第十八話「科学を積み上げ理論で殴る――現代魔術ってのはそういうものさ」



 騎士が地属性の魔術を使うことは、決して珍しいことではない。

 四大元素の考えによると、土属性は、物質を硬く安定的で持続するものにさせ、外形を維持して、保護する――まさに騎士の生き方に通じるものがある。


(くそ、前回にもまして強くなってやがる! 騎士様だっていうのに魔術の腕前も相当できる、なんて奴だ!)


 攻撃の雨をよけながら、俺は内心で舌打ちした。


 初級魔術、土の矢/soli sagitta の乱れうち。

 恐るべきは、相手が無詠唱での連続発動を使いこなしているところである。


 身に着けている籠手に刻んだ魔法陣に魔力を通して発動。魔力を流すだけの単一工程。対戦相手の女騎士は、これを淀みなく実現していた。


 俺は知っている。それは俺の得意技である。

 任意の魔術出力yも、マナ入力uについて解くことで代数方程式へと帰着させること。

 さすがに彼女はそこまでのことはしていないが、詠唱工程と同等の呪術的文脈の編み込みを、ほぼ同等の意味の魔術回路へ置き換えることで、マナを注ぐだけで魔術を発動できる状態にしている。


 詠唱による意味づけなどの、人手による緻密な操作をなるべく排除して、同等の意味の系統等価回路に置き換えること――それこそが俺のアドバンテージであったのに、どうやらアテーマもそれを学びつつあるらしい。


 魔術と魔術が空中で飽和してぶつかり合う。

 爆ぜる破片。肩と頬に鋭い痛みが走る。肉が毟られるような痛みだ。


(くそっ、魔術師としても十分な腕前だっていうのに、ちょっと足を止めたら剣で攻め込まれる! 魔力量もおそらく俺より多い!)


 状況はあまり芳しくない。

 透明化することによって相手の剣や魔術のをずらして、決定打を回避しているだけに過ぎない。

 危ない瞬間は何度もあった。回避できない瞬間のみ、障壁魔術を展開して辛うじて防御しているものの、もう魔力の残量が心もとない。


 特筆すべきは、アテーマの観察眼である。

 砂嵐による攻撃を時たま発生させ、それによってぽっかり空いた不自然なクローキング領域を炙り出すのだ。

 こちらもクローキング領域を大きく広げて、自分が隠れている場所を絞らせないようにしてはいるものの、大まかな居場所は砂嵐でばれてしまう。


(まだ四つしか設置・・できていない――! 一か八か、もう発動しないとまずいか?)


 マナマテリアルを加工して術式に変換する。

 最終手段――俺の持つ極大魔術。演算によって得られた情報量を一気に発散させる現代魔術の真骨頂。

 込められた情報量がまだ不十分であったが、戦いの決着の予兆はすでに表れつつあった。






 ◇◇






(なんて厄介ですの!? こんなに粘るなんて、騎士団の先輩でもこうもしつこい人は中々いませんでしてよ!?)


 半ば上がった息を整えつつ、アテーマは再度真っすぐに駆け出した。

 剣閃一撃。

 障壁魔術が砕ける音。

 同時に魔術が至近距離で炸裂した。アテーマも吹き飛んだが、相手もおそらく吹き飛んだはず。ほぼ同時打ちであった。


 瞬間、大声で叫び威嚇する。精神魔術の一つ、『恐怖の叫び』。恐怖を呼び起こす効果と、反射神経を混乱させ肉体をこわばらせる効果がある。


(今ですわ!)


 横なぎのように土の矢/soli sagittaを展開させて放つ。狙い通り相手に幾ばくか命中する。

 お返しに飛んできたナイフがわき腹に命中するが、負傷は向こうのほうが上――。


(! 違う!)


 ナイフから電撃が飛び散る。すんでのところで回避したアテーマだったが、おかげで相手をまた見失ってしまった。


(やりますわね、ジーニアス・アスタ! あなただけでしてよ、私とこんなに渡り合える少年は!)


 魔術で砂嵐を発動させながら、アテーマは歓喜に打ち震えた。

 油断のできない対戦相手。一瞬の判断の間違いが敗北へとつながる。

 本気で戦っているという実感をこれほどに覚えたのは、一体いつぶりであろうか。


(さすがですわ、さすがですわ、さすがですわ、さすが――私を一度倒した男ですわ!)


