第63話 閉店後に来た芳樹(1)(幸也)

 いよいよ今週の金曜日から商店街のイベントが始まる。もうスタンプラリーのチラシは出来上がって店や駅に置いているし、景品のキーホルダーも届いた。明後日の水曜日にはオブジェが搬入され、駅前側と道路側のそれぞれの場所に設置される。俺もオブジェの設置には立ち会う予定なので今から楽しみだ。


 そんなイベントを目前に控えた月曜日。俺は店の営業が終わり、閉店作業に掛かろうとしていた。


「あれ? 芳樹じゃないか」


 俺が看板などを片付けようと店の外に出ると、芳樹が一人ぽつんと立っていた。


「どうしたんだ、こんな時間に。今日は一人か?」


 いつも柔道部の三人で来てくれるので、芳樹が一人で来たのは初めてだ。しかもこんな時間に来たのは何故だろう?


「あ、はい、俺一人です」


 芳樹はなにか思い詰めたような表情をしている。


「たこ焼き食べに来たのか? ちょうど売れ残ったやつがあるから食べてけよ。お金はサービスしとくから」

「ありがとうございます」


 訳ありな雰囲気を感じたので放っとくことも出来ず、閉店時間は過ぎたが芳樹を中に入れた。


「はい、どうぞ。俺は閉店作業があるから、遠慮せず食べてろよ」

「ありがとうございます」


 芳樹は小さく頭を下げてたこ焼きを食べだした。


 なぜこんな時間に店の前に居たのか? 理由は気になったが、芳樹が何も言わずに食べだしたのでとりあえず俺も閉店作業を続けた。


「ご馳走さまでした。すみません、洗い物……」


 閉店作業が終わった頃、食べ終わった芳樹がすまなさそうに、お皿を差し出してきた。


「これぐらい構わんよ。それより、こんな時間にどうしたんだ?」

「ええ、ちょっと……」


 芳樹は含みのある感じだったが、特に理由は言わずに口ごもる。


「明後日の花火大会は三人で行くのか?」


 俺はお皿を流しで洗いながら、話題を変えて話し掛けた。


「いえ、直人と浜田は別の人と行くので、俺は予定してないです」

「えっ、そうなのか……それはその……」


 いつも仲が良いので、三人で行くと思い込んでいた。直人と浜田は彼女と行くのだろうか? 悪いこと聞いてしまったかなと、気まずく感じた。


「ちょっとコーヒーでも飲むか?」


 俺は気まずい思いを誤魔化すように、インスタントコーヒーを淹れだす。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 俺はインスタントコーヒーを二つ淹れ、一つを芳樹の前に置いた。


「先輩は花火大会に行くんですか?」


 芳樹はコーヒーを一口飲むと、そう聞いてきた。


「いや、俺は毎年家から観てるから。三階のベランダから少しだけだが花火が観れるんだよ。人ごみの中に行くのは苦手だから、いつもここから見物するんだ」


 店は三階建てで、一階は店舗でその上は住居となっている。三階には小さなベランダがあって、そこから僅かに花火が観れるのだ。


「そうですか……あの、片桐先生を誘ったりしないんですか?」

「えっ、なんでいきなり片桐先生が……」


 急に話に片桐先生の名前が出てきて驚く。


「先輩は片桐先生のことをどう思ってます?」

「いや、そんな急にどうしたんだよ……」


 そう言えば、芳樹は片桐先生のことを好きだったんだ。彼女との間に何かあったんだろうか?


「どうなんですか? 片桐先生のことどう思います?」


 芳樹は立ち上がり、畳み掛けるように聞いてくる。


「か、片桐先生は生徒想いの良い先生だと思うよ」


 俺は芳樹の迫力に押されてそう答えた。


「違います。先生としてじゃなく、女性としてどう思ってるんですか?」

「そりゃあ、素敵な女性だよ。気遣いが出来るし、優しいし……」

「じゃあ、花火大会に誘えば良いじゃないですか」

「ちょっと待て、本当にどうしたんだよ!」


 芳樹が何を望んでいるのか分からず、俺は強い調子で話を止めた。


「……俺、振られたんですよ……先生は好きな人が居るから付き合えないって……」


 芳樹は肩を落として椅子に座り、小さな声で呟く。


「お前、片桐先生に告白したのか……」


 芳樹がそこまで先生を本気で好きだったことに俺は驚いた。好きだと言うより憧れの気持ちで、告白するほど本気だとは思って無かったのだ。


「先生が好きなのは先輩なんです。先生のことを素敵な女性だと思ってるのなら、先輩の方から告白してくださいよ。先生は告白出来ないって、泣いてるんですよ……」


 片桐先生は食事会の後に告白したかったんだろうか。でも俺は……。


「芳樹、お前の先生を想う気持ちはよく分かったよ。

 でもな、大人同士が付き合うってそんな簡単じゃないんだよ。俺も先生もいい大人だ。付き合うとなれば、将来のことも考えなきゃいけないんだ。ただ好きだからで無責任に告白出来るものじゃないんだよ」

「そんなあ、好きなら付き合えば良いじゃないですか」

「俺はもう結婚をする気は無いんだよ。

 先生は素敵な女性だ。俺じゃなくても他に相手は見つかる。いい加減な気持ちで付き合って、先生の時間を無駄にすることは出来ないんだよ」


 俺は今の芳樹に理解して貰えるか分からなかったが、誤魔化さずに正面から答えた。


「時間を無駄にって……好きな人と付き合う時間が無駄になるなんておかしいじゃないですか」


 芳樹は意地になって、反論してくる。


「お前も大人になれば理解出来るよ」

「俺はそんなの分かりたくないです! お互い好きなら付き合えば良い。簡単なことじゃないですか!」


 もうこれ以上言い合っても埒が明かないので、俺は何も言い返さなかった。


 しばらく沈黙が続いた後、芳樹は諦めた顔で「失礼します」と挨拶して店を出て行った。


 芳樹が出て行った後、俺は脱力して動く気になれず、しばらくカウンター席に座り込んだ。


 気持ちが落ち込んでいる。別に芳樹に怒っているのではなく、自分自身が嫌になったのだ。


 もうすぐ商店街のイベントも近いんだ。気持ちを切り替えなければと自分に言い聞かせた。

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