第59話 芳樹の告白(1)(直人)

「今から片桐先生に会いに行くんで付いて来てくれないか? 今なら美術部も部活が終わったところだから、準備室に居ると思うんだ」


 部活が終わり体育館を出たところで、俺と浜田は芳樹からそう頼まれた。芳樹の表情は固く、緊張しているのが伝わってくる。確かに今日は木曜日で美術部が活動している日だから先生は居るだろうけど何をするつもりなのか。


「付いて行くのは良いけど、芳樹君もしかして……」


 美術室のある校舎に向かいながら、浜田が恐る恐る芳樹に訊ねる。


「ああ、告白して花火大会に誘うんだ」

「ちょ、いくら何でも無謀過ぎるだろ。もう少し親しくなってからじゃないと断られるに決まってるぞ」


 芳樹の告白が余りにも無謀なので、俺は上手く行く気がしなかった。


「でも、美術部に参加も出来なくなったし、先生と親しくなるチャンスなんかないだろ」


 それを言われると、原因は俺なので何も言えない。


「とにかく今回は駄目でも良い。一度で諦めるつもりは無いから。俺の気持ちを先生に分かって貰うんだ」


 告ハラと言われそうな状況だが、芳樹の根性が羨ましくもあった。俺にもこれぐらいの覚悟があったら、香取さんに告白出来たのに。


「で、僕達に付いて来て欲しいって、どうすれば良いの? まさか告白する横で立ってろって言わないよね?」


 浜田の疑問も当然だ。俺達にどうして欲しいんだろう?


「準備室の外から先生を見ていて欲しいんだ。少しでも脈ありか? それとも全く相手にされないのか? 俺は人の気持ちが分からないので、二人に判断して欲しいんだよ」


 なるほど、それが理由なら芳樹の気持ちも分かる。


「分かった。ちゃんと見てるよ。先生と親しくなるチャンスを潰したのは俺だからな」

「うん、僕も一緒に見てるよ。まあ、どこまで先生の気持ちを読み取れるかは分からないけどね」

「二人ともありがとう。心強いよ」


 俺達三人が美術室に向かって校舎の階段を上がっていると、斉藤が美術部員の人達と上から降りてきた。


「あっ、斉藤、片桐先生はまだ美術室に居るのか?」


 斉藤たちに気付いた芳樹が訊ねる。


「ああ、俺達が出てきた時には居たから、まだ居ると思うよ」

「ありがとう」


 芳樹が礼を言って、俺達三人は斉藤たちの横を通って階段を上がる。言葉は交わさなかったが、斉藤と目が合い俺は軽く微笑んだ。


 斉藤が騒動後に初めて美術部に出た日は、他の部員との関係がぎこちなかったそうだ。だが、今はもう以前と同じ雰囲気に戻っているらしい。香取さんが戻って来ても、自然に受け入れようと部内で話し合ってもいるそうだ。


 他の部員たちと自然に打ち解けている斉藤を見て俺は安心した。早く香取さんもあの中に戻れるように頑張ろう。


「じゃあ、行って来るよ」


 美術室の前に着き、芳樹が俺と浜田に緊張した面持ちでそう言った。


「じゃあ、俺達は準備室の窓から見てるから」

「ああ、頼む」


 そう言って、芳樹は俺達に荷物を預けて美術室の中に入る。俺達は廊下から準備室のドアのガラスを覗き、片桐先生の様子を窺う。


 先生はデスクに座っていた。デスクはベランダに向かって設置されているので、今は先生の背中しか見えない。芳樹が美術室側から「一年の長谷川芳樹です。片桐先生はいらっしゃいますか?」との大きな声で挨拶する。「はい、どうぞ」と先生が応える。芳樹が「失礼します」と準備室に入って来た。


 先生は椅子に座ったまま、体を芳樹の方に向ける。芳樹は先生の前に立って、なにやら話し掛けた。


「何を言ってるのか分からないな」

「うん、雰囲気で読み取るしかないね」


 俺と浜田は顔を見合わせた。芳樹が室内に入ってからは、声の音量が小さくなって二人の言葉が聞き取れない。


 そのまま見ていると、芳樹の言葉で、先生が驚いたように、上体を少し逸らした。芳樹は先生の返答を待っているようだが、言葉が出て来ないようだ。


「芳樹君告白したのかな?」

「かも知れないな」


 俺達はその後の先生の反応を待った。


 すると突然、先生は顔を両手で覆い、下を向く。動揺した芳樹は助けを求めるように、俺達の方を見る。


「先生、泣いてるのか?」

「うん、そうかも知れないね」

「それほど芳樹に告白されたのが嫌だったのか?」


 芳樹に助けを求められても、俺達も状況が掴めず、何の手助けも出来ない。


 芳樹は俺達に頼れないと理解したのか、今度は先生に向かって頭を何度も下げ出した。どうやら謝っているようだ。


 先生は顔を上げて謝る芳樹を手で制した。芳樹に対して謝らなくても良いと言っているようだ。


 先生はハンカチを取り出し、目を押さえながら何やら話している。芳樹も悲し気な表情で、頷いている。


「芳樹君振られたのかな」


 何も返事をしなかったが、俺もそう思った。


 その後、芳樹と先生は二言三言会話をして、最後は芳樹が大きく頭を下げて、準備室を出て行った。


 俺達は美術室の出口の前に移り、芳樹を待った。芳樹は興奮が冷めないのか赤い顔をして出てきた。

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