第14話 商店街協力会の臨時会議(1)(春菜)
六月二十九日火曜日の午後九時。閉店作業を手際よく終わらせた私とマスターは、商店街の居酒屋「一松屋」に向かっている。
「事前に改善案を話し合うことは伝えているんですよね?」
当然のことだが、念のために、横に居るマスターに聞いてみた。
「ああ、今回は臨時会議の形式を取るから、議題書を回したし不参加の人間には委任状までもらったから。だけど、みんなどれだけ真剣に考えてくれているかだな……」
マスターは頼りなさ気にそう言う。確かに今回の会合も全員は出ないのだろう。改善に取り組む熱意の濃淡は、商店街を歩いていても感じるから分かる。
「臨時会議に私が参加しても良いんですか?」
「ああ、従業員なら参加は自由だよ。ただ、採決は一店舗につき一票になるけどね」
なるほど。商店街の協力会と言えどもルールがあるのね。
「おはようございます」
表の看板の灯りが消され、暖簾も外している一松屋に着いて、私とマスターは中に入った。
「おう、おはようさん」
店内に入ってすぐ目の前にL字型にカウンター席が並び、中でお酒の肴を用意している一松屋の大将が声を掛けてくれた。カウンター席には数人の店主さん達が座って雑談をしており、私達を見ると、小さく手を上げて迎えてくれる。
カウンター席の左手に座卓が二台置かれた座敷があって、奥には四人掛けテーブル席が一台ある。テーブル席には、すでに隆司会長さんと和弘副会長さんが陣取っている。
「おう、こっち、こっち」
和弘さんが手を上げて私達を呼ぶ。
「あっ、おはようございます」
私達は挨拶して奥へと進み、テーブル席から一番近いカウンター席に座った。
「春菜ちゃんきてくれたんだね。ありがとう」
「お役に立てるように頑張ります!」
私は会長さんに笑顔で応えた。
「委任状は集めましたが、残りはみんな来ますかね?」
マスターが会長さん達に訊ねる。
「まあ、みんな今のままじゃジリ貧なのは分かってるだろ。きっと大勢来てくれるさ」
和弘さんはそう答えたが、会長も含めて表情は暗い。現に今も参加者は四分の一程度だ。
「おはようございます。遅くなってすみません」
その後、ポツリポツリと参加者が増え、たこ焼き屋の幸也さんもやって来た。
「おお、お疲れ。こっち来いよ」
幸也さんの顔を見て、マスターが近くに誘う。
「あ、藤本さん来てくれたんだ。ありがとう」
「いえいえ、今日はお役に立てるように頑張ります!」
私は席を一つ移動し、幸也さんにマスターの隣の席を譲った。
「もうこれぐらいですかね」
会長さんが店内を見回して呟く。参加者は半数より少し多いぐらいか。
そろそろ会合が始まろうとした瞬間、ガラリと入り口の戸が開いた。
「おはようございます! すみません、遅くなっちゃって」
入って来たのは茜ちゃんだった。
「茜ちゃんが来たの?」
茜ちゃんが私の横に座る。
「ええ、今日はおばあちゃんが親戚の家に行ってて、母が大おばあちゃんのお世話をしていて手が離せなくて……」
大おばあちゃんとは茜ちゃんの曾祖母のことだ。もう結構なお歳で、寝たきりではないが一人では何かと不便だと聞いている。
「ちょうど良かった! 茜ちゃんが居てくれると効果抜群だ」
「えっ? なんのことです?」
「それはまあ、後でのお楽しみ」
私は不思議そうな顔をしている茜ちゃんの肩に手を置いた。
「よし、じゃあ始めるか! もう事前に連絡している通り、今日は飲む前に今後の商店街について話し合いたいと思う。保、提案者から一言頼む」
和弘さんに促され、マスターが立ち上がる。
「おはようございます。今日は親睦会の前に臨時会議のお時間を頂いてありがとうございます。委任状と出席者を合わせて三分の二以上となりましたので、会議として成立しました。
それでは改めて説明しなくても、皆さん肌で感じておられるでしょう。今日はみなさんが普段考えている改善点を出し合い、皆で協力していける案を出したいと考えています」
