閑話 現代魔術師のひとやすみ

閑話「ふふふー、運命だったら嬉しいなあって思ってるんですよ? 面影があったのでつい声をかけてみたのです」

 


「……それってさ、あのルードルフって男は、人間に討伐された迷宮の悪魔たちを裏で操っていたってことか?」



「妾も詳しくは知らんぞ? あやつにはそういう力があると聞いておる」



 世界迷宮の中の、とある居酒屋にて。

 所狭しと並べられた豪勢な料理を前に、俺たちは和気あいあいと食事を楽しんでいた。



 今日は、俺からみんなへの奢りで、食事を振る舞うことになっていた。勝手にみんなの画像を学習データに使った件はこれでチャラ、ということらしい。

 俺も、今回の件で学院から謝礼金がたくさん貰えたので、それぐらいなら全然乗り気であった。むしろいつもお世話になってる皆にぱーっと還元したかったので丁度いい話である。



(ターニャとナーシュカ、アネモイとアイリーン、ユースティティアは来てくれると思ってたけど、篠宮さんも来てくれたのが嬉しかったなあ)



 秋の大収穫祭がそろそろ間もなく訪れる季節。"食欲の秋"とはよく言ったもので、何を食べようか迷うぐらいに色んな美味しいものが食べられる時期である。

 地上とは時間の流れ方が異なる世界迷宮でも、秋という概念はある。そして奇しくも、今の迷宮第一階層は、地上と同じく秋の季節。

 大自然の食材がすぐそばで採れる分、迷宮内の食事は格別おいしいものになる。



 肉厚で手のひらぐらいある大きさのシイタケをバターと醤油で焼いた"キノコステーキ"を口に運びつつ、ユースティティアは言葉をつづけた。



「あやつ曰く、悪魔だけでなく、魔物も調伏しておるそうじゃ。魂を支配する魔術らしいの。篠宮に似ておるわい」



「……魔物も操れるのかあ。なんか、どんな悪だくみしてたのか気になるな」



「さあの。詳しくは知らん。ま、妾も篠宮も何度か占っておるが、食い止めねばいかんような悪行でないことは確かじゃ」



「本当か?」



 色々気になるところだが。

 迷宮の魔物は迷宮の言語で支配できる、とかなんとかよくわからない説明をうけたが、全然ピンとこなかった。それなら、すべての迷宮をルードルフに支配させればいいだけの話のようにも思うが。魔力量の限界とか、支配できる制約条件とかがあるのだろうか。



 全然関係ないが、こんなに美味しそうにキノコを頬張るユースティティアは初めて見た。ちょっと涙ぐましい。

 彼女はいつもお金がないので、普段から木の実とか野菜とかキノコとかしか食べていないのだ。こういう時ぐらいは肉のステーキにがっついてもいいのに、ちょっと遠慮してしまうあたりがユースティティアらしい。いやシイタケも美味しいけど。



「……幸せじゃのう、頬が落ちるとはこのことじゃ」



「……今度、なんか美味しいものごちそうするよ」



「?」



 何だろう。誰かユースティティアを幸せにしてあげてほしい。俺は、こういうささやかな幸せをかみしめている女性に弱いのだ。

 そんな中。



「ふふふー、ジーニアスくん? ちょっといいですかー?」



 間延びした声だなと思って振り返る。そこには、顔を桜色に染めた酔いどれエルフがいた。酒の匂いがほんのり漂っている。

 篠宮会長だ。全体的にぽわぽわしてる。可愛い。



 ふと、生徒会長が飲酒してもいいのだろうか、という疑問が湧いたものの考えないことにした。エルフなのだし成年を迎えているのだろう。一応この大陸では、十五歳を超えていれば飲酒してもいいことになっているので多分問題なかろう。



 席を立ってわざわざ俺のところまでやってきた篠宮会長は、俺の耳元にごにょごにょ何かを囁いてきた。



「ジーニアスくんは、私が遠い昔に、何度か夢に見ていた探索者さんじゃないんですかー?」



「夢? 探索者? もしかして酔ってます?」



「ふふふー、運命だったら嬉しいなあって思ってるんですよ? 面影があったのでつい声をかけてみたのです」



 ウインクされてしまった。可愛い。ついこちらも頬が緩んでしまう。

 だが一方で、俺の頭の芯は、何か杭を打ち込まれたように痺れていた。しらを切ったつもりの俺の声は、どこか固くなっていたかもしれない。

 声をかけた。生徒会に勧誘した理由はつまり。



(……まさか、篠宮さんは、俺と同じ夢・・・・・を見ていた?)



