第58話 食事会(2)(幸也)
店内は人気店だけあって、平日と言うのにほぼ満席状態だった。俺達は案内された四人掛けのテーブルで食事を始める。
会話は裕子ちゃんが俺達二人にいろいろ質問する流れで始まった。
「へー、出会いは幸也君のお店だったんだ。ロマンチックじゃない」
俺達の馴れ初めを聞いて、裕子ちゃんが笑顔を浮かべて冷やかすように言った。
「幸也さんの言葉に凄く励まされたんです」
これは実際にあった出来事なので、スムーズに説明できる。
「幸也君は優しいからね。その優しさが片桐先生を射止めたのか」
「本当に幸也さんは優しいですよね」
横で聞いていて赤面する会話だ。なんだか居た堪れなくなって、俺は料理を食べて誤魔化す。
「保君は静かね。二人に何か聞きたいことないの?」
「ああ、そうだな……」
保が裕子ちゃんに促されて我に返る。保は俺達がお芝居していることを知っているし、この後には裕子ちゃんに告白をしないといけないから、そのことで頭が一杯なんだろう。今日は来た時から、様子がいつもと違う。
「告白はどちらからしたの?」
保は思い出したかのように、不用意な質問を投げかけてくる。
「それは俺の方からだよ。オブジェの打ち合わせで、美香さんに惹かれていって……」
事前に先生と話を合わせていたとはいえ、実際に起こった出来事じゃないので、話していて目が泳ぐ。
「そう言えば茜さんのお父さんって、みなさんの同級生だったんですよね。どんな方だったんですか?」
片桐先生が話題を俺達二人から逸らそうとして質問する。
「本当に大事な友達だったよ。リーダーシップもあったから、商店街の改革にしても、もっと早くから動き出してただろうな」
保が昔を懐かしむ目をして、勇一のことを話す。
「ああ、友達想いの奴だったしな。勇一とは良い思い出しか無いよ」
「ごめん……」
保に続いて俺が勇一のことを話すと、裕子ちゃんはハンカチを取り出して、両目を押さえた。
「すみません。私が旦那さんのことを思い出させるようなことを聞いてしまって……」
裕子ちゃんの様子を見た片桐先生が、慌てて謝る。
「良いんです……ごめんなさい、嬉し涙だから……」
裕子ちゃんは顔を上げて、懸命に笑顔を作った。
「ごめんね……涙もろくって。勇ちゃんのことを覚えてくれていることが本当に嬉しくて……。もう十年以上経つのに、勇ちゃんは本当に幸せ者よ」
言葉通り、裕子ちゃんの涙は嬉し涙だったようだ。
その後はまた会話も弾み、良い雰囲気で食事会は終わった。
店を出て、俺は片桐先生を家まで送るからと、保達と別れた。別れる寸前、保に「告白頑張れ」と目で合図を送ると、奴も小さく頷いた。
きっと上手く行く。俺はそう確信して二人と別れた。
「草薙さんの告白は上手く行きますかね?」
しばらく二人で並んで歩いていると、片桐先生がそう訊ねてきた。事前にラインで連絡を取っていた時に、俺は保と裕子ちゃんの仲を取り持ちたいと先生に話していた。
「切っ掛けさえあれば、二人は上手く行くと信じてますよ」
「幸也さんは友だち想いですね。二人の幸せをこんなに願っているなんて」
「死んだ勇一もきっと二人が上手く行くように願っていると思うんですよ。だから、勇一の為にもって……」
そうだよな、勇一。
「あ、あの……幸也さん自身はどうなんです?」
「えっ? 私自身って……」
「あの……幸也さん自身が、その……自分の幸せと言うか……」
片桐先生は下を向いて、言いにくそうな感じで聞いてくる。
「ああ、私の幸せですか……私は……もう良いんです」
「えっ? もう良いってその……」
先生が驚いて顔を上げて俺を見る。
「実は、私はバツイチなんですよ。一度失敗しているんで、もう自分の幸せなんて考えて無いです」
「でも、今はほら、離婚される方も多いので、バツイチって珍しく無いですよ。
幸也さんは本当に優しい人です。きっとまた幸せを見つけることが出来ると思います」
先生が一生懸命励ましてくれる。ありがたいことだが、俺の心に響かなかった。
「その、優しいって言うのが離婚した理由なんです」
「優しいが離婚した理由……」
「妻が浮気したんですよ。その浮気の理由が『あなたは優しいだけでつまらない男だから』って言われてね」
ここまで先生に話すつもりは無かった。だが、今まで誰にも打ち明けることが出来なくて心に溜まっていた暗い気持ちは、一旦口にすると止めることが出来ない。
「そんな……それは浮気した奥さんの言い訳です。自分の罪を軽くしようと、幸也さんに責任を被せているんですよ」
「でも事実なんですよ。みんな私のことを優しいと言ってくれる。でも本当は優しい人間なんかじゃ無いんです。
自分に自信が無いから、嫌われたくなくて常に他人を優先してしまう。人の気持ちを考えているんじゃ無いんです。そうする方が楽だからしているだけなんです」
「でも、草薙さんと増田さんのことは、本当に二人の為に頑張っているじゃないですか。幸也さんは本当に優しい心を持っていますよ」
「もう私にはあの二人しか心を許せる友達が居ないんですよ。だから、二人だけは特別なんです……」
「そうなんですか……」
片桐先生は視線を落とし、それ以降はもう何も言って来なかった。
「あっ、ここです」
五階建ての、先生が住むマンションの前に着いた。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえ……」
俺がお礼を言うと、片桐先生は何か言いたげだったが、口にするのをためらっているようだった。
「それじゃあ、さようなら」
俺は頭を下げて立ち去ろうとした。
「あの……」
「はい?」
声を掛けられ、振り返って先生を見る。
「いえ……さようなら」
「はい、さようなら」
もう一度挨拶して、俺は駅に向かって歩き出した。
離婚話なんかした所為で、最後は気まずい雰囲気になってしまった。俺はあんな話をしたことを後悔した。
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