現代魔術は異世界をクロールするか:数理科学による魔術の始め方
第十六話「どうやら貴公は、聖教騎士団の騎士と戦うらしいぞ。秋の勝利凱旋祭の催しで開かれる御前試合で、貴公と聖教騎士が交流戦をするそうだ。うちの代表として負けるなとお達しがでているらしい」
第十六話「どうやら貴公は、聖教騎士団の騎士と戦うらしいぞ。秋の勝利凱旋祭の催しで開かれる御前試合で、貴公と聖教騎士が交流戦をするそうだ。うちの代表として負けるなとお達しがでているらしい」
黒猫の魔女との、おおよそ一〇〇日に渡る修行を終えて、地上に戻った俺はさっそく浮かれ気分で貴族食堂に向かっていた。
「やった! とうとうやったぞ俺は! 魔力の量が二割近くも増えたぞ!」
絢爛な食堂を闊歩しながら、俺は全身で喜びを表現していた。
腹の底から活力が湧き上がってくる。笑いが止まらないとはこのことだ。魔物が狩れる。
「最高じゃないか! ははは、気分がいい! こいつは最高にハイってやつだ!」
何が気分がいいって、全てにおいて充実している今の環境そのものである。
迷宮に潜って、迷宮内で素材を大量に換金することで、当座の資金は稼げた。服も一式を新調したし、珍しい魔道具や教材を買いあさることもできた。
魔物の狩りも順調であった。依頼の受注は積極的に行っていないので探索者ランクはまだまだEクラスであったが、そんなことは関係なく魔物はどんどん大量に狩って狩りまくっていた。
懐は温かくなり、魔力は鍛えられる。いう事なしである。
(いやあ、
テーブルの上にずらりと並んだごちそうを目の前にしながら、俺は満面の笑みで食事を始めた。
明日からは授業である。
きちんと成績を残すためには、明日からは必ず出席しないといけない。
今日までのような、長期間の迷宮探索はしばらくは控える必要がある。
だがそれを差し引いたとしても、今の環境は俺にとって文句なしである。
「――というわけでだ、アネモイ! 俺がおごるよ! なあに、同級生のよしみだ! 存分に楽しみたまえ!」
「むぅ」
懐が潤っていた俺は、地上に出るなり目に入った知人をひとりひっ捕らえた。
学生掲示板の前で、なんだか物憂げにしているアネモイを見かけた俺は、「やあ」と声をかけて、そのまま貴族食堂にまで拉致したのだった。うえ!? と全然可愛くない悲鳴を上げるアネモイは、俺を見るなり目を白黒させていたが、存外すんなりと食堂についてきてくれたのだ。
「……貴公は、私がどれだけ心配したのかわかっているのか?」
「え、まじか。なんかごめん」
「愚か者め。せめて連絡ぐらい寄越せ」
貴族食堂の食事は有償である。その代わり、貴族が利用するにふさわしい一級の料理を味わうことができる。
一生に一度はフルコースを思いっきり食べてみたかったんだよなあ――という俺の思いつきにアネモイを巻き込んでしまったが、まあ俺のおごりなのでいいだろう。
「てか心配してくれてたのか。意外だな。俺の心配性の妹とか、何かと口うるさい幼馴染とかには絶対何か言われると思ってたんだが、アネモイから心配されるとは思ってもいなかった」
「意外か?」
「いや。気にかけてくれたのは嬉しいよ。俺は友達が少ないからね」
ノンアルコールの葡萄果汁を口に含みながら、俺は朗らかに答えた。心配してくれる友人はありがたい。とはいえ度が過ぎると俺の自由が制限されてしまうが、まあそれはそれだ。
俺の何も考えてない一言に、アネモイはわずかに反応を返した。
「……友人か」
「んあ? そういえばお前、ひとりだったな。部活仲間はどうした? てか友達はできたか?」
「……。入試の時にちょっとやらかしてな」
あむ、と大口を開けてステーキを食べながら、彼女は短く答えた。ソースを零したりはしない気品のある振る舞いだが、なかなか豪快な食べ方である。俺も真似しようと、マルチモーダル情報処理によって得られた模倣を実行してみるも、ちょっと難しくて失敗してしまった。
「アネモイでも入試失敗するのか。意外だな。あれか、実力を見せつけすぎてしまったとか、その辺じゃないのか?」
「貴公に言われたくないぞ。試験会場を間違えて大遅刻をかまして、どうやったらそんな失敗ができるのだ」
「盗賊に聞いてくれよ。俺は悪くないって。俺の乗っている馬車一行を襲ってきた盗賊がすべて悪い」
ぐいっ、といい飲みっぷりでポタージュスープを空けたアネモイは、「……ともかく、心配だったのだ」と話を戻した。
これは説教だろうか、と俺はちょっとだけ身構えた。
「貴公が地上にいない間、どんなことになっていたと思う?」
「え? さあ。なんかあったのか? オリエンテーションの説明が無事終わって、仮申請期間も終わって、普通に学院生活開始、じゃないのか?」
「掲示板を見てないのだな。貴公らしい。私も細かい字を読むのは苦手だが、さすがに見たぞ」
掲示板? と一瞬思考が止まった。何やらあるらしい。
あとで確認しないといけない。