 んふふ、と行儀悪く俺の取皿から鶏肉を勝手に食べる篠宮会長をよそに、俺は内心の動揺を抑えようとする。表情筋の制御はナノマシンで円滑に実行できる。たぶん今の俺は、生理反応としての動揺を外に出していないはず。

 向かいの席のユースティティアは、きのこに夢中になっていたのか「?」とよくわからなさそうな顔をしていた。少しだけ安心する。



「そういえばジーニアスくん。食べ物を食べるときにもお祈りがあるって知ってますか?」



「祈り? パーティの掛け声の“いいBon食事を!appétit”とかではなくてですか? ……ああ、大陸聖教のことですね。食事前に神に感謝する祈りの言葉を復唱する習わしがあると聞いてます」



「いいえ、なんと、こことは異なる世界から伝わってきた、食への感謝の祝詞なのです」



「……異なる、世界?」



 異なる世界、という言葉を聞いて胸が途端にざわついた。

 ええ、そうですよ? とくすくす楽しそうに笑う彼女は、そのまま手に持ったお酒を机に置いて、俺の両手を掴んだ。



「とても簡単です。手を合わせてこういうだけなのです! “いただきます”」



「――――――」



「ふふふ、ね、簡単でしょう? 実はこれ、我が篠宮家に代々伝わる由緒正しい所作なのです……どうしました、ジーニアスくん?」



 動揺を、隠しきれる自信がなかった。

 それを、俺は知っている。だがそれは、何で知っているのか俺でも分からない・・・・・・・・知識だ。



 俺は、理論体系内で証明も反証もできない閉論理式を処理できないチューリングマシンである。それゆえに、高階述語論理においてはヒューリスティックな回答しかできない。



 知らないはずの知識を、俺は知っている。

 俺はそれを説明できない。

 それはきっと、恐らく、俺の根源である――。



「ふふふ、そしてその反対はごちそうさま、なのですよ? 今日はジーニアスくんの奢りと聞いてます。ね? “ごちそうさま”です」



 机のお酒を再び取って、くぴりとやった篠宮会長は、吐息たっぷりの溜息をこぼしていた。彼女の長い銀髪が、俺の肩にこすれる。ふんわり漂う空薫物の香り。

 相変わらず俺の胸は高鳴っていたが――果たしてこれは、何に対する動悸なのだろうか。











 ◇◇











 楽しい時間は早く進むもの。

 アネモイの隣に皿が五段ぐらい積み上がった頃になって、ターニャが急に声を上げた。



「ところでお兄様! もし仮に八賢人の試練に挑むとして、クランはどうされますか?」



「?」



 当たり前のように切り出されたが、俺は話の流れがよく分からなかった。

 クラン。多分ニシンの体積を測る単位cran(37.5ガロン)のことではないだろう。クランの話になった途端、アイリーンやナーシュカとちらりと目が合った。何だろう。



「……かつて、八賢人たちがそれぞれ八つの探索者クランを結成していたことはご存知ですか?」



「! ああ、なるほど。つまり俺も自分用のクランを組むってことか」



「そうです!」



 話が読めてきた。やはりそういうことらしい。

 ツノニガウリとグラパラリーフ葉りんごのサラダを取り分けながら、ターニャは満面の笑みを浮かべていた。



「特級指定魔術師は、国からの指定で魔物を討伐したり、迷宮を制圧します。お兄様も聞いたことがあると思います。探索者クランにはA級、B級、などのランクがありますが、このうち国から特級指定を受けている探索者が率いるクランを、特級指定探索者クランと呼びます」



「……なるほど」



「まだまだ先の話だと思いますが、いずれは私たちも、自分たちのクランを作らないといけないはずです。……そうやって世界各地に分かれて、魔物の活動を抑えないといけないのです」



 ついでにコリンキーかぼちゃの天ぷらを俺の皿に載せつつ、ターニャは説明を続けた。

 何だろう。いつの間にか、俺に視線が集まっている気がする。



「で、お兄様は、きっとまだ探索者のクランを組むあてがないはずです! 自分でクランを結成するにしても、今から人に声をかけて勧誘しないといけません。でもそれはお兄様にはハードルが高いはずです!」



「おい」



「となると、他の人のクランに混ぜてもらうほうが話が早いはずです。しかもお兄様は、魔力の少なさと弱点の多さがネックなので、他にも強力な人がいるクランに加入するのが、ますます合理的なはずです」



「あーうん、なるほど、話が読めたぞ」



 話の流れが結構ひどかった気がするが。

 コミュニケーション能力がないとか、魔力が足りないとか、弱点が多いとか、我が妹ながら、結構口さがない物言いである。お返しにテーブルの上の刻み唐辛子をターニャのサラダにこんもり載せる。「ぎゃあお兄様なんてことを!」と怒られたが知ったものか。



