第15話 商店街協力会の臨時会議(2)(春菜)

「なんのオブジェにするかは考えはあるのかい?」


 和弘さんが幸也さんに訊ねる。


「いや、まだそれは考えて無いですね。漫画のキャラクターなら注目を集めそうですが、著作権の関係で別の費用も掛かるでしょうしね。ゆるキャラとか恐竜とかですかね……」


 私の中で小さく動いていたものが弾けた。


「ロマンスよ!」


 私は立ち上がって叫ぶ。


「ロマンス?」


 幸也さんが不思議そうに呟く。


「そうです、ロマンスです! 愛ですよ! 男女、カップルのオブジェを作るんです!」

「夫婦像か。仲睦まじくて良いな」


 興味を示してくれた和弘さんに、私は「チッチッチッ……」と人差し指を小刻みに振った。


「違うんだなあ、それが」

「違うって、カップルのオブジェだろ?」


 マスターも私の考えが分からず、戸惑った表情を浮かべている。


「仲睦まじくしないんです。敢えて二人は離して置くんです。駅側に女性、国道側に男性とかね」

「それじゃあ、愛にならねえじゃねえか」


 和弘さんが不満そうに言う。


「そうです。愛は成就しないんです。こ、の、ま、ま、ではね」


 私は意味深に笑顔を浮かべる。


「二人の愛を取り持つのは……そう、来場してきたお客さん達なんです!」


 今度は「おおっ」と驚きの反応があった。


「離れ離れになった二つのオブジェを写真に撮って並べて持てば、恋愛のお守りになる。そういう噂が立てば、恋愛に飢えた人々がこぞって商店街に来るでしょう」


 みんなが私の話に聞き入ってくれているのが分かる。


「そのオブジェの男女には、この地に伝わる悲恋の伝説があるんですよ。愛し合いながらも結ばれなかった伝説のカップル。現代に甦って、人々の手で恋愛を成就させるんです」

「そんな伝説聞いたことねえぞ」


 和弘さんが当然のことを呟く。


「無ければ作れば良いんです。そう、創作です、創作。私がその伝説を書き上げます!」


 私は胸を張って宣言した。


「この商店街で一番のお歳よりはどなたですか?」

「たぶん、うちの大お祖母ちゃんじゃなかな」


 茜ちゃんの曾祖母ね。


「語ってもらいましょう。伝説を大お祖母ちゃんに。

 私と茜ちゃんはその伝説を探し出す調査員となるんです。商店街の皆さんに伝説のことを聞き歩く。各店舗の宣伝もしながら、キーワードを集め、最後に大お祖母ちゃんにたどり着く。

 その様子を動画にするんです!」


 私は握りこぶしを作って目の前に掲げる。


「あと、スタンプラリーの景品に、オブジェの男女のミニフィギアとかどうでしょうか? 二人揃ったら恋愛のお守りに。カップルで一つずつ持てば、永遠に結ばれるとか。良いんじゃないかと思います」


 繋がった。小説を書きあげた時の快感に似たものを感じる。


「面白そう! 私、頑張ります」


 一番協力してもらいたい、茜ちゃんが積極的にそう言ってくれたのが嬉しい。


「二体で費用は増えますが、お客さん自ら行動する動機が出来るので、来店頻度もあがり、良い提案だと思います」


 幸也さんも賛同してくれる。


「どうでしょうか、みなさんの感想は?」


 マスターがみなさんの反応を窺う。頷いている人も居て、特に反論はなさそうだ。


「良いんじゃねえか。スタンプラリーと絡みも出来たし、後は春菜ちゃんの腕次第になっちまうがな」

「それは任せてください! 全力で取り組みます」


 私は和弘さんに向かって胸を張った。


「やはり一番の問題は資金面じゃないですか?」


 河村さんが難しい顔で意見する。


「一度、取引先の地元企業に声を掛けてみます。オブジェの台座に企業名を入れたり、スタンプラリーのチラシに広告載せたりして、少しずつでも協賛金を集められるかも知れません」


 地銀の支店長さんが提案してくれる。


「時間が掛かるかも知れないが、一度市長にもお願いしてみましょうか。地域活性化事業の対象にして貰えるように聞いてみますよ」


 会長さんは顔が広いので、もしかしたら陳情が通るのかも知れない。


「それでは、他に提案があればお聞きします」


 マスターが促したが、誰も発言しようとはしない。


「それじゃあ、スタンプラリーの件、オブジェの件、PRビデオの件、三つ共繋がってきましたので、一つの提案としてまとめて採決を採りたいと思います。実際の進行は役員と、提案者の私と幸也のメンバーで進めて行きます。では、賛成ならば、挙手をお願いします」


 反対意見も無かったので大丈夫だと思うが、私は少し緊張しながらぐるりと店内を見回す。


 全員が手を上げている。これで改善計画が前に進みそうだ。


「話がまとまったところで、俺と会長から話がある」


 和弘さんが、そう言って立ち上がると、一緒に会長も席を立つ。


「この件が終わればまた議題として上げるつもりだが、この場で仮承認して欲しいんだ。実は俺達は会長と副会長を降りようと思っている」


 和弘さんの発言に店内がざわめく。


「二人で話し合ったんだ。もう爺さん二人が前に出ていても足手まといになるだけだってな」

「保、幸也。二人に後任をお願いしたいんだがどうかな」


 会長さんに頼まれ、マスターと幸也さんが顔を見合わす。


「みなさんが良ければ、私は受けさせて頂きます」


 積極的な性格のマスターはそういうだろうと思った。幸也さんはどうなんだろう?


「私は……」


 やはり躊躇しているようだ。


「まあ、今すぐ決めなくても良いよ。オブジェの件は幸也が担当してくれるんだろ?」

「はい、それは責任もってやらせて頂きます」

「みんなもそれで良いかな?」


 特に異論は出て来ない。


「よし、それじゃあ、改善案の話し合いはこれまでとして、親睦会に移行したいと思う」


 和弘さんの宣言で、飲み会が始まる。飲めない私は、茜ちゃんとジュースで乾杯した。


 さあ、これから忙しくなるぞ。まずはショートムービーのシナリオ作成から。商店街の救世主伝説が始まるぞ!

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