第54話 彼女の為に出来ること(4)(直人)
次の日の水曜日も、俺は部活が終わると斉藤の家に向かった。昨日の反省から弁当を持ってきて学校で食べたし、水筒も余分に持って来た。あと不安があるとすれば、昨日のように警備員を呼ばれることか。いや警備員ならまだ良いが、警察を呼ばれたら面倒なことになる。警備員や警察を呼ばれる前に会う気にさせないと駄目なのだ。
気が進まないけど、あの手を使うしかないな。
俺は駅からバスに乗り、斉藤の家に向かう。今日は迷うこと無くお屋敷の前に着いた。
どういう対応されるか不安だがやるしかない。俺は昨日と同じようにインターフォンを押した。
「はい、あっ、昨日来た方ですね。尊さんはあなたを知らないと言った筈ですが」
昨日より断然冷たい声で、女性から応答があった。
「あの、尊君は絶対に僕を知ってるんです。お願いします。『委員長のことで話がある』って伝えて貰えませんか? この一言だけで良いんです」
「もしそれでも知らないと言われたら帰って貰えますか?」
「もちろんです。諦めて帰ります」
これは賭けだ。会って貰えるなら伏せて置くつもりだったが他に手が無かった。
俺は昨日と同じように、縁石に座って返事を待った。
しばらく待っていると、ギーと音が鳴り木製の立派な門が開いた。
「尊さんが会いたいそうです」
五十代ぐらいのエプロン姿の女性が、めんどくさそうな態度で俺を中に入れてくれた。
門を入ると見事な日本庭園が広がっていた。玄関まではチリ一つ落ちてない石畳が続いている。玄関は広過ぎて、どこで靴を脱いだら良いのか迷うぐらいだ。磨き上げられた板張りの廊下を進み斉藤の部屋まで案内される。一体この家は何部屋あるのだろうかと気になった。
「ここが尊さんのお部屋です」
斉藤の部屋の前まで案内すると、女性はさっさと俺から離れて行った。
俺は仕方なくドアをノックしてみた。
「はい」
「斉藤か? 若宮だけど」
「開いてるから入って」
「お邪魔します」
俺は言われる通り、ドアを開けて部屋の中に入った。
斉藤の部屋は広かった。うちのリビングより広いだろう。部屋の両端にベッドに机と本棚、中央に大きめの座卓が置いてある。斉藤は机の前に座ってこちらを見ている。
「中に入れよ」
入り口で立ち尽くす俺に斉藤が声を掛ける。俺は中に入り、座卓の脇に置いてある座布団の上に座った。
「増田のことで話ってなに?」
斉藤は単刀直入で聞いてくる。
「それよりまず、お前は香取さんのことをどう思ってるんだ?」
「どうって?」
「いや、そりゃ、好きとか嫌いとかいろいろだよ」
言葉のニュアンスで分かれよって思いながら答えた。
「同じクラスで同じ美術部の女の子。顔は可愛いし、性格も良いと思う。いつもフォローしてくれるしな」
案外ちゃんと分かってるんだ。
「じゃあ、好きなのか?」
「いや、そんな好きとか嫌いとかで見たこと無いな」
「そうか……」
俺はホッとしたような、それでいて香取さんのことを思うと悲しい気持ちにもなった。
「香取は本当に俺のことが好きなのか?」
「お前ホントに気付いて無かったのかよ」
「ああ……」
斉藤は罪悪感を持っているのか、俺から視線を外して目を伏せる。
「さあ、増田のこと話してくれよ」
斉藤が気を取り直して聞いてくる。さあ、どう返答すべきか?
「お前、委員長のことが好きなんだろ?」
「ええっ!」
もうストレートで突っ込んで行くことにした。斉藤は予想以上に動揺している。やはり委員長のことが好きなんだろう。
「違う! 増田のことなんて何とも思って無い」
「どうして何とも思って無い奴の話を聞きたがるんだ? 変じゃないか?」
「それは……」
斉藤は返事に困って、言葉が出ない。
「俺は小さい頃から絵が好きで、親も応援してくれて良い先生も付けてくれたんだ」
斉藤は突然生い立ちを話し出す。俺は斉藤の話を黙って聞こうと思った。
「今でも絵が上手いとよく言われるよ。でも当然なんだよな。子供の頃からテクニックを叩き込まれたんだから。入賞したと言っても、所詮少年の部。俺自身本当に絵のセンスがあるとは思ってないんだよ。褒められるのも、技術的なことばかりだしな」
斉藤が自分のことを話すのを初めて聞いた。今まで持っていた「ちょっと嫌な奴」って感じではなく、同級生らしい素顔を見た気がする。
「高校に入ってすぐの時だったかな。俺が美術部でデッサンを描いていると、増田と香取が見学に来たんだよ。その時増田が『私、絵のこと全然分からないけど、斉藤君のデッサンて温かいね』って言ってくれたんだ。
本当に嬉しかったよ。そんな感想言われたの初めてで。それから気が付いたら増田の姿を目で追うようになっていたんだ」
始まりは単純なものなんだ。でも人を好きになるって、そんなことかも知れないな。
「お前が委員長のことを目で追ってるから、俺も気付いたんだよ」
「そうなのか……」
「話してくれてありがとう。斉藤の気持ちがよく分かったよ」
斉藤がここまで話してくれたんだから、俺も打ち明けよう。
「実は俺、香取さんのことが好きなんだ」
「ええっ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます