第四十話「我々は世界迷宮の卵を、貪り尽くさないといけない。世界のあらゆる地を旅して、争いを未然に防がねばならない。その道は苦難のものになる。それに耐え得ることができるか、実力を見せてみろ」

 




 激戦の果て――とは言いながらも、勝利の余韻はそう長くは続かなかった。



「……あの、お兄様、その、お召し物を」



 なんだか気恥ずかしそうにまごまごとしている妹を筆頭に、ぞろぞろと女性陣が集まってくる。

 全員とても微妙な表情をしている。しいて言えば照れているのだろうか。なんだか不思議な空気である。



 一応付け加えておくと、今の俺の姿はコードブック学習の成果により得られた女性の姿である。俺の生身の裸体ではないので別に恥ずかしくはない。無論、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)により得られた、やけに生々しいテクスチャではあるのだが。



「大丈夫。自分じゃないから、恥ずかしくないもの」



「いや、でも、何というのでしょう、その可愛らしい声と反面に、妙に生々しいというか、エロいというか」



「畳み込みニューラルネットワークの設計は難しい。おそらく今の私のCNNの帰納的バイアスは、テクスチャバイアスを持っているのだと思われる。だから、見た目のテクスチャが強調されている」



 一つの例だが、"可憐さ"のパレート最適解集合の要素を紐解けば、"しっとりしている"という要素が含まれている。

 どうにも肌感がしっとりしているほうがスコアが高いらしい。それゆえ、俺の肌は妙にしっとりしているように見える。

 それだけではない。ゆるやかに窪んだへそ周りは当然のこと、くびれた腰つきや、思わず目を奪われる鎖骨に至るまで、テクスチャが完璧なのである。



 もし学習結果を問いただされると、おそらく爆笑されるだろう。

 俺の実現しているパレート最適解集合、その学習結果をざっくり分析したところ、「ミステリアス美女メイド~服の下は常にサウナ上がりのしっとり肌~」だったのだ。



「さらに言うと、この学習データには、ジーニアスの裸体は入っていない。だから恥ずかしがる理由はない」



「……ん? あれ、お兄様? 学習データって……」



 だから俺は恥ずかしくないよ、ときちんと説明したのだが、ターニャは別のところに引っかかりを覚えたらしい。

 学習データ。まあ気になるといえば気になるだろう。

 ざわ、と妙に女性陣の空気に不穏めいたものが走りかけた気がしたが、俺は説明を続けた。





「それは、今まで私が見てきた女性の肌の記憶情報が、この出力データに」



 ――悲鳴が爆発した。











 ◇◇











(……光の十字のみしか使わない、なんて無謀な約束するんじゃなかったな)



 ジーニアスたちから少し離れたところで、ルードルフは独り言を呟いた。地面に座り込みながら、先程の戦いを振り返る。



 途中までは優位だったはずなのに、いつの間にか、戦いの緩急を著しく損なっていた。



 軽々しく“光の十字架以外を使わない”などと口にするのではなかった――そんな当たり前のことをルードルフは後悔していた。

 敗因は単純である。相手を侮っていたのだ。魔力に乏しく、精神魔術の類に弱い彼のために、手加減を与えようとして失敗したのだ。



 ルードルフの攻撃手段は、あの十字架だけではない。数ある攻撃手段の一つを封印されたせいで、ルードルフは戦い方をかなり限定させられていた。せめて防御魔術を選択肢の中に組み込めば、結果は変わっていただろう。



(圧倒的な差を見せつけてしまっては、相手が全力を尽くす前に心が折れて、諦めてしまうかもしれない。ならばそうならないよう試合を調整して、相手の技を全て出させてやろう――そう思っていたのが裏目に出たな)



 まさか、光が無力化される・・・・・・・・なんて想定外であった。光が散乱して大幅に減衰するのも、光が迂曲する空間が現れるのも想定外。

 最終手段として“教皇十字トリプルクロス”へ呪術強化をしてようやく突破できるなんて、無茶苦茶にも程がある。



 そして――空気を切り裂く超高速の流星の一撃に速さで負けた。



「……これが現代魔術、か」



 ルードルフの思いを知ってか知らずか。女たちにぎゃあぎゃあと攻め立てられるジーニアスを遠巻きに見ながら、古代魔術の王は決意する。

 次こそは本気で挑んでみせよう、と。











 ◇◇











「受け取れ、お前に預けるとしよう。まだまだ認めたわけではない、だから力を示してみせろ――現代魔術師」



 地面に座り込んだまま、ルードルフがそう言って何かを投げてきた。

 なんて気障キザな振る舞いだろうか、と思いつつ空中に手を伸ばして受け取る。



 途中ターニャとナーシュカが俺の胸やら何やら必死に隠すものだから、物凄くキャッチしにくかったが、それはそれ。放物線運動の推定はとても得意なので受け取りそこねることはない。

 だからターニャやナーシュカの裸ではないと言ってるのに。ちょっとはその特徴がテクスチャに反映されてるかもしれないが、二人の肌を可逆的に推定するのは不可能だ。



「……! この指輪は」



「ああ、そうだ。“迷宮を貪り喰らうもの”――八賢人の指輪と呼ばれているものだ」



 ナーシュカに無理やり上着を着せられながらも、俺はルードルフの説明に耳を傾けた。

 彼の深い金色の瞳が細くなる。



「我々は世界迷宮の卵を、貪り尽くさないといけない。世界のあらゆる地を旅して、争いを未然に防がねばならない。その道は苦難のものになる。それに耐え得ることができるか、実力を見せてみろ」