マスターは参加者の顔を見渡す。殆どがカウンターに座っているが、座敷にも三人の参加者が居る。
「何か意見や提案をお持ちの方がいらっしゃいましたら、挙手をお願いします」
マスターと同時に、私も参加者を見渡すが、挙手している人は居ない。
「まあ、最初は言い出しにくいかも知れないね。言い出しっぺから意見を発表してみたらどうかな」
会長がマスターにそう促す。
「そうですね。じゃあ私から」
マスターはまた参加者を見渡してから口を開く。
「私の提案は、商店街のイメージカラーを作ることです」
参加者から「イメージカラー?」と呟きが漏れる。
「そうです。現状、駅側と国道側の両出入口のアーチや、各店舗の外観が老朽化しています。そこで、外装を統一カラーでリニューアルし、新しく生まれ変わった商店街をアピールするのです」
マスターの提案が終わっても、誰一人口を開かない。
「その改装費用はどうするのかな?」
座敷に座っていた、本と文具の店、協力会の書記を務める河村書店の店主さんがぼそりと訊ねる。私とマスターは、やっぱりそう来たかと顔を見合わせた。
事前にマスターと打ち合わせした時にも、費用のことで難色を示す店主が出るだろうと予測していたのだ。
「費用のこととなると……会長、どうですか?」
「うむ……どうかな支店長さん」
協力会の会計を務めている地銀の支店長さんに、会長が訊ねる。
「まあ、積み立て金からアーチの修繕費ぐらいは出せるでしょうが、各店舗の分まではきついですね」
「申し訳ないが、それだとうちは苦しいな。もう毎月カツカツで店の修繕費なんてとても出せないですよ」
河村さんの言葉に、頷いている参加者も数人いる。
「まあ、金のことは考えないで、まず案を出していこうや」
和弘さんが重くなった空気を感じてそう言った。
「じゃあ、次はうちで働いている藤本さんから提案してもらいます」
マスターが私に目で合図する。私は席から立ち上がり、一礼する。
「『スイッチ』で働いている藤本です。それでは私からも提案させて頂きます」
あまり顔馴染みじゃない店主さんは「誰だこいつ?」って不思議そうな感じで私を見てくる。
「まずは、スタンプラリーの開催です」
「スタンプラリー?」
入り口すぐのカウンター席に座っている参加者が疑問の声を漏らす。
「スタンプ欄の付いた、チラシの豪華版だと考えてもらえば良いです。各店舗五百円の特売品を設定してスタンプラリー用のチラシに載せる、それをお買い上げのお客様にスタンプを一つ押す。そのスタンプが五つ貯まると景品に交換出来るというサービスです。各店舗用のスタンプを作れば、最低でも五店舗で買い物することとなり、利用率も上がります」
「なるほどね。面白そうだ」
会長さんが興味を示してくれた。
「今でも月一でチラシは配布していますので、少し費用を上げて豪華版にすれば良いと思います。配布も折り込みだけでなく、駅や市民病院にも置いて貰えばどうでしょうか」
「景品は何にするの?」
河村さんから質問が出てくる。
「残念ながら、それはまだ未定です」
私は誤魔化すことなくそう返した。
「私はやってみる価値があると思いますね」
幸也さんがフォローしてくれた。
「私も面白いと思います。今は集めることに価値観を見出す人も多いので、スタンプラリーは嵌まる人も多いんじゃないでしょうか。景品が魅力的なら集客につながりますよ」
茜ちゃんも大人びた意見でフォローしてくれた。
「細部は後で詰めるとして、これは前向きに考えても良いんじゃないかな? 反対意見や質問はあるか?」
和弘さんが聞いてくれた。参加者の顔を見ると、概ね納得しているように感じる。
「ありがとうございます。では私からはもう一つ提案があります」
まだあるのかと参加者たちは少し意外な顔をしている。私にとってはこちらの方が本命だ。
「私は商店街のPRビデオを作ろうと考えています!」
