第9話 商店街の救世主(春菜)
「ありがとうございました」
六月も後半に入った月曜日の午後。ランチタイム最後のお客様が帰り、「スイッチ」の店内には私とマスターだけになった。
「マスター、そろそろ休憩ですか?」
私は最後のお客様のテーブルを片付けながら、カウンター内のマスターに聞いた。
「あっ、そう言えば、藤本さん、月末の火曜は暇?」
マスターは私の質問には答えず、何か思い出したかのように、逆に質問してきた。
「えっ? いや、シフト入ってますけど……」
食器を持ってカウンター内に戻って来た私はマスターにそう返事をする。
「いや、店が終わってからの話だよ」
「えっ……」
なになに? まさかマスター、店終わってから私を誘いたい訳? いやー正直、マスターはタイプじゃないのよね。おっちょこちょいだし頼りなさそうだし。でも、誘ってくれるならどうしようかな……。断るのも可哀想だしね。
「いや、月末の火曜の夜は、商店街の会合があるだろ。藤本さんも出てくれないかと思って」
「ええっ……」
なんだ、そんな話かよ。考えて損した。
「どうして私が会合に出るんです?」
「実は今度の会合で、商店街の活性化の話し合いをしようと思ってるんだけど、藤本さんにもアイデアを出して貰いたいと思ってね。幸也から藤本さんも是非って要望があったんだよ」
「そうなんですか」
「幸也が、藤本さんはいろいろアイデアを言ってくれるから、是非連れて来てくれって。もちろん、飲み食いは無料だし、良い案が出て貢献してくれたらお礼もするよ」
「なるほどね……」
幸也さんと言えば、たこ焼き屋の店長さんか。確かにいろいろ言ったわ。照り焼きマヨネーズたこ焼きは私のアイデアなのよね。
商店街の活性化か……。最近ホント暇だからね。なんとかしないと駄目なのは、本当にそうよね……。
「分かりました! 行きます」
「良かった。じゃあ、月末の火曜の夜は空けててね。それじゃあ、俺は休憩を取るよ。忙しくなったら、スマホに連絡して」
用件が終わったので、マスターは休憩に入った。
活性化案か……。面白そうね。
私の想像力を駆使して、商店街を復活させる。救世主と呼ばれちゃうかもね!
私は食器を洗いながら、改善案の検討を始めた。
この商店街って、駅前にある以外に特徴は無いのよね。店の数が多い訳じゃないけど、一通りの買い物は出来るし、価格も良心的だ。人さえ呼び込めれば、人気は出ると思う。
何か看板になる物でもあればな……。
ん? 看板?
そうよ、看板娘! 茜ちゃんが居るじゃない! あんな美少女使わない手はないわ。
って言うか、茜ちゃんが有名になって、商店街の名前出すだけでも効果があるんじゃないの? ついでに私の小説の宣伝までしてもらってりしてね。
私は活性化案の検討に乗り気になってはいたが、まだどこか浮ついた気持ちでいた。
そんなことを考えながら私が洗い物を終えた時、カランコロンとドアベルの音色が響き、お客さんが入って来た。
「いらっしゃませ!」
「おはようさん」
「あっ、会長さん、いらっしゃませ!」
お客さんは商店街協力会の会長さんで乾物屋の主人である隆司(たかし)さんだ。さすがに年齢も年齢なので、もう頻繁に店に立たないらしいが、まだ店主で協力会の会長まで務めている。
「新しい小説、面白いよ。早く続きが読みたくなるね」
目の前のカウンター席に座った隆司さんは、最近私がネットに上げた小説をの感想を話してくれた。
「ありがとうございます。更新頑張ります。注文はいつもので良いですか?」
「ああ、頼みますよ」
隆司さんは読書家で、今でも良く本を読んでいる。私が小説家志望なのを知っていて、ネットの小説サイトに上げた作品を読んで、感想を聞かせてくれたりする。改稿案まで教えてくれる、貴重な読者でありがたい存在だ。
「ミルクティーです。どうぞ」
私は隆司さんの前にミルクティーを置いた。
「おお、ありがとう。それはそうと、今度の会合に来てくれるらしいね。さっき保にあって聞いたんだが」
隆司さんはミルクを多目に入れて、砂糖は入れずに一口飲んだ。
「ええ、マスターに声を掛けて頂いて、微力ながら何か良い案を考えようと思います」
「そうか、ありがとう。春菜ちゃんが来てくれると、心強いよ」
「いえいえ、そんな、勿体ないお言葉ですよ」
私が謙遜してそういうと、隆司さんは微笑んだ。私が乗り気になっているのを分かっているのだろう。
「本当にすまないね。初代の私や和弘(かずひろ)がしっかりしてれば、若い人に苦労掛けずに済んだのに」
隆司さんは顔を上げて、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべる。商店街の不振を肌で感じているのだろう。
カランコロンとドアベルが鳴り、また一人お客さんが入って来た。
「いらっしゃませ!」
「おう、おはよう!」
入って来たのは、協力会の副会長で、魚屋のご主人の和弘さんだ。
「お、ジジイ、ここに居やがったのか」
和弘さんは、憎まれ口を叩きながらも、隆司さんの横に座る。
「和弘さんも、いつもので良いですか?」
「おお、頼むよ」
和弘さんは、副会長と呼ばれるのを嫌うから名前で呼ぶ。たぶん、隆司さんより下だからと悔しく感じているのだろう。
「はい、ホットコーヒーです」
「おお、ありがと」
和弘さんは目の前に置かれたコーヒーに、ミルクは入れないのだが、砂糖をドバドバ入れる。
「また下品な飲み方するんだな」
隆司さんが、和弘さんのコーヒーを見て顔をしかめる。
「お前みたいな乳臭えの飲む方がどうかしてるぜ」
いつものように、二人は罵り合いを始める。なのに、いつも一緒に帰るから可笑しい。
「そう言やあ、春菜ちゃん、今度の会合来てくれるらしいな。さっき保から聞いたよ」
「ええ、微力ながら協力させて頂きます」
私がそう返事をすると、和弘さんは珍しく悲しそうな表情を浮かべて、ため息を吐いた。
「ホントすまねえな。俺達が不甲斐ないばっかりに」
「ホントそうだよね」
珍しく、二人の意見が一致した。私が思っている以上に、初代の人間は責任を感じているのだ。
私は二人の言葉を聞いて、少し悲しくなった。
二人ともこの歳になっても仕事に精を出し、一生懸命生きている人達なんだ。普段は明るく優しいお爺ちゃん達なんだ。そんな二人が責任を感じて悲しむのを黙って見てはいられない。
「あのねえ、お二人さん!」
私の遠慮ない言い方に驚き、二人は顔を上げる。
「初代の人達が頑張って立ち上げたからこそ、今の商店街があるんですよ。ゼロから作り上げることは本当に大変でしょ? お二人は立派なことを成し遂げたんですよ。それを継続していくのは引き継いだ者の使命です。あなた達は胸を張ってくだされば良い。任せてください! 絶対に、この商店街を復活させます!」
私は大げさに胸を叩いて見せた。
二人は一瞬、唖然としていたが、すぐに笑顔になった。
「ありがとう。春菜ちゃんのような人が商店街に居てくれて、心強いよ」
「ホントだな。春菜ちゃんが女神に見えるぜ」
「任せてくださいよ!」
この時点でまだ具体的なアイデアがあった訳じゃないが、先ほどまでの浮ついた感じじゃなく、俄然本気になってきた。私は絶対にこの商店街を救ってやると、心に誓った。
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