第12話 先生の恋(2)(直人)
「あなた達、さっき見たよね?」
先生は前かがみになって、俺達に訊ねる。だが、俺には何のことかよく分からず、助けを求めるように、委員長と香取さんを見たが、二人とも同じような顔してた。
「お願い。今日見たことは誰にも言わないでくれる」
先生は今にも泣き出しそうに目をつぶって手を合わせ、俺達に頼む。
「今日見たって、たこ焼き屋さんを監視していたことですか?」
「監視じゃないの! べ、別に監視していた訳じゃないのよ!」
先生は委員長の言葉を慌てて否定する。
「じゃあ、何をしていたんですか? 私達別に言い触らそうとは思ってませんよ。そうよね?」
委員長が俺と香取さんに同意を求めてきたので、頷いた。
「けど、そんなに念を押されると知りたくなります。絶対に誰にも言いませんから、何をしていたか教えてくださいよ」
「それは……」
「お待たせしました!」
先生が困ったように下を向いたと同時に、ウエイトレスさんがパフェとコーヒーを運んできてくれた。
ウエイトレスさんが戻っても、先生は下を向いて話さない。俺達はお互いに目で合図を送り、仕方なくパフェを食べ始めた。
食べている途中でふと気付くと、ウエイトレスさんがカウンターの中からこちらを見て、真剣に考え込んだり、頷いたり、笑顔になったりと様々な表情を浮かべている。
「どうしたの?」
食べる手が止まっている俺を不思議に感じたのか、委員長が聞いてくる。
「いや、あのウエイトレスのお姉さんが、こっち見ながらニヤニヤしたり、考え込んだりして、怪しいんだけど」
「ああ……春菜さんね。こっちに害はないから放っておいて大丈夫よ」
「あの人知ってるの?」
「まあね」
委員長はハッキリとは言わず、思わせぶりに答えた。
そんな話をしていると、急に先生が顔を上げて、冷めかけたコーヒーを一気飲みした。
「絶対に、誰にも言わないでよ」
鬼気迫る先生の表情を見て、俺達は無言で頷いた。
「たこ焼き屋さんの店長さんを好きになってしまったの」
「ええっ!」
俺達三人は、驚いて同時に声を上げた。
「好きになったっていつから?」
「向こうも先生のことを好きなんですか?」
委員長と香取さんが同時に質問する。
やはり女子は、恋愛の話題に食い付きが早い。
「好きになったのはつい最近。五月のことよ。でも、店長さんは私のことを忘れていると思う。話をしたのは一度だけだから」
先生は自信なさげに小声で話す。
「好きになる切っ掛けって、何だったんですか?」
香取さんは身を乗り出さんばかりに食い付いている。彼女の意外な一面に驚いた。女の子って恋愛に関することには興味津々なんだな。
先生は好きになった切っ掛けを説明する。要は、失恋した時に優しくされて心惹かれちゃったみたいだ。こんなことで好きになっちゃうなんて、単純だなと思ってしまった。
「素敵ですね! そんな出会い憧れちゃいます!」
香取さんが感激して歓声を上げる。
「良いなあ、私もそんな恋をしてみたい」
委員長までうっとりとした表情になっている。
うーん、『あなたは心を怪我したんだ。今は何も考えずに食べれば良い』か。こんな台詞でここまで感激されるとは。これは勉強になるなあ。
「先生、告白するべきですよ! 陰から見ているだけじゃなく、気持ちを伝えないと」
そう先生に訴える委員長の横で、香取さんも頷いている。
「でも、私は可愛くないし、綺麗でも無いから、きっと振られちゃうわ」
「そんなこと無いです! 最近、先生が綺麗になったってみんなで話してたところなんですから」
「えっ、そうなの? でもねえ……」
委員長はかなり乗り気で、今日にでも告白させようとする勢いだが、先生の方はデモデモダッテを繰り返す。
「私なんか真面目なだけで、何の取柄もない面白味の無い人間だから、きっと好きになっては貰えないと思う」
真面目なだけで、何の取柄も無いだと!
完全に傍観者になっていた俺は、「真面目」というキーワードに反応して立ち上がる。
「真面目だということは十分に取柄ですよ!」
立ち上がった俺を見て、三人は呆気にとらわれている。
「真面目って、もっと評価されるべきだと思うんですよ。真面目に頑張るって、本当は辛いことだし、大変なことです。
先生はいつも優しく真剣に、真面目に頑張って俺達に教えてくれているじゃないですか。俺はそんな先生を尊敬します! もっと胸張ってください。私は真面目で素晴らしい人間だって」
俺は感情のままに、一気に訴えかけた。
「そうだね……。先生、若宮君に教えられちゃったな」
先生は顔を上げて、微笑んだ。
「香取さんも増田さんもありがとう。背中押して貰えたわ。卑屈になるのは先生の悪い癖だけど、胸張って頑張ってみる」
先生は笑顔でそう言ってくれた。その顔を見た瞬間、俺は綺麗だなって思った。
「たこ焼き屋の店長さんは、菊池幸也さんって名前です。お母さんの幼馴染みで、私も良く知っているんで、応援しますよ!」
「へえ、そうなんだ。菊池幸也さんか。増田さん、ありがとう。心強いわ」
「俺もたこ焼き屋の常連で、店長さんとよく話もするんで、応援します。それに店長さん、柔道部のOBなんですよ」
「そうなんだ。うちの卒業生なんだね」
「私も応援します! 先生には部活でいつも絵の描き方を教えて貰って、お世話になっているので、頑張ります!」
「ありがとう。香取さん」
そう言えば、香取さんは美術部で、二人は顧問と部員の関係だった。
「みんなに見つかって良かったわ。ずっと勇気が出ないで、眺めているだけだったからね。さあ、パフェが溶けちゃうから、食べてね」
「はい!」
俺達は先生に促されて、パフェをまた食べ始めた。
先生の明るい顔を見ると、なんだか俺まで嬉しくなった。
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