俺もアネモイも大雑把な性格なので、「これから学生生活を送る新入生へ!」という類の連絡はほとんど見ないタイプ――と思っていたのだが、どうやら彼女は見たらしい。俺よりちょっと偉い。
「で、なんだって? まさか俺が入学取り消しとか?」
「ああ」
「んおお?」
自分で冗談を言っておいてあれだが、まさかの肯定だとは思わずに驚く。まじか。――まじか。
遅れて脳の芯がじわじわと痺れるような感覚に陥り、俺は思わず言葉に詰まった。
「正確には実技試験を行っていないので、貴公の実技の実力はまだ未知数となっているらしい。実力を示せと学院側は言っている」
「え、えっと」
「どうやら貴公は、聖教騎士団の騎士と戦うらしいぞ。秋の勝利凱旋祭の催しで開かれる御前試合で、貴公と聖教騎士が交流戦をするそうだ。うちの代表として負けるなとお達しがでているらしい」
特に驚くでもなく告げるアネモイを余所に、俺は一瞬混乱していた。
何という事だろうか。
勝利凱旋祭といえば明日である。しかもよりによって聖教騎士、なんというかつくづく縁があるというか、どうしてこうなったのだろうか。
「安心しろ。負けて入学取り消しになっても私が雇ってやる」
「いやそういう問題じゃないんだよ」
豪華な食事を堪能しに来ているつもりなのに、急に味を感じなくなってしまった。
まさかまた入学してるしてないの話を蒸し返されるとは思っておらず、俺は少しだけ渋い気持ちになった。
◇◇
聖教騎士団は、約三百年の歴史を有する騎士修道会である。聖教教会の教皇庁によりナイトの授与を行い、教会法や国家法に定められて大陸連盟加盟国で正式に騎士として扱われる。
本来の騎士は、子供のころに
しかし聖教騎士は、いきなり
(父上、母上。どうかお見守りくださいまし。どうかこのアテーマが、かの暴虐邪知の魔術師を下してご覧に入れますわ)
聖教騎士団への入団を見事に決めた少女、アテーマは、控室で静かに剣に祈った。
今思い出しても虫唾が走る。聖教騎士団への入団試験の当日、まさかあの何にも考えてなさそうな男にいいように負けてしまうとは思ってもいなかった。アテーマの人生で数えるほどしかない敗北の記憶の、もっとも新しいものが、ジーニアスとの戦いであった。
剣の握り方を知らない。
騎士同士が戦う時の名乗り上げ方を知らない。
いきなり透明になって不意打ちを仕掛けてくる。
どれも無礼千万に値する。
(……わたくしは一応伯爵家の娘だというのに、あの失礼な態度は何たることかしら!)
道すがら、盗賊一行に襲われたときに助けてくれたのは感謝に値する。立派な男だと思った。ついでに言えば顔立ちもアテーマの好みに近かった。
こんな劇的な出会いをするなんて、ある意味運命的なめぐりあわせだと思ってしまった。
その後、一緒に試験会場に同行するように強引に迫ったものの、相手は断るそぶりも見せなかった。
この時まではアテーマは、
その時はまさか、このジーニアスという男がどうしようもないほど唐変木で、恐ろしいほど常識に疎いとは思ってもいなかったのである。
まるでお姫様や貴族令嬢の友達がいるんですよ、と言わんばかりの余裕な態度。これにはアテーマも妙にむかっ腹が立った。
結局、一緒に騎士になってくれるという約束も守ってはくれなかった。約束というよりは、向こうがそう思っているかは分からなかったが、いずれにせよあの男は貴族の娘との約束を反故にしたことになる。
これが寛大な自分でなければどうなっていたことか、とアテーマは考えた。
(なぜ騎士をやめてしまったのかしら。優れた騎士になることは誰の目にも明らかでしたのに。……いいえ、優れているかどうかは別として、少なくともひとかどの騎士として名を残すに違いなかったのに)
勝利凱旋祭は、【教国】の首都が魔族によって占領されていた時に、一人の騎士がその魔族を打ち滅ぼして首都を解放した逸話にちなんだ祭りである。
ちょうど、騎士が勝利を掲げるのにふさわしい――この上ない日である。
(まあいいですわ。あの時は透明化魔術にいいようにされましたけど、今度こそわたくしが華麗に倒してみせますわ)
控室に伝令係が入ってくる。次の試合が迫っていることを伝えに来たようだ。
アテーマはそれに余裕たっぷりで答えた。いつも優雅たれ、とは貴族のたしなみである。
「さあいよいよやってまいりました! 聖教騎士団と魔術学院の新人交流戦です! 北門から入場するのは、今年度最も優れた入団者であると太鼓判を押されている誉れ高き従騎士、ディフェンスに定評のある少女、アテーマ・カマセーヌ! 対して南門から入場するのは、魔術学院最大の問題児、その詳細は誰にも明かさない不思議な少年、ジーニアス・アスタ!」
拍手喝采の中、闘技場へと入場するアテーマ。
向こうの少年を視界に認めると、彼女はいざ雪辱を果たさんと憤慨に燃えた。
対して少年は。
昨日食べ過ぎで胃もたれを起こしてあんまり眠れなかったのか、ぐったりとしていた。
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