第17話 勇気を出した片桐先生(2)(幸也)
「先生、凄いじゃないですか。勇気を出したんですね!」
「い、いや違うの。これはそうじゃなくて、ただたこ焼きが美味しくて、その……」
勇気って何なのか? 二人の会話の意味は分からないが、先生はしどろもどろに言い訳している。
「あっ、あのご馳走様でした。私、急に用事を思い出して……お幾らですか?」
「ああ、ありがとうございます。三百二十円です」
先生は慌てふためいて財布からお金を取り出す。
「えー先生、ゆっくりしてけば良いのに」
「ごめんね、あの、用事が……」
「ありがとうございました」
先生はしどろもどろに呟きながら、店を出て行った。
「あータイミング悪かったかな。片桐先生何か言ってましたか?」
「いや、心配しなくて良いよ。別に生徒の悪口とか聞いて無いから。先生だっていうのも今知ったぐらいだし」
「いや、そうじゃなくて……まあ、仕方ないか。来ただけでも勇気だしたんだからね」
茜ちゃんは残念そうに呟いた。
「勇気って何のこと? うちの店に関係あるの?」
俺は少し気になっていたので聞いてみた。
「あっ、いえいえ、店には関係なくて、先生と私の間でのことなんです」
「それなら良かった。うちの店に来るのに勇気がいるのかと思って」
「とんでもないです! ここのたこ焼きは美味しいって評判ですよ!」
評判はお世辞だろうが、関係ないのなら良かった。
「しかし、茜ちゃんはいつも家の手伝いして感心だね」
「いや、そんなこと無いですよ。いつもお母さんが頑張っているので助けるのは当然です」
そう言った茜ちゃんの表情を、俺は懐かしい気持ちで眺める。
「そういう言い方、お父さんに似てきたね。表情にも面影が出てるよ」
「そうなんですか!」
茜ちゃんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「あの、お父さんってどんな人でした? 友達から見て、どんな感じだったのかなって」
「そうだな……勇一は本当に優しい奴だったよ。困っている奴がいれば、親身になって助けてたしな。
頭も良かったんだ。良い大学に入れる学力はあったんだけど、高校卒業したらすぐに店を手伝い始めて驚いたよ。家族を助けたかったんだろうな。今の茜ちゃんみたいに」
「そうなんですね……」
茜ちゃんは俺の話を聞いていて父のことを思い出したのか、少し寂しそうな表情になる。
「俺も保も、勇一にはずいぶん助けられたんだ。何か困ったことがあれば、相談してくれて良いんだからな。絶対に力になるから」
「ありがとうございます。私、産まれてすぐにお父さんが亡くなってしまったけど、寂しい思いはしたことないんです。物心着いた時には、幸也さんやマスターや、会長さんや副会長さん。商店街のみなさんが、いつも声を掛けてくれてたから本当に寂しくないんですよ」
強がりはあるんだろうけど、茜ちゃんは本当に素直で良い娘に育っている。この姿を勇一に見せてあげたいと思った。
「だから、私はこの商店街を守りたいんです。今度の改善案は是非成功させましょうね」
茜ちゃんは、また弾けるような笑顔になる。
「ああ、そうだな。フィギュアも良い物作らないと」
「もう制作は進んでいるんですか?」
「いや、まだ見積りを頼んだところだよ。あと、カップルのモデルを決めて提出しなきゃいけないんだ。イラストでも写真でも良いんだけど、有名人や既存なキャラクターは駄目だし、どうしようか考えていてね」
「そうなんですね……あっ!」
茜ちゃんは何か閃いたように俺を見る。
「そのモデルの件、私に当てがあります! ちょっと相談したいんで、少し時間を貰えませんか?」
「ああ、良いよ。見積りが出てから保たちと相談しなきゃいけないので、まだ少し時間はあるし」
「ありがとうございます! すぐに相談して結果を報告に来ます」
「ああ、良い案が出てくれば俺も助かるから、お願いするよ」
「はい、頑張ります! 楽しみになってきたなあ……」
普段は大人びた印象のある茜ちゃんが、今は子供のようにワクワクしている。
「それじゃあ、これで失礼します! あっ、ネギのお買い上げありがとうございました!」
「いや、こちらこそ、ありがとう」
茜ちゃんはウキウキしながら店を出て行く。
その後姿を、俺は自分の娘のように温かい気持ちで見送った。
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