「PRビデオ?」「店の紹介ビデオか?」「なんだそれは?」と疑問を呟く声がそこかしこから聞こえる。
「ただ個別に店を紹介するんじゃないんです。私が作ったストーリーを追って店を紹介していくショートムービーを作るんです!」
参加者のみなさんは、まだキツネにつままれたような表情を浮かべている。
「そのショートムービーの出演者はどうするの? 役者さんを頼むと費用も掛かるんじゃないか?」
「よくぞ聞いてくれました河村さん! 出演者は各店舗の皆さんと、商店街の救世主こと、私、藤本春奈と……」
ドコドコドコドコ……と私は口ドラムを奏でる。
「商店街の看板娘! 増田茜ちゃんです!」
「ええっ! 私?」
「そう! この美少女の茜ちゃんと私の作ったストーリーで、商店街をPRします。ユーチューブに動画をアップして、ツイッターや匿名掲示板などで宣伝しまくります! 注目を集めることは間違いありません!」
私が演説し終わっても、誰も何も言わない。精一杯力説したつもりだが、予想以上に反応は薄い。みなさんの顔を見ていると、だんだん自信が無くなってきた。
「ストーリーはどんな感じになるんだい?」
会長さんが場の空気を変えるように、質問してくれた。
「すみません。まだそれは検討中です……」
会長さんは助け舟を出してくれたのだろうが、最近は私の想像力も湿りがちで、まだストーリーの大まかな輪郭さえも掴めないでいた。
「ユーチューブってよく分からないけど、集客につながるの?」
カウンター席から質問が出てくる。
「どれだけ話題になるかに依ります。バズれば県外からも人が押し寄せるかも知れませんよ!」
私は強気で返事をしたが、言えば言うほど自信が無くなってくる。そう簡単じゃないことは私にも分かっている。内容が良いのは当然としても、運が良くないとネット上に埋もれてしまうだろうから。
「バズれ?……」
座敷から呟きが聞こえた。そうよね。ここの人達はそこから分からないよね。
「まあ、みなさん、この藤本さんの提案の良いところは、お金が掛からないことです。商店街の身内だけで出来ますから、挑戦する価値はあると思います」
マスターがフォローを入れてくれた。私は申し訳なくて、身が小さくなる思いだ。
「私も頑張ります。演技は小学校の学芸会で主役もやったことがあるし、得意なんですよ!」
「ありがとう茜ちゃん」
事前に相談してなかったのに、茜ちゃんはホント良い娘よね。お姉ちゃん涙が出そうだよ。
「後で採決を採りますが、ほぼノーリスクで出来るこの提案は、藤本さんを中心に進めて行きたいと思います。各店舗は要請がありましたら、協力して頂けませんでしょうか?」
マスターの言葉に異論も出ず、みなさん頷いてくれたのでほっとした。
「じゃあ、次に提案のある人はいますか?」
「じゃあ、私がお客さんから聞いた意見で」
幸也さんが手を上げて立ち上がる。
「あるお客さんが言うには、この商店街にはシンボル的なものが無い。例えば、入り口に大きな恐竜のオブジェがあると「恐竜の商店街」と呼ばれて、他と差別化出来るし、そのシンボルが待ち合わせ場所になったり、親しみが生まれるんじゃないかって言われたんですよね。人々の話にもそのシンボルが出てきて、商店街の知名度が上がると思うんです」
オブジェか。確かにそういうモノがあると、良いよね。問題はどんなオブジェにしたら多くの人の注目を集められるか、ね。
「ネットで調べてみたら、そういうオブジェを作ってくれる会社があるんですよ。もちろんある程度の費用は掛かりますが、こんな感じで」
幸也さんは、プリントアウトしてきた、オブジェ制作会社の資料を何枚かみんなに配る。
回って来た資料には、等身大の漫画のキャラクターフィギュアが写っている。かなりリアルに作られていて、迫力があった。
写真を見ながら、私の中で何かが小さく動いた。これは……。
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