第52話 彼女の為に出来ること(2)(直人)

 「綾田町一丁目」の停留所でバスを降り、俺は辺りを見回した。


 片側一車線のバス通りの道沿いに、ポツリポツリとドラッグストアやコンビニ、飲食店が続いている。本当にここで「斉藤の家はどこですか」と訊ねれば分かるのだろうか?


 そう言えば昼ご飯がまだだった。飲食店も何軒かあるので、入って食べたいと思ったが、バス賃も使ったしお金が惜しい。空腹を我慢して、少し離れた道路沿いにある個人経営っぽい酒屋で斉藤の家を聞いてみることにした。


「お忙しいところすみません。ちょっとお尋ねしたいんですが」


 偶然店頭前の商品を整理していたおじさんに声を掛けた。


「はい、なんでしょう?」

「あの……斉藤の家ってどこか分かりますか? この辺りで聞けば分かるって言われたんですが」

「斉藤さん……どこの斉藤さんか分かる?」

「いや、聞けば分かるって言われたんですが」

「ああ、なら本家だな。この道を行って三つ目の角を左に曲がって、ずっと歩いて行けば大きなお屋敷があるよ」

「ありがとうございます。行ってみます」


 本当に「斉藤の家」で分かるものなんだな。俺は感心しながら、店員さんの言う通りに道を進んだ。


 五分少々歩いただろうか、俺の目の前に「お屋敷」としか表現出来そうもない家が現れた。いや、正確には家は見えない。高く長い塀が視界を遮り、中にあるだろうお屋敷が見えないのだ。


 俺は三十メートルは裕に続きそうな塀の中央部にある門の前に立った。立派で大きい閉ざされた門は、俺のような庶民の高校生には凄く威圧感がある。


 斉藤と書かれた高級そうな表札の下にあるインターホンを、俺は緊張で少し震える手で鳴らした。


「はい」


 女性の声で応答があった。


「あの、尊(たける)君のクラスメイトで若宮と言います。尊君いらっしゃいますか?」


 普段名字で呼ばれているので馴染みは無いが、尊は斉藤の名前だ。


「はい、少々お待ちください」


 今の女性は斉藤の家族なんだろうか? この家ならお手伝いさんとか雇っていても不思議じゃないよな。


「あの、本人がそんな奴は知らないと言ってるんですが」

「ええっ、そんな筈はないです。尊君は居るんですよね? もう一度、クラスメイトで柔道部の若宮が来たって言って貰えますか?」


 斉藤は俺と話をするのが嫌で、しらばっくれているんだろうか?


「あの、やっぱり知らないと言ってるんですが……」


 ヤバいな。やっぱり俺と話す気はないのか。でもこのままあっさり引き下がるのもなあ。


「じゃあ、出てきてくれるまでここで待ちます。斉藤にそう伝えてください」


 俺はインターホンの向こうにいる女性にそう宣言した。


 この炎天下の中、日陰の無い場所で過ごすのは辛い。しかし、香取さんの辛さを考えたら、これぐらいで泣き言を言うな。


 俺は自分を叱責して、バッグからペットボトルを取り出し、中のお茶を飲んだ。家を出る時には凍らせておいたのだが、今はもうぬるくなっている。しかも残りの量も少なくあっと言う間に空になってしまった。


 俺はタオルで頭を覆い、直射日光のダメージを和らげ、縁石に座って斉藤が出てくるのを待った。


「ちょっと、君、ここの住人の方から通報が入ったんだけど」


 スマホを見ていたら、急に声を掛けられた。顔を上げると制服姿の男性が二人立っている。俺は警察かと思って立ち上がった。


「あの、ここに住んでいる尊って奴のクラスメイトなんです。奴と話がしたくて待っているんです」

「事情は分からないけど、住人から迷惑だから帰らせてくれと言われているんだ」


 よく見ると、男性達は警察では無いようだ。胸に警備会社の社名が書いてある。斉藤の家は警備会社と契約しているのか。


「分かりました。少しだけ待って下さい」


 俺はインターホンを鳴らして「今日は帰るけど、また明日来るから」と大きな声で叫んだ。


 その後、警備員に促され、斉藤の家を後にした。


 正直、ホッとした。あのまま水分補給もせずに座ってたら、熱中症になってたかも知れない。明日は準備を整えて行こう。


 俺はまたバスに乗り、家に帰った。

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