 魔術の弾幕を相手に浴びせかける。

 手ごたえがない。すわ何事――と思った矢先に別の空間・・・・があることに気付く。なるほど透明領域を複数作って目くらましにしたか――と気付くや否や浴びせかけられる魔術の暴風。


 ならば、答えは一つ。

 捨て身で差し込む。模造剣からは確かな手ごたえ。障壁魔術を刺し貫いた先に、身をかすめた感触。


 痛みの嵐を耐え忍びながら、アテーマは凄絶に笑った。


(ああ、この時間がずっと続けばいいのに――もう決着なんて寂しすぎますわ)


 剣の先から水魔術を発動させる。中級魔術、水の槍/aqua hastam の五連撃。

 ばきり、と大きな音がして障壁魔術が砕け散った。透明化魔術を緊急解除して障壁魔術で辛うじて耐え忍んだ少年の姿がそこにあった。


 天才と誉れ高いアテーマは、四大元素のマナをすべて備えており、魔術を自在に発動できる。

 騎士の一族、カマセーヌ家の寵児。術式を刻み込んだ特別製の剣を駆使するのがアテーマの切り札である。

 剣に埋め込まれた宝石がひときわ強く輝いた。




「はぁあああああああああ!」



 叫ぶ。

 虹の名を冠した、四属性を編み込む極大魔術。

 魔力が渦巻き力のすべてを集結させんと固く編み込まれる。

 アルスター神話の伝承をその身にまとう、天穿つその煌めきの名は。



「――断ち切れ、カラドボルグ!」



 瞬間、目を焼くほどの光が、闘技場の中央から炸裂する。

 観客たちは四色の輝きの爆発を目の当たりにし、そして収束してひときわ白く輝き、再びまばゆく炸裂する光を浴びた。

 全てを置き去りにするその衝撃。地鳴りと轟音が間断なく続く。



 輝きの中央、誇り高き女騎士アテーマは、それでも相手への敬意を忘れず、横たわっているはずの少年を真っすぐと見つめ――。






 ◇◇






 極限まで詰めた情報量を発散させる――。


 意味が呪力を持つこの世界では、情報量はエネルギーへとなり替わる。

 人の精神、人の意志が魔力の根源であり、人の解釈する意味にも魔力が宿る。

 意味文脈を借りることで情報量を増加させ、ランダウアーの限界を疑似的に破る行為。


 四つのオルフィレウスの輪が廻り、魔力炉がその凝縮された魔力を反応させる。

 シラードの駆動機関が熱を奪い、熱を情報量へと変換した。


 十分に飽和された魔力の中であれば、量子化されたマナの各波動関数が互いに重なり、同種粒子の区別が失われる。

 物質の相転移。引力のない凝縮。巨視的な数の粒子が一つの粒子状態に重なり合った瞬間――それが紡がれた。


『The DECISIVE-MAGIC operation systems are in standby... Activate system: Exterminate Mode』


 無機質な音声と共にシステムオペレーションウィンドウが立ち上がる。立つのもやっとの有体で、俺は全てを制御に費やしていた。

 障壁の防御は最小限でいい、この一瞬だけ立っていれば勝てる。一発を食らうことを前提に・・・・・・・・・、身体制御と肉体強化と、意志の強さで乗り切るのだ。

 今や俺のアストラル領域すべてが、演算の力となり替わっていた。

 永久機関の輪転と星の公転周回軌道を、魔法陣の円環とみなす、それは恐れ知らずの類似魔術アナロジー



星の爆発アストラルバーストはエミュレート可能なミソロジーだ。科学を積み上げ理論で殴る――現代魔術ってのはそういうものさ」


「!」



 凝縮されたマナを手に込める。この一瞬が全てを決する。

 瞬間、アテーマの五月雨の剣閃を、俺は踏み込んで躱した。

 ああ――と感極まった彼女の声が短く聞こえた気がした。


 物質の流れの小さな不規則性が、やがて大きな振動へと速く増幅される。

 中心周辺の物質が液体のように激しく振動し、中性微子が激しく揺れ動いて周辺の物質を強く加熱する。強力な熱が、激しい運動が、圧力と折り重なって、衝撃波を外側へと弾き出した。



 エーテル・バースト現象。

 ボースアインシュタイン凝縮されたエーテルに、熱を与えることで生まれる――星の爆発を模倣した俺の極大魔術。



 閃光。衝撃。

 弩級の光が辺り一面をくまなく叩きつける。最後の瞬間まで、女騎士はこの上ない歓喜に口元を釣り上げていた。


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