「つまり、すでに皆が結成しているクランに加入してもいい、ってことか」



 そこまで言った俺は、皆と目が合った。

 机の上にはそっとメモ書きが置かれていた。



 精霊魔術師、ターニャの率いる、"精霊の森の管弦楽団"。

 刻印魔術師、ナーシュカの率いる、"指定任侠組織 綱紀会"。

 王国魔術師、アイリーンの率いる、"王立歴史編纂図書館"。

 竜魔術師、アネモイの率いる、"命の竜の徒"。

 陰陽術師、篠宮百合の率いる、"十二天将"。

 魔女術師、ユースティティアの率いる、"怪異探求部"。



 ……すごい名前だ。



「ここにあるのは、ほぼ実体のない名ばかりの組織のようなものです。実態があるのは、しいて言えばナーシュカの組織と、篠宮会長の組織と、ユースティティアの組織だけです。ですからお兄様は――」



(どれも名前が濃いな)



 ターニャの説明を半分聞き流しつつ、俺はメモに目を通した。

 どれも名前がすごい。ナーシュカの組織なんか、オリエント・ジャポニズムの伝承にある、ジャポニカ・マフィアのような名前をしている。篠宮さんの組織に至っては、十二天将だ。四天王、みたいな響きだ。少年心をくすぐる魔力がある。



 実態がある組織も少ないらしい。

 "指定任侠組織 綱紀会"は、それ自体はナーシュカ一人の名ばかり組織で、盃をかわしている組織がいくつかある程度。

 "十二天将"も、篠宮さん個人の組織であり、生徒会長としての篠宮さん直下にある生徒会組織"黄道十二宮"とは別の組織になる。

 "怪異探求部"は、どうやら魔術学院アカデミアに古くからある部活らしく、俺の立ち上げた"魔術研究部"と同じく非公認団体なのだという。



 つまり実質はほぼ何もない。



「八賢人といえど別に同じクランに入ったら駄目というルールはありません。なので、お兄様は好きなクランを選んで加入することができるわけです!」



「え、まって、ここに書いてあるクランのメンバーはそれぞれ全部一人なのか?」



「はい」



「……」



 やばい。

 なにそれ超面白い。



 可愛い妹やお世話になった皆のために頑張って堪える。

 が、みんなが真剣に考えたキラキラネームの組織がそいつ一人だけ、というのがちょっとあまりにアレすぎて表情筋がやばい。



「……かっこいいだろ?」とちょっとはにかみながら言うナーシュカとか、「やはり名前はこうでなくては」とキリッとした顔のアネモイを見ると、いやお前一人じゃん、という突っ込みが頭をよぎって笑いを堪えるのがしんどい。



 私の考えた最強の組織(※一人)。

 まさか特級指定を受けている魔術師の皆さんから、こんな“思春期”な“粋がり”を受け取るとは思わなかった。



(だ……駄目だ、まだ笑うな……堪えるんだ……みんな真剣に格好いいと思ってつけてる名前なんだ……)



 人の真剣な思いを笑っては駄目である。

 格好いいじゃないか。図書館だぜ図書館。かなり真剣に思い悩んだに違いない。

 ターニャが満面の笑みで「これでCeolfhoireann spioradと読むんです!」と言ったとき思わず脇腹をチョップしてしまった。読めねえよ笑わせんな。何てことしやがる。



 格好いいじゃないか。超面白い。五年後絶対みんなに聞いてやろう。

 そんな風に我慢している俺に、篠宮さんが手を取って語りかけてきた。



「ジーニアスくんも“天将”になりませんか?」



 ふふっとなってしまった。十二天将(※一人)はずるい。











 ◇◇











 歴史書曰く、当時の特級指定魔術師たちの率いる著名なクランとして、以下のものがあったという。



 精霊魔術師、ターニャの率いる、"精霊の森の管弦楽団"。

 刻印魔術師、ナーシュカの率いる、"指定任侠組織 綱紀会"。

 王国魔術師、アイリーンの率いる、"王立歴史編纂図書館"。

 竜魔術師、アネモイの率いる、"命の竜の徒"。

 陰陽術師、篠宮百合の率いる、"十二天将"。

 魔女術師、ユースティティアの率いる、"怪異探求部"。



 そして一説によると、彼女らが入っている同好会のようなクランもあったという。

 その名は“魔術研究部”。通称、“現代魔術塾”。



 クラン設立者の少年は、世にも破天荒な性格の持ち主であったとされるが、その真相は定かではない。

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