第八話「なに、簡単じゃよ。聞き分けの悪い学生に、きつーいお灸を据えてやってほしいのじゃよ。お主が入試で書いておった魔法陣改良のお話をしてほしいのじゃ」

 

 やらかした。もうだめかもしれない。

 失意に沈んだ俺は、そのまま【共和国】の特設試験会場のある街、プラーグの酒場で飲んだくれていた。正確に言えば未成年なので酒を飲んではいないのだが、うだうだと酒場の席で時間を潰していたので、実質飲んだくれていたといっていい。飲んでない分たちが悪いかもしれない。


 それにしても、取り返しのつかない失態だ。

 確実と思われた魔術学院アカデミアの合格も、遅刻でかなり怪しくなった。三日間の試験の内、丸二日を無断欠席してしまった。これで合格などあり得るだろうか、いやない。

 三日目の筆記試験の出来栄えで言えば、手ごたえに自信があったのだが、それがどうだというのか。焼け石に水とはこのことだ。


 悪あがきはしてみた。

 あきらめ半分で嘆願書を作って、アカデミアの所轄の行政所に手紙は飛ばしてある。伝書鳩もきちんと三羽、どれか一羽が魔物に襲われたとしても同じ内容の手紙が二通は届くようにした。

 運悪く、乗り合わせていた馬車一行が盗賊団に襲われてしまったこと。何とか窮地を逃れたが、今度は同じ方面の馬車に乗っていた貴族の護衛を要請されたので、その影響で諸々と遅れてしまったこと。試験会場を間違えてしまったことはさらっと触れる程度にとどめておいて、なぜ遅れてしまったのかを切々と書き並べる。

 これで魔術学院アカデミアの人が俺の事情を斟酌してくれるか、あとは祈るのみである。


「……いっそ、聖教騎士になるべきか?」


 一次試験突破しちゃったし。


 先日、間違えて一次試験を突破してしまった"聖教騎士団"の入団試験のことを思い返す。

 関係者の驚いた顔ときたら、忘れられない。当然だ。特待生候補と謡われた【皇国】のお嬢様を打ち負かして、華々しい結果を残したのだ。きっと俺は魔術部隊の即戦力として期待されていただろう。それがまさかの"魔術学院"と受験を勘違いしただけの人。お偉いさんは頭を抱えたに違いない。

 間違えて受験した人でも一次試験を突破できるような騎士団、なんて噂がたってしまえば沽券にかかわる。


 では逆に、聖教騎士団に入団した場合はどうか。出世街道まっしぐらだろう。給金はよし、世間のおぼえもよし、普通の兵士になるよりも何倍も待遇はