第18話 親友の恋(1)(直人)
七月最初の木曜日の夜。風呂から上がって部屋に戻ると、委員長からラインが入っていた。
俺と香取さんと委員長は、三人で片桐先生の恋を応援すると決めてから、グループラインを作っていた。だが、あの「スイッチ」で片桐先生から菊池先輩への想いを聞いて以来、特に連絡を取ったことはない。俺は香取さんとラインで会話をしたかったが、委員長を無視する訳にもいかず、メッセージを書き込んだことが無かった。
そんなグループラインにメッセージが書き込まれたのだ。クラスのグループラインじゃなく、こちらに書き込んだと言うことは片桐先生の絡みだろうか?
(片桐先生を説得したいから、明日の放課後に一緒に来てくれない?)
委員長からスタンプも無い、簡潔なメッセージが入っていた。香取さんからは何も返信がない。まだ見ていないのだろうか?
(説得したいって、どういうこと?)
俺がそう返信をすると、委員長から長文の説明が次々入って来る。
どうやら商店街でイベントを企画していて、その中でオブジェ制作の担当が菊池先輩に決まったとのこと。で、片桐先生にそのオブジェのデザインを頼み、二人に繋がりを作って仲を深めようとする作戦みたいだ。おまけにその男女のオブジェのモデルも菊池先輩と片桐先生にしようと考えているらしい。
(結構強引だな。あの遠慮しがちの片桐先生が受けるかな?)
(だからこそ、みんなで説得する必要があるのよ)
俺が疑問を書き込むと、委員長からすぐに返信がある。
(いや、でも俺が行ったって説得の役に立つかな。ただ立ってるだけになりそうだし)
(はっきりしないわね。役に立つように、頑張れば良いじゃないの)
頑張れと言われてもなあ……。あの場の流れで応援しますと言ったものの、自分が恋愛経験も乏しいのに他人の恋愛までなんとか出来るとは思えないんだよな。
(若宮君も一緒に説得しようよ! この前の『真面目だということは十分に取柄ですよ!』って台詞。凄く説得力あったよ!)
急に香取さんが話に入って来た。
そうか、みんなって香取さんも含めてのことか。それなら、一緒に行って説得すれば、香取さんも俺のこと頼れる男って思うかも知れないな。
(分かった! 俺も行って説得を頑張るよ!)
(へー。マナが頼むと、すぐに引き受けるんだね)
しまった。委員長が痛いところを突いてくる。もう少しじらして引き受ければ良かった。
(若宮君ありがとう! これで喫茶店の時と同じだね。きっと引き受けてくれるよ)
(あっ、あと若宮君に頼みがあるんだけど。商店街のイベントの絡みで、ショートムービーを撮ることになっているんだけど、若宮君も出てくれない? もう少し人数が欲しいんで、柔道部のメンバーと一緒なら嬉しいんだけど)
(ショートムービーに出演? 演技なんかしたこと無いんだけど)
(大丈夫よ。出るにしたってモブだから)
モブか……。主演は嫌だけど、はっきりモブって言われるのもなあ。香取さんは出るのかな。聞きたいけど、またなんか言われそうだしな。
(分かった。芳樹たちに聞いてみるよ)
(ありがとう! 是非頼むね!)
委員長がメッセージと、可愛らしいキャラでお礼のスタンプを送って来た。
(私もショートムービーに出るんだよ! 一緒に頑張ろうね)
香取さんもメッセージと、がんばろうスタンプを送って来る。
良かった。香取さんも出るなら、絶対に芳樹たちも誘って俺も出よう。なんだか、香取さんと仲良くなれそうなイベントが多くて楽しみになってきた。上手くアピールして、印象付けねば。
授業が全て終わり、放課後になった。部活に誘う芳樹に、用事があるから遅れると先に行って貰い、俺は美術の準備室に向かう。
委員長と香取さんはすぐに教室を出たのか、すでに姿が見えない。事前の打ち合わせで、準備室で集合することになっているのだ。
「失礼します」
挨拶して美術室に入ると、中には誰も居ない。美術部は今日休みなんだろうか?
