第10話 新しい常連さん(幸也)

 実際に客商売をしてみて分かったが、常連客と言っても永遠に来てくれる訳じゃなく、結構入れ替わりがある。週に二、三回も来店してくれて、ありがたいお客さんだと思っていたら、パッタリ来なくなったり。また逆に、初めて来てくれたお客さんがうちの味を気に入って、頻繁に来てくれるようになったり。


 新しく常連として来てくれる分には、ありがたいで済むのだが、来なくなったお客さんに関しては、理由が分からないから不安になってしまう。なにかこちらのミスがあったんだろうか? 味に飽きてしまったんだろうか? 頻繁に来ていたお客さんであればある程、いろいろ考え過ぎてブルーな気持ちになったりする。


 ただ、理由が分かるお客さんも居る。近くの高校の学生達だ。春を境に、卒業生と新入生が入れ替わる。来なくなった卒業生は寂しくもあるが、たまに来て成長した姿を見ると嬉しくなったりもする。初々しい新入生が来てくれるのは、商売を抜きにしても楽しい。今年も何人かの新入生が、新たに常連さんとして来てくれるようになった。


「こんちは! 今日もソースの四個ください!」


 元気の良い制服姿の男子高校生が、注文窓から顔を出す。


「いらっしゃい! マヨネーズ付きだね」


 四月から常連になった、北校一年生男子の二人組が来てくれたのだ。二人とも同じぐらいの短い頭髪。運動部なのだろう。


 一人はずんぐりとした無愛想な少年。もう一人はどこにでも居そうなごく普通の少年だが、素直そうな顔立ちが性格の良さを表しているようだ。


「あ、俺も、同じやつお願いします」


 ずんぐりとした少年が続けて注文してくる。


「はい、同じソースマヨネーズの四個ね」


 俺が二人から料金を受け取り、注文のたこ焼きを箱に詰めようとすると、もう一人、背の低い中学生ぐらいにしか見えない男子高校生が顔を出す。


「あの……僕も同じやつください」

「あ、はい、ありがとうございます!」


 俺は小柄な少年の分も料金を頂き、三人分のたこ焼きを仕上げた。この少年たちのたこ焼きは、袋に入れずに、箱のまま割り箸を付けて渡す。彼らは持ち帰らずに店の前で食べて帰るからだ。店の中で食べれば良いのに、どうにも遠慮があるようだ。


 三人は店の待合用に置いてある椅子に座って食べている。椅子は二つしかなく、ずんぐりとした少年と小柄な少年が椅子に座り、素直そうな少年はその前に立っている。


「今日は三人なんだね」


 俺は立っている少年に話し掛けた。


「ええ、僕ら北校柔道部の一年の仲間なんです」

「柔道部か! 高木先生にしごかれてるんだろ」

「高木先生を知ってるんですか?」


 彼は食べる手を止めて、驚いた顔をする。


「俺も柔道部のOBなんだよ。学生の頃は高木先生にずいぶんしごかれたものだ」

「あ、先輩なんですね! 僕は一年の若宮です!」


 素直そうな少年が、俺に若宮と名乗ると、それを聞いていた二人も、慌てて椅子から立ち上がる。


「俺は長谷川と言います!」

「僕は浜田です」


 無愛想な少年は長谷川、小柄な少年は浜田と名乗った。


「そんなかしこまらなくて良いよ。俺は菊池。最近はOB会にも出てない、幽霊OBだからさ」


 俺がそう言うと、長谷川君と浜田君はまた椅子に座った。


「今年は結構勝ち進んだみたいだね。新チームになってどう? 次も勝ち進めそう?」


 俺が若宮君に訊ねると、彼は長谷川君と顔を見合わせた。で、バツが悪そうにこちらを向いた。


「実は、三年生が引退した後、先生に『お前達は県内で一番弱い』って言われたんです」


 若宮君は、俺に対して申し訳なさそうに小さな声でそう言った。


「そうなのか……。面白いな高木先生は」

「面白い……ですか?」


 若宮君は不思議そうな顔をする。


「俺の時も言われたんだよ。多分、よほど強いチームじゃ無い限り、そう言ってるんだと思うぞ。言われた人も多いんだ」

「ホントですか?」


 三人とも食べるのを忘れ、驚いた顔で俺を見る。


「次に『信じて頑張れ』って言われただろ? みんな言われるんだ」

「確かに言われました」


 若宮君は手品を見せられているような顔をしている。


「でも、あながち間違った話じゃないんだ。どの学年も絶対に三回戦までは進出できるチームにはなっているから」

「三回戦ですか……」

「三回戦って言っても馬鹿には出来ないぞ。確実にそこまで行こうと思えば、上位二十五パーセントの中に入らないと駄目なんだから。手を抜いてて入れるもんじゃ無いのは確かだよ」

「確かにそうですね」


 ようやく理解できたような表情になった。


「まあ、インターハイ出場とかには届かないかも知れんが、精一杯頑張ってみなよ。絶対に達成感はあるから」

「そうですね、頑張ります! ありがとうございました!」


 若宮君がたこ焼きと箸を両手に持ちながら頭を下げると、残りの二人も立ち上がって頭を下げる。


 素直な少年たちだ。俺は可愛い後輩を持てて嬉しくなった。


「あ、そうだ」


 俺はふと閃いた。


「ちょっと意見を聞かせて欲しいことがあるんだけど」

「はい?」


 若宮君がキョトンとした顔で応える。


「この商店街で何か改善した方が良いと思えることが無いかな? なんでも良い、ほんのちょっとしたことでも良いんだけど」


 三人は顔を見合わせて、何やらごにょごにょと相談している。なかなか来店者に聞きにくい話なので、些細なことでもあれば良いんだが。


「あの、どんなことでも良いんですか?」


 三人の話し合いが終わり、浜田君が前に出てきた。


「もちろん。どんな小さなことでも良いんだ」

「前から思ってたんですが、この商店街には、なにか特別な目印と言うか、象徴と言うか、そんな感じのものが無いなと」

「特徴か……」


 いまいち浜田君の言わんとしていることが分からない。


「例えば、入り口に大きな恐竜のオブジェを作るとしますよね」

「うん」

「それがあれば、『恐竜の商店街に行こう』とか『恐竜の前で待ち合わせね』とか目印になって親しみが出るんじゃないかと思うんです。人々の会話の中で商店街の話題が出てくることも多くなるだろうし、存在感が増すんじゃないかと……」


 なるほどね……オブジェか。確かに浜田君の意見には一理ある。


「ありがとう。良い提案だよ。ちょっと検討してみる」


 俺がお礼を言うと、浜田君は照れてもじもじしだす。


「菊池先輩、ご馳走様でした」


 三人は食べ終わったゴミを俺に渡し、頭を下げて帰ろうとする。


「あ、先輩」


 若宮君が思い出したように振り返る。


「何だい?」

「良かったら、練習を見に来てください。僕達強くなりたいんです。相手をしてもらえませんか」


 若宮君は、真っ直ぐな目をして俺を見つめる。


「ああ、近い内に顔を出すよ。ただ、もうオッサンなんで、あまり期待はしないでくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 三人は同時に頭を下げて、今度は本当に帰って行った。


 気持ちの良い後輩たちだ。たまには柔道部に顔を出して、彼らと汗を流すのも悪くないと思った。

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