第19話 親友の恋(2)(直人)
「上手く行って良かったね!」
準備室から美術室に移ってすぐ、香取さんが笑顔でそう言った。
「若宮君のお陰だよ。見直したわ」
委員長が俺と香取さんの前に拳を突き出す。一瞬、その意味が分からなかったが、香取さんが委員長の拳に自分の拳を合わせたので理解した。
「普段俺をどんな目で見てたんだよ」
俺は冗談交じりに、委員長に文句を言い、二人の拳に自分の拳を合わせた。
「じゃあ、俺は部活に行くよ」
「今日はありがとう。部活頑張ってね」
香取さんに応援されると、心からやる気が湧いてくる。
「あっ、長谷川君たちにショートムービーの件を頼んでね」
そう言えば、まだ芳樹や浜田に話をしていなかったな。
「分かった。協力出来るように、言っておくよ」
俺は二人と別れて、体育館に向かった。
香取さんに喜んで貰えて良かった。大分点数稼げたよな。
香取さんの顔が頭に浮かんだ瞬間、俺は足が止まる。
『動いて後悔するより、動かなくて後悔する方が、悔いが大きい』か……。先生に偉そうなこと言って、俺はどうなんだ? 香取さんに気持ちを伝えるどころか、親しくなる努力すらしていない。遠くから眺めているだけだ。あれだけ可愛い香取さんが、このまま誰とも付き合わないなんて考えられない。グズグズしてたら絶対に後悔することになるな……。
俺はどう動くべきかと考えながら、また体育館に向かって歩き出した。
「先輩、こんにちはっス!」
芳樹が先頭を切って、菊池先輩のたこ焼き屋に入って行く。部活が終わってから、俺達柔道部の三人は菊池先輩の店にやって来た。
「いらっしゃい。三人ともいつものやつか?」
手前から芳樹、俺、浜田の順に並んで座った俺達を、菊池先輩が笑顔で迎えてくれる。
今までは遠慮があって店の外で食べていたのだが、後輩だと分かってからは菊池先輩が店内に入って食べるように言ってくれた。それ以来俺達はエアコンの効いた店内で常連気分を味わっている。
「はい、それで良いよな」
芳樹に聞かれて、俺と浜田は頷いた。
「じゃあ、すぐに仕上げるよ」
菊池先輩はそう言うと、しばらくしてソースマヨネーズのたこ焼きを仕上げて持ってきてくれた。
「あれ? 六個ずつになってますよ」
芳樹が皿の上のたこ焼きを見て驚く。いつも俺達は四個ずつオーダーしているので多過ぎるのだ。
「今、たこ焼きが余り気味だったんで、二個はサービスだよ。遠慮せず食べてくれ」
「ありがとうございます!」
俺達は声を揃えてお礼を言い、たこ焼きを食べ始めた。
「そう言えば、直人は部活前にどこ行ってたんだよ?」
「えっ? ちょっと用があって」
俺は芳樹の質問に、答えを濁した。
「直人君が部活を遅刻するのは珍しいよね。それに今日は調子が悪かったみたいだし」
浜田にそう言われても仕方ないぐらい、今日は集中していなかった。ずっと香取さんのことが頭にあったからだ。
「そう、それ。俺も思ってたんだよ。放課後になるまで普通だったのに、部活に来てからおかしい。何かあったんじゃないか? 俺が気付いて無いだけなのか?」
芳樹は自分が鈍感なのを気にし過ぎで、逆に少し何かに気付くとしつこく理由を知りたがる。
「別になんでも無いよ。片桐先生に用事があっただけ」
「片桐先生!」
芳樹は驚いて立ち上がる。
「片桐先生に何の用だよ!」
「どうしたんだよ? 片桐先生で、そんなに食い付くか?」
俺はそんなこと聞かれるとは思わなかったので、答えに窮した。
「ああ、あれだ、期末テストの件で質問があったんだよ」
「それならどうして俺も一緒に誘ってくれないんだよ!」
「いや、なんで誘うんだよ? というか、なんで片桐先生のことでそんなに必死になるんだ?」
俺がそう聞くと、芳樹は黙ってまた席に座る。
「最近、片桐先生のことばかり考えてしまうんだ」
ええっ、お前まさか……。
「芳樹君、それ片桐先生のことを好きなんじゃないの?」
浜田がストレートに核心を突いてくる。
「そうなのかな……」
「ずっと考えてしまうのは、きっと好きだからだよ」
浜田は意外と恋愛経験が豊富なのか? 遠慮なくズバズバ踏み込んで行くよな。
「もしかして、片桐先生って、少しふくらした感じの優しそうな人か?」
さっきまでたこ焼きを焼いていた菊池先輩が話に入ってくる。菊池先輩の意識の中に、ちゃんと片桐先生が入っているんだ。案外、片桐先生の想いも上手く行くのかも知れないな。
「そうです! 綺麗で優しい先生なんです!」
「それ絶対に好きになってるよ。芳樹君、先生に告白してみたらどう?」
俺は浜田の言葉に驚いた。まさかそこまで話がいくとは思わなかった。
「いやいや、ちょっと待てよ! 先生と芳樹の歳の差を考えろよ。それに生徒と先生だぞ、普通に断られるだろ」
俺は慌てて止めに入った。先生と菊池先輩をくっ付けなきゃならんのに、芳樹が入って来たら複雑になる。
「そうとも限らんぞ。年下が好きな女性は一定数いるからな。それに、やる後悔よりやらぬ後悔の方が後々辛くなる。本当に好きなら気持ちを打ち明けても良いんじゃないか」
いや、先輩の幸せの為にも、それを言っちゃあ駄目ですよ……。
「そうっすかね……」
芳樹は自信はないのか、不安そうに呟く
「そうだよ。俺も応援するよ。先生がまた店に来ることがあったら、好きなものとか、情報を仕入れてやるからな」
「いや、ちょっと、先輩!」
「なんだよ。若宮は友達の恋を応援出来ないのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「直人君も芳樹君を応援してあげようよ。僕達柔道部の仲間なんだしさ」
浜田もそんなこと言うし、芳樹と先輩は俺の顔を見ている。俺も何もしがらみが無いなら応援するよ。でもなあ……。
「直人は俺と先生が似合わないと思うのか?」
「いや、そうじゃなくて……もう、俺も応援するよ! 芳樹と片桐先生が上手く行くように」
俺は自棄になってそう叫んだ。
「じゃあ、決まりだね。すぐに告白っていうのも、玉砕するのが目に見えているから、作戦を考えないと」
「浜田、何か良いアイデアがあるのか?」
芳樹がすがるように聞く。
「前に聞いたことがあるんだけど、毎年夏休みには絵を描く宿題が出るみたいなんだ。それを美術部と一緒に美術室で描かせてもらえばどうかな? 柔道部の練習と被らない時間に参加させて貰うんだよ」
自棄になっていた俺の頭に、浜田の提案がヒットする。
「それ良いな! 是非そうしよう!」
「なんだよ、急に積極的になって怖いよ」
浜田が怪訝な表情を浮かべるが、そんなこと構わない。美術部と一緒ってことは、香取さんとも近付くことが出来る。
芳樹を応援するべきか、先生と菊池先輩をくっ付けるべきかは、今は結論出せないし、その場の流れに任せるしかない。俺は俺の恋愛も何とかしなきゃ。
今後の展開に不安を感じながらも、とにかく動き出そうと決めた。
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