俺は美術室の奥にある準備室のドアの前に立ちノックした。
「失礼します。若宮です」
俺がそう告げると、しばらくして香取さんがドアを開けてくれた。
「もう話し合いを始めているよ」
香取さんが小声で呟く。俺は彼女と一緒に中へ入った。
作品の見本や画材道具などが並ぶ部屋の奥に進むと片桐先生と委員長が居た。片桐先生のデスクの前で二人は立ち話している。
「先生、これは幸也さんと親しくなるチャンスなんですよ。昨日店に行ったのも仲良くなりたかったからですよね?」
もう説得が始まっているみたいだ。委員長の言い方からして、片桐先生はすんなりオブジェのデザインを引き受けなかったのだろう。
「いや、私はたこ焼きが食べたかっただけで……」
「ここまできて誤魔化さないでくださいよ」
委員長はストレートな言い方するな。頭が良くて正論なんだろうけど、キツ過ぎるよ。
「私達、先生のことが好きだから応援したいんです。先生も頑張ってみるって言ってくれたじゃないですか」
香取さんも説得に参戦する。しかし、先生はデモデモダッテを繰り返し話が進まない。
二人ともどうして他人の恋愛に関して、これほど一生懸命になってんだろ。周りがヤイヤイ言ってもしょうが無いと思うんだけどな。
「ほら、若宮君も、黙ってないで何とか言いなさいよ」
なかなか首を縦に振らない先生に焦れて、委員長が俺に話を振って来る。
「何とかって言われても……」
「その為に来たんでしょ!」
いや、最初から自信なかったんだけどな。でも頑張るって言ったんだから、香取さんの手前、何か言わないと駄目か。
なぜ先生はデザインを引き受けないんだろう。仕事が忙しかったりするのかな?
「先生はデザインを引き受ける時間はあるんですか?」
「どうしてそんなこと聞くのよ」
委員長が余計なことを聞くなと言わんばかりに怒る。
「大事なことだろ」
「まあ、夏休みに入るし、ある程度期間があれば出来るだろうけど……」
ここでスッパリ、忙しいから駄目と言わないところが片桐先生らしい。でも、それならなぜ引き受けないのか? たぶん、振られるのが怖いんだろう。
俺だって香取さんと付き合いたいけど、告白して振られたらと思うと、行動に移せない。振られるぐらいなら今の関係のままで良いと思ってしまう。でも本当にそうか? 何もしないままで、今の関係が保てるのか? もし、香取さんが他の誰かに告白されて付き合いだしたとしたら。もう今までのように気楽に話が出来ないかも知れない。それに、目の前で彼氏と仲良くされるかも知れない。
「あの、先生……もし、先生が行動することを躊躇している間に、菊池先輩に恋人が出来たとしたらどうします?」
「どうしますって……今もうすでに店長さんには恋人がいるかも知れないし、私なんかがどうこうしても……」
先生は下を向いて、言葉の最後は消え入りそうな声になる。
「今ならまだチャンスはあるかも知れませんよ」
俺はさらに押してみた。
「チャンスって……」
顔を上げた先生はもう泣きそうだ。
「委員長が菊池先輩と繋がりが出来るチャンスを持って来てくれたじゃないですか。動いて後悔するより、動かなくて後悔する方が、きっと悔いは大きいです。
想像してみてください。あの店で菊池先輩が他の女性と仲良く店をやっている姿を」
俺の言葉を聞いて、先生は泣きそうな表情のままで考え込む。
「それは……嫌……」
「そうでしょ? なら引き受けましょうよ!」
「でも……」
それでもまだ、片桐先生は首を縦に振らない。
「私達がサポートしますから」
委員長が参戦してくる。
「どうしてみんなはそんなに優しいの?」
「先生がいつも優しいからですよ。私達は優しい先生が好きだから応援したいんです」
香取さんが先生の手を取る。
「あなた達……本当にありがとう……先生、やってみるわ」
「ヨシ!」
委員長が小さくガッツポーズする。
なんとか話が進んで良かった。でも喫茶店の時といい、今回といい、先生の優柔不断には手を焼かされるな。
「それじゃあ、幸也さんに話を進めてきます。先生と幸也さんと、二人で話が出来るようにしますね」
「ありがとう増田さん」
先生は笑顔で、準備室を出て行く俺達を見送ってくれた。
※作者からのお詫び
ランダムでキャラ名を作っていたら、気付かずに同じ苗字のキャラを作ってしまいまいした。
片桐春菜→藤本春菜
藤村→河村(書店店長)
に変更しました。
本当にすみませんでした。
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