるんだ。


「斉藤は両想いだから良いよな。すぐにエッチなことも出来るだろうし」

「おい、長谷川、若宮が……」

「あっ……」


 斉藤が小声で芳樹を咎める。俺は気を遣われたことで、会話に入り辛くなった。わざとらしく寝息を立てて、もう寝ているアピールをするしかない。


 でも芳樹の言う通りだ。両想いなんだから、いずれそうなるんだろう。そんなことを想像すると、きりっと胸が痛んだ。


 そんな痛む胸をなだめている内に、ゲームの疲れがゆっくりと眠りに運んでくれた。

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