第61話 食事会の結果(1)(春菜)
「ふぁー」
私は「スイッチ」のカウンター内で大あくびをしてしまった。昨晩は寝不足だったので、つい出てしまったのだ。
「ちょっと、藤本さん、いくら暇な時間だからって気が緩み過ぎ」
「すみません、つい……」
一体誰の所為で寝不足だと思っているのよ、と私は文句の一つも言いたくなった。
昨日は水曜日で店休日。片桐先生と幸也さん、マスターと裕子さんの二組のカップルにとって、凄く重要な食事会のイベントがあった日だ。
昨日、私は久しぶりの予定の無い休日で、朝から創作活動に勤しんでいた。だが、食事会の結果が気になりなかなか集中出来ない。夜になり、もう食事会も終わっただろう時間には、小説どころじゃなくなっていた。
四人の中で一番連絡しやすいのは片桐先生だが、もし幸也さんを部屋に連れ込んでいたなら邪魔してしまう。それを思うと連絡を躊躇してしまった。マスターに「告白の結果はどうでした?」って聞くのも野次馬根性丸出しだし。
唯一出来たのは、茜ちゃんに連絡して「お母さんの様子はどう?」と聞くことだけだった。しかし返事は「全く普段と変わりなく普通でした」とのこと。茜ちゃんもマスターの告白がどうなったのか分からず戸惑っていた。
もう明日マスターに直接聞こうと布団に入ったのだが、今度は妄想が頭の中で大騒ぎしてなかなか眠れなかったのだ。
翌朝出勤すると、マスターは私の顔を見ると挨拶もそこそこに「振られたよ」と一言呟いた。突然の呟きで不意打ちを喰らい、「は、はい……」としか返事が出来ず、気を取り直していろいろ聞こうとした時にはもう、マスターは普段通りの仕事モードに入ってしまっていた。
その後もマスターは、本当に振られたの? と思うぐらい普通で、失恋して気落ちした様子は皆無だった。
その後も普段通りで仕事が進み、お昼の時間帯も過ぎて今に続いている。
「じゃあ、俺は休憩に入るから、忙しくなったら呼んでね」
「はい、了解です」
午後二時過ぎ、マスターはいつも通り休憩に入っていった。
本当にマスターは裕子さんに告白して振られたんだろうか? 嘘は吐いていないとは思うので、本当に振られたんだろうな。裕子さんも普段と変わらないし、マスターもショックを引きずってはいないようだ。どんなやり取りがあったかは分からないが、スッキリと納得できる振られ方だったんだろう。
もの凄く気になったが、やはり直接聞くのは気が引けた。幸也さんなら詳しく聞いているだろうか?
夕方になり、私の勤務時間が終わる。夜のシフトに入っている秋穂ちゃんと交代して、私は帰宅した。帰ってすぐ茜ちゃんに連絡して、今晩家に呼んで、いろいろ話し合うことにした。
夜九時になり、茜ちゃんが泊まり掛けで家に来てくれた。
「結局、マスターが振られたっていう事実以外は何も分からないんですね」
「そうなのよ。今から片桐先生に連絡して、幸也さんに告白したかどうか聞いてみようか」
私は座卓の上にスマホを置き、スピーカーフォンにして片桐先生に電話を掛けた。
「こんばんは、藤本です」
(こんばんは、片桐です。……すみません、こちらから連絡しなくて)
片桐先生の声は明らかに沈んでいる。もう悪い結果しか予想出来ず、気が重くなる。
「あの……昨日の告白の結果がどうだったのかなって心配で……すみません、余計なお節介で……」
私は先生の気持ちを刺激しないように気を付けながら話した。
「いや、お節介だなんてとんでもない……。藤本さんには力になって貰ったんですから。本当にありがとうございました。そしてすみませんでした」
あちゃーやっぱり駄目だったのかな。
先生は食事会から、幸也さんと家まで帰った流れを話してくれた。幸也さんが恋愛に関して悲観的な考えを持っていると初めて聞いて驚いた。
「本当にすみません。これだけお膳立てして貰ったのに告白すら出来ないなんて……」
「いや、仕方ないですよ。そんな話聞かされて告白なんて出来ません。私達のことは本当にお気になさらずに」
「先生、増田です。本当になんて言ったら良いか……」
スピーカーフォンにしていたので、茜ちゃんも堪らず、先生に話し掛ける。
「増田さん、本当にごめんなさいね……」
先生が涙声になってきた。
「ううん、先生は頑張りましたよ。泣かないで、先生は全然悪くないです……」
茜ちゃんまで泣き出したので、私ももらい泣きしてしまった。
片桐先生との電話を終えると、私達は虚脱感を覚え、魂が抜けたように会話も出来なかった。
先生は気遣いが出来て、優しい素敵な女性だ。まだまだ応援したい気持ちはある。でも残酷に傷付けるだけになるかも知れず、これ以上は私達も後押し出来ない。幸也さんも先生も控えめなな性格なので、ここから進展は難しいかも知れないな。
そんなことを考えていたら、余計に暗い気持ちになった。
「もう先生と幸也さんが付き合うことはないんですかね……」
茜ちゃんが寂しそうに呟く。
「無理かも知れないね。あの二人の性格からして、誰かが強引にでも後押ししないと進展ないだろうからね」
「そっか……。マスターとお母さんも無理なのかな」
そう、マスターも振られたんだよね。
「なぜ駄目だったんだろう。マスターとお母さんならお似合いだと思うのに……」
身内のことだけに、茜ちゃん残念なんだろうな。
「振られた理由は分からないけど、マスターも吹っ切れた感じだったし、これ以上根掘り葉掘り聞くことは出来ないよね」
こちらの二人も、これ以上私達に出来ることは無いと思っている。前と違って、マスターはダメージ受けている様子は無いし、このまま放っておいても、店も商店街も困ることは無いだろう。
「あーあ、上手く行かないな」
茜ちゃんは不貞腐れたように寝転んだ。
「よし、何か食べよう!」
私は落ち込んでいる茜ちゃんを元気付けたくなった。
「ええっ、こんな時間にですか? 太りますよ」
「大丈夫、大丈夫。一日ぐらいやけ食いしても平気よ。今から美味しい物作るから、たくさん食べて元気出そう!」
私はそう言って立ち上がった。
「そうですね! それじゃあ、私も手伝います」
茜ちゃんも笑顔になって立ち上がる。何も解決はしないけど、ずっと落ち込んでても仕方ない。今日はやけ食いして元気出そう。
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