第13話 喫茶店の真面目女教師(春菜)

 金曜日の午後四時半、「スイッチ」店内のお客さんは数人だけで、すでにオーダーも終えて落ち着いている。


 もうすぐ私の勤務時間も終わる。今日はマスターも居るし、茜ちゃんが来てくれたらサッサと引き上げるか。


 そんなことを考えていたら、カランコロンとドアベルが鳴り、茜ちゃんがアラサーぐらいの女性と一緒に店内に入って来た。


「いらっしゃませ!」


 とりあえず女性はお客さんみたいなので、挨拶した。茜ちゃんは私とマスターの方を見て、片手で「すみません」と言葉にせず謝った。なにか事情があるんだろう。


 とその直後に、今度は北校生のカップルが入って来た。


「いらっしゃませ!」


 二人は茜ちゃんたちに続いて、一番奥のテーブル席に座った。


「茜ちゃん、どうしたんでしょう?」


 私は横に居るマスターに訊ねる。


「よく分からないけど、とりあえず普通のお客さんとして、扱って」

「了解しました!」


 私は四人分のお冷を用意して、茜ちゃんたちのテーブルに運ぶ。


「お待たせしました」


 四人掛けテーブルに、ややぽっちゃり系の清楚なスーツ姿の女性の横にごく普通の男子高校生。女性の前に妹系の可愛い女子高生が座り、その横に茜ちゃんが座っている。


 三人が学生で、一人が大人。普通に考えれば、女性は教師なのかな。


 私はテーブルにお冷を置きながら考える。


「注文がお決まりでしたら、お伺いします」

「先生が払うから、好きなの頼んで良いわよ」


 やっぱり女性は教師だったのか。


「じゃあ私はスペシャルパフェで!」


 なに! スペシャルパフェだと! 賄いでは出して貰えない、千五百円もする店で一番高いスイーツのスペシャルパフェだと!


 茜ちゃんは無邪気に笑顔で注文したが、値段は当然分かっている筈。先生大丈夫なの?


「あっ、じゃあ私もそれで」

「俺もそれでお願いします」


 なっ、なにい! 三人ともスペシャルパフェだと! 合計四千五百円もするんだよ!


「私はホットコーヒーをお願いします」


 ホントに良いの、先生? マジ太っ腹! 生徒達に四千五百円もポーンと出しちゃうなんて、私も先生の生徒になりたかったよ。


 私はオーダーを取り終えると、カウンターに戻る。


「マスター、スペシャルパフェが三つにホットコーヒー一つです」

「なに! スペシャルパフェが三つ! でかした!」


 いや、私は何もしてませんが。マスターは単価の高いオーダーが出て、テンション高めでパフェを作り出した。


 私もタイミングを合わせて、ホットコーヒーの用意をする。


 女教師一人に美少女二人とごく普通の男子高校生一人。うーん、どう言った関係なのか?


 まさかハーレム?! いや、でもあんな普通の男の子じゃ無理よね……。


 いや、待てよ。だいたい男向けハーレムものなんて主人公は普通の男じゃないの? 普通の男が、有り得ないような美女、美少女たちにモテまくるから良いのよ。そう、あの子打って付けのハーレム主人公じゃない。モテない系男子の、夢の具現化だわ。


 そうなってくると女教師ね。美少女二人は文句の付けようないけど、女教師が地味過ぎ。ハーレム物の年上女性なんてセクシー担当じゃなきゃ意味が無いじゃないの。


 いやいやいや、待てよ。王道は確かに守るべき価値のあるものだけど、全て予想出来るキャラじゃ余りにも面白味が無い。実は地味に見えて、脱いだら凄い系とかアリじゃない?


「よし、出来たぞ」


 マスターがスペシャルパフェを仕上げ終えた。


 なんと言うか、もうビーカーと呼んでもおかしくないグラスに、店に置いてある有りったけの食材をこれでもかと盛り付けた超豪華なパフェ。私も一度挑戦してみたいが千五百円は勇気がいる。マスターの機嫌が良い時に頼んでみようかな。


 私は大きめのトレイにスペシャルパフェ三つとホットコーヒーを乗せ、テーブルまで運ぼうと持ち上げる。


 重っ! なんじゃこりゃ。滅茶苦茶重いじゃないの! 腕震えるわ!