 それは、つまり、どういうことだろうか。

 とても大事なことを今、言われている気がするのに、とても対照的にかしましい状況になってて、なんだか理解がうまく腹落ちしない。

 つまり、この指輪は八賢人の指輪であり。

 そしてこれを受け取ったということは、俺は、今や、もしかすると。



「まさか、俺が、八賢人の候補に……!」



「ふ、女声を忘れるほど驚いたかい? 言っておくが、他の候補者が出てくるまでの暫定的なものだ。これからそれを無理やり奪い取ろうとするものが現れるだろう。死守してみせろ」



 がばっ、と背後から抱きつかれる感触。アイリーンだろうか、と思ったと同時に前からターニャにも抱きつかれる。

「やったね! やった、やったよ! ジーニアス!」「お兄様、お兄様ぁ!」と周囲の方が先に喜んでしまっている。

 おかげで快哉を上げるきっかけを失ってしまった。しかも感情が追いついてこない。何だか非現実味が強すぎて呆気にとられる。



「何で俺こんな時に全裸なんだろう……」



 んぶっ、と誰かが吹き出す音。アネモイが顔を扇子で隠して凄い勢いで横を向いて震えていたが、気のせいだろうか。

 ともあれ、ターニャもアイリーンも抱きつきながら、ユースティティアも篠宮さんも拍手しながら、みんなそれぞれおめでとうと祝福の言葉をかけてくれる。みんなの優しさが俺の胸を打った。一部へろへろの声のおめでとうが聞こえてきたが、まあ気にしない。



「……」



 ナーシュカだけは、腕を組んで、本当に仕方がないやつだ、みたいなことをぼそぼそ喋っていたが。



「指輪はあくまで、道具だ。それを使いこなせるようになる必要がある。お前の魔力では些か物足りない。だから魔物をたくさん狩って強くなるがいい」



「ルードルフ、お前……」



 そうですよジーニアス君、と背後の篠宮さんが何か言いたそうにしていたが、ユースティティアがそれをたしなめていた。それに、ルードルフも何やら独り言を小さく呟いていた気がするが、みんなの騒ぎでちょっと聞き取れなかった。

 何だろう、俺だけが喜びについていけてないのだろうか。嬉しさがじわじわとようやく広がってきたぐらい、俺はとにかく状況に痺れていた。



 ……綺麗に締まるはずが、そこからが酷かった。

 俺は気付いてしまったのだ。負けたくせに、ここまでキザったらしくあれこれ言ってるルードルフが立ち上がらない理由を。今宵のメイドは怪盗を追い詰める推理探偵である。だが頭が回ってないので、つい口にしてしまった。



「お前の行く末に幸あらんことを。言葉だけでも祈っておいてやろうじゃないか――」



「ルードルフ、お前もしかしてちょっと勃ってる?」



 瞬間、今度はユースティティアもナーシュカも帽子を思いっきり被って顔を伏せた。アネモイに至っては肩を震わせてしゃがみこんでいた。

 これはやっちゃったかもしれない。











 今、世界には特級指定魔術の使い手が七人いる。



 魔女術。ユースティティア。

 陰陽術。篠宮百合。

 竜魔術。アネモイ・カッサンドラ・ドラコーン。

 王国魔術。アイリーン・ラ・ニーニャ・リーグランドン。

 教会魔術。ルードルフ・サロムス・セーフィル。

 刻印魔術。ナーシュカ・イナンナ。

 精霊魔術。ティターニア・アスタ。



 そして、世界最高の魔術師、八賢人の座は八人とされている。



 数理的手法により魔術を解析。

 魔術デバイス印刷技術により自由自在に魔法陣を投影射出可能。

 マナマテリアル操作技術により機械工学的アプローチで魔工学魔術を実行。

 拡張空間シミュレーターにより擬似現実を模倣。

 学習知性と計算機科学により最適理論をアウトソーシング。



 突き抜けるまでの汎用性と一般化。未知の神秘体系は全て解析対象として物理現象に零落。魔術は神秘ではなく既にツールにしてアプリケーション。

 魔術を編むのは個々のセンスではなく、ポントリャーギンの最適化理論。



 ――現代魔術は異世界をクロールするか。



「お前……覚えていろよ……」



「何かすまん」



 ――それは、この世界で唯一の現代魔術師、ジーニアス・アスタの挑戦と冒険の物語である。






――――――

 ここまでお読みくださりありがとうございます。


 ようやく学院を跋扈する怪盗と数理的最適解なメイドとの戦いを書くことができました!ありがとうございます!

 見返してみると本当にひどいですね? 媚薬しかり、アレなネタしか出てきてない気がします。


 次回はジーニアスのパワーアップのための修行編になる予定です! とはいえ日常的な話をだらだらと書くことにもなりそうです。果たして授業には……無事出られるのでしょうか?

 ともあれ、乞うご期待です!


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 これからもよろしくお願いいたします。

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