第二十話「八賢人の試練。もしよかったら、一緒に受けてくれる? 私、絶対に負けちゃうと思うから」
むかしむかし、あるところにとても仲のいい夫婦がおりました。
その仲のよさといったら村一番のおしどり夫婦といわれるほどで、二人は幸せに暮らしていました。
しかし、ただ一つ、残念なことがありました。
夫婦は、赤ちゃんを授かることができない体だったのです。
「妖精様、どうか私たちに子供をください」
夫婦は、ただ一つ、そのことを妖精女王に祈りました。
来る日も、来る日も、夫婦は祈り続けました。
暑い夏も、寒い冬も、毎日その祈りは捧げられました。
やがて、夫婦が諦めかけたその時、二人は夢を見ました。
「魂を産めない体なのですね。でも大丈夫。元気な魂をひとつ、あなたたちに授けます。才能と勇気に愛された、素敵な子供が産まれるでしょう――」
そして、母の体に、命が宿りました。
しかし。
「あら、でも、ひとつじゃ足りないのね」
夢のなかで、声は呟きます。
そう、母親のお腹の中で宿った命は二つ。
――双子だったのです。
当然それでは二人が生まれてくることはできません。魂はひとつ。ひとつだけでは、双子には足りません。
だから双子は分け合いました。
才能は、とても可愛らしい妹に。
勇気は、とても聡明な兄に。
――『妖精女王と英雄』より抜粋。
◇◇
――後日譚。
病室でしばらく手の療養に努めていた俺だが、どうにも奇妙な噂が耳に入ってきた。
この学院には、ゴシップストーン、という噂好きの石の彫刻がある。七割本当のことをいい三割嘘のことをいう、だとか真偽は半々、だとか、とにかくあてにはならないのだが、こいつがいろいろ耳よりな情報を持ち込んできたのだという。
曰く。
透明になってお姫様とお嬢様の裸を覗いたやつがいる、とか。
猫に変身する魔女の全身をまさぐったことがあり、その後一〇〇日近く同棲したやつがいる、とか。
可愛い女子ふたりが、正妻だの何だので言い争いになった後日、勃起していることをふたりに見せつけたやつがいる、とか。
女装して女子寮に入り込み、強壮剤を思いっきり飲んで一睡もせずに一晩過ごしたやつがいる、とか。
全くとんでもない奴だ。
当然、犯人はいったい誰だ、と話題になる。
学級新聞も、あることないことをやんややんやと書きたてた。
そのせいなのか、このゴシップストーンの噂が本当か嘘かという検証がすっぽ抜けて、面白半分、冗談半分で勝手に噂に尾ひれがついていく。
(いやあ、これ、全部俺、だよなあ……)
心当たりは、なくもない。
全部、いろいろと絶対に違うと思うのだが、こう列挙されると否定しづらい何かがある。
有力な仮説が囁かれていた。
もしかしてこの四つは同一犯ではないか。あの男が入学してからの出来事だということは、もしや例の謎多きあの男が犯人ではないかと。
まったくもって嫌な噂ではあったが――俺が授業をさぼっている間に、噂が勝手に広まり切っていた。
ジーニアス・アスタ。
風紀の一番乱れている、風紀委員。
(多分……多分だけど、生徒会に入りたかったのに入れなかったやつとかが、冗談半分やっかみ半分でこんな噂を流しているような気がする)
げんなりする話である。
俺としてはこう、何だろう、もっといい感じの噂とかを流してほしい気持ちがある。そんなピンポイントを狙い撃つような噂を流さなくてもいいだろう、と思ったりしなくもない。
まあ、地道に風紀委員としての仕事をこなしていくことで名誉挽回を図るほかないだろうな、と気を取り直しつつも、今、俺は
「ねえ。お姫様の肌を見た代償は重いって言ったよね?」
「……ああ」
「私のいう事、聞いてもらってもいいよね?」
特待生寮の風呂には今二人だけしかいない。時間帯さえ見極めれば、密談するにはうってつけの空間である。学院の結界術の中でも最も高度な結界がこの空間を守っている。だから、情報の漏洩の心配がないのだ、と獣の王女は説明していた。
とはいえ唐突な話であろう。
状況を説明すると、なんと、姫様に身体を洗ってもらいながら、俺は魔術のレクチャーをしている。
手が使えない俺は、身体を上手に洗うことができない。
この獣のお姫様は、どうやら俺の知識に興味津々である。
魔術をあきらめている人間でも、魔術を使えるようになる――その言葉を聞いて以来、彼女はとても学ぶことに貪欲になっていた。
だから、今、俺は女性のふりをして女湯に忍び込んで、魔術を彼女に教えているのだ。
どういうことだろう。自分でもよくわからない。女風呂に入っている時点で相当まずいとおもう。どうしてもと頼み込まれたので仕方ないよね?