 思わず引き返そうと考えたが、それじゃあウエイトレスとして負けた気がする。私は覚悟を決め、腕をプルプル震わせながら、慎重に一歩ずつテーブルに近付いた。


「あなた達、さっき見たよね?」


 ゆっくりテーブルに近付く私の耳に、女教師の声が聞こえる。


 さっき見たよね? 一体何を見たと言うの?


「お願い。今日見たことは誰にも言わないでくれる」


 キター! 四千五百円は買収目的? まさか万引きとかの犯罪?


「今日見たって、たこ焼き屋さんを監視していたことですか?」

「監視じゃないの! べ、別に監視していた訳じゃないのよ!」


 たこ焼き屋さんと言えば、幸也さんよね。何を監視してたって言うの? 


 私はいろいろ想像しながらも、慎重にパフェを運ぶ。


「じゃあ、何をしていたんですか? 私達別に言い触らそうとは思ってませんよ。そうよね?」


 さすが茜ちゃん。みんなをリードしてるね。


「けど、そんなに念を押されると知りたくなります。絶対に誰にも言いませんから、何をしていたか教えてくださいよ」

「それは……」


 いよいよ真相が判明かと思ったら、先生は黙り込んでしまった。


「お待たせしました!」


 残念ながら先生の返事を聞く前にテーブルにたどり着いてしまい、私は四人の前にそれぞれオーダーの品を置く。まあ、パフェをひっくり返さなかったので良しとするか。


「ごゆっくりどうぞ」


 テーブルを離れようとした時に、茜ちゃんが目で「ごめんなさい」と伝えてきた。そう言えばもうすぐ上がりの時間だけど、茜ちゃんがこの様子だと残業か。まあ、面白そうだから良いけどね。


 私は女教師が何をしていたか、気になりながらもカウンターに戻る。


「もうすぐ上がりの時間だけど、茜ちゃんに入って貰うか」

「いえ、私が残りますよ。茜ちゃん、取り込み中みたいだし」

「お、そうか。悪いな」

「いえいえ、全然オッケーです」


 さて、女教師はたこ焼き屋さんの前で何をしていたかね。監視していたと思われているんだから、見ていたのよね。何を? 誰を? そりゃあ、幸也さんしかいないよね。


 これはロマンスね。高校教師とたこ焼き屋さんのロマンスか……。面白味に欠けるよね。


 いや、どんな設定でも面白く書ける才能も必要かもよ。ロマンスに必要なのは二人を引き裂く障害よね。


 例えば先生は不治の病とか……。いや、ベタ過ぎる。


 例えば幸也さんがゲイだったとか……。確かに今風ではあるよね。うちのマスターを含めて三角関係とか。


「なんだよ。俺の顔を見つめて。男前でほれぼれするのか?」

「いや、冗談ですよね?」

「マジで怒んないでよ」


 私がキレ気味に言うと、マスターは拗ねる。


 そもそも幸也さんがゲイなら、ロマンスが成立しなくなるよね。


 と、私が想像力をフル回転させていたその時。


「真面目だということは十分に取柄ですよ!」


 急に少年が立ち上がって叫んだ。


「真面目って、もっと評価されるべきだと思うんですよ。真面目に頑張るって、本当は辛いことだし、大変なことです。

 先生はいつも優しく真剣に、真面目に頑張って俺達に教えてくれているじゃないですか。俺はそんな先生を尊敬します! もっと胸張ってください。私は真面目で素晴らしい人間だって」


 いや、確かにそう! 二十八年間不真面目に生きてきた私からすれば、真面目に努力し続けてきた人は賞賛に値しますよ。でもなぜ今このタイミングで?


 真面目か……。そう先生は真面目なのよ。でも幸也さんは不真面目。なんか覇気のない顔してるもんね。


 最初先生は、不真面目で適当に生きている幸也さんが許せない。いろいろお節介焼くうちに好きになってしまう。


 ダメンズたこ焼き屋店長と真面目一筋女教師の恋物語。可愛い生徒たちは先生を心配して励ましたり引き止めたりする。題して「教師が真面目で何が悪い!」。


 ……まあ、ボツか……。


 めげるな私。いつかきっとデビューできる日が来るさ。

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