第57話 食事会(1)(幸也)
保と裕子ちゃんに俺の彼女を紹介するという体の食事会の日になった。この食事会がお芝居だと知らないのは裕子ちゃんだけという変な事態になってしまったが、とにかく保がちゃんと告白してくれれば意味はある。
午後七時前。俺は待ち合わせ場所である最條駅の噴水前で片桐先生を待っている。先生はここが最寄り駅なので、徒歩で来るようだ。
仕事帰りの人達が行き交うのを眺めているのも退屈で、俺はスマホを取り出した。
「こんばんは、店長さん」
時間つぶしにスマホを眺めていると、急に声を掛けられた。顔を上げると片桐先生が立っている。落ち着いた青のワンピースが、清楚なイメージの先生に良く似合っていた。
「あっ、こんばんは。今日はありがとうございます」
俺は挨拶の後、先生に今日のお礼を言った。
「お礼なんて……店長さんにはいつもお世話になってますから」
いや、いつもお世話になっているのは俺の方だ。この機会にちゃんと言わないと。
「あの……私の方こそ、いつも先生にお世話に成りっ放しで、先生は私の言葉で助けて貰ったって思っているかも知れませんが、本当にもう十分に返して頂きましたから。もう今回お芝居して貰うことで最後にしてください。本当に先生には感謝していますから」
俺は頭をペコペコと何回も下げながら、気持ちを伝えた。
「そうですか……」
顔を上げて先生を見ると、少し寂しそうな顔をしている。
「あの……これからは、私からも先生にも何かさせて下さい。やって貰うばかりじゃ気が引けるので……」
俺はもう一度頭を下げて、そう言った。
「はい、分かりました。そうさせて貰いますね」
片桐先生が、今度は笑顔を返してくれた。
「じゃあ、レストランに行きましょうか」
俺達は並んで歩き出した。
保達とは予約しているレストランで待ち合わせをしている。二人は桜元駅から一緒に来る筈だ。
「そう言えば、店長さんのことをどうお呼びしたら良いですか?」
「あっ、そうですね……」
確かに先生と店長さんじゃ余所余所しいな。
「あの、幸也さんとお呼びして良いですか?」
「ああ、もちろんです。じゃあ、私も美香さんと呼んでも構いませんか?」
「はい、もちろんです。それで行きましょう」
先生が嬉しそうに応えてくれたので、その呼び方で行くことにした。
「あと、草薙さんは私達がお芝居していることを知っているんですよね?」
「そうなんです。事情がいろいろ変化したりで、本当に面倒なこと頼んですみません」
事前にラインで状況の説明はしていたので、俺達が偽の恋人同士だと保が知っていることは話していた。
「いえ、私の都合で先週美術館に行けなかったから、打ち合わせが不十分ですみません」
「いえいえ、こちらの方が勝手なお願いしているんですから」
俺達はお互いに頭を下げ合った。
「もう生徒の問題は解決したんですか?」
「まだ完全に解決した訳じゃないんですよ……生徒同士でいろいろ動いてくれていて、最悪の状況ではなくなってきているんですが。
本当に、私は何も役に立てなくてね……力不足を感じますよ」
片桐先生は寂しそうに笑う。
「先生だからって、そんな何でも解決出来ませんよ。それに生徒間のトラブルなんて、生徒同士で解決するべきです。最近は何でもかんでも先生に押し付けすぎなんですよ」
「ありがとうございます。店ちょ、あっ、幸也さんと話していると、いつも気持ちが楽になります。本当にありがとうございます」
そう言って笑う片桐先生に、俺の方こそ癒される思いだ。
そんな話をしているうちにレストランに到着した。保達はまだ来ていない。
「あっ、来たみたいだ」
少し待っていると、駅の方から保と裕子ちゃんが一緒に歩いて来る。
「こんばんは、ごめん、お待たせして」
裕子ちゃんが俺達の前まで来て挨拶する。
「俺達も来たところだから大して待ってないよ」
「増田さん、草薙さん、こんばんは」
俺と先生が保達を迎える。
「あっ! もしかして、幸也君の彼女って片桐先生なの?」
先生を見た裕子ちゃんが、驚いて声を上げる。
「えっ? 裕子ちゃん、せ、美香さんのこと知ってるの?」
「知ってるも何も、茜がお世話になってるし、うちの店の常連さんだもん」
そうか、先生は電車通勤の関係で、よく商店街のお店を利用しているんだった。
「すみません、黙っていて」
「そんな、全然です。今回こうして紹介してくれるんだから。
そうかー幸也君、良い人を彼女にしたんだね。片桐先生は生徒の間でも、優しくて面倒見が良いと評判の先生なのよ」
裕子ちゃんは並んでいる俺達を見て嬉しそうだ。そんな裕子ちゃんを見て、今更ながら罪悪感を覚えた。
「さあ、ここで立ち話もなんだから、中に入ろうぜ」
「そうですね、行きましょう」
片桐先生と裕子ちゃんが茜ちゃんのことを話しながら、レストランに入って行く。俺と保はその後に続いた。
「悪い、全て俺を悪者にしてくれて良いから、裕子ちゃんには後で説明してくれな」
俺は保に近付き、小声で頼んだ。
「まあ、告白した後に覚えてればな。それより、お前も先生に告白すれば良いじゃないか。嘘じゃなく真実にしてしまえよ」
保も小声で俺に返す。
「何をお前……」
「どうしたの? 男二人でこそこそ何の相談?」
レジカウンターに着いた裕子ちゃんが、小声で話し合う俺達に気付き、冗談めかして聞いてくる。
「いや、何でも無いよ」
そう言って俺はカウンターの前まで行き、店員に名前を告げて、俺達を席に案内して貰った。
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