「ねえ。私が感動した瞬間を教えてあげようか」
「いや、いい」
「一つは、とても真っすぐに、断言してくれたこと。知識と
あの日、気絶した君を調べて、本当に無属性のマナしか持っていないことが分かったけど、それでも私でも分からないような高度な魔術を使いこなす君が、そう断言してくれたんだよ」
「あのー?」
何か無視されて説明が始まってしまった。
「もう一つは、魔術師なのに、高度な術式で何を実現しようとしているのか、丁寧に説明しようとしてくれたこと。
あの日、透明化魔術の説明を、惜しげもなくきちんと一から解説してくれたの、ちょっと嬉しかったんだ。全然分からなかったから悔しかったけど、でも、諦めなくていいんだなって私は思ったの」
「あ、うん」
「お手紙、嬉しかった。二年間ずっと、お手紙でやりとりできて楽しかった。何を聞いても何一つ分からないちんぷんかんぷんなことを返してくる君が好き」
「結構失礼なこと言ってない?」
ちょっと浮かれ口調になっているアイリーンに、俺はちょっとだけたじろいだ。
何だろう、彼女ってこういうキャラだったっけ、と疑問が一瞬だけ頭に浮かんだ。
「ねえ、入学式での入試問題解説、私、言葉を失ってたんだよ? あの後、一緒に迷宮に潜ろうって約束したの、まだ覚えているんだよ」
「あー、そうだな、また一緒に潜ろうな」
「ねえ、あの御前試合での女騎士との戦いさ、私、思いっきり感動したんだよ。君を応援していたから、負けそうになった君を見て、そんなの見たくないって思って、もうだめだって思った瞬間、君が――全てを覆したんだよ」
彼女は輝いた目で、俺のことを見据えていた。
まるで俺のことを、とてもすごい人だとばかりに信じ込んで、舞い上がっている。
俺の手を取ってぐいぐい近づいてくる。水着を着ているので裸ではなかったが、それでも色々と目の毒だ。
それに手は痛い。激痛で身体がこわばって、それでバランスが崩れて倒れる。
がらん、といろんなものが巻き込まれて崩れる音。いつの間にか、王女が俺のことを押し倒していた。
「ねえ、固くなっているよね? ……これって私、可能性を信じてもいいのかな? 醜い獣の私でも」
「数日前に強壮剤をがぶ飲みしたその影響だ」
「ふうん?」
俺の反応にご満悦なのか、にやにやと王女様は笑っていた。ちょっと腹立たしい。こいつちょっと調子に乗ってるな、ともやもやした感情が湧いた。
耳を甘く噛む。「ひぎゃんっ」とよくわからない声が上がる。軟骨のところをコリっとすると活きのいい声が返ってきた。
反応があるとちょっと楽しい。ちょっとだけ意趣返しができて気分がいい。
「ちょ、やめっ」
「うるせえ、手が使えないからって反撃ができないと思ったら大間違いだぜ」
「~~ッ、しゃべるのだめ、しゃべるのだめってば!」
喋るのが苦手、という事であればたっぷりしゃべってあげるのがいい。弱点を克服させてあげるのが真の友情というものである。低音の囁きに弱いらしかった。
ひとしきり暴れる彼女にたっぷり仕返しをしつつ、俺が満足したところで解放する。
彼女は、ちょっとだけ涙目になっていた。……やりすぎただろうか?
僅かな沈黙。目と目が合う。涙で潤んでいるだけではなく、彼女の瞳には何か思いを秘めた色があった。
「……ねえ。お願いがあるんだけどいい?」
「いいけど」
弾んだ息を整えながら、アイリーンは誰にも聞かれないように一瞬だけ周囲を気にして、それからもう一度俺に向き直って口を開いた。
逡巡があった気がする。だが、その短い間に覚悟が決まったようであった。
「八賢人の試練。もしよかったら、一緒に受けてくれる? 私、絶対に負けちゃうと思うから」
ひどく真摯な声。
その内容は、特級魔術の使い手とは思えないような願いごと。
何でもない凡人の、才能を持たない俺に真っすぐ頼み込んで。
何物にも真似できない、才能を持った彼女は、その答えを待っている。
◇◇
今、世界には特級指定魔術の使い手が七人いる。
魔女術。ユースティティア。
陰陽術。篠宮百合。
竜魔術。アネモイ・カッサンドラ・ドラコーン。
王国魔術。アイリーン・ラ・ニーニャ・リーグランドン。
教会魔術。ルードルフ・サロムス・セーフィル。
刻印魔術。ナーシュカ・イナンナ。
精霊魔術。ティターニア・アスタ。
そして、世界最高の魔術師、八賢人の座は八人とされている。
最後の一つの座は――未だ決まっていない。
現代魔術は異世界をクロールするか。
それはこの世界で唯一の現代魔術師である俺、ジーニアス・アスタの挑戦と冒険の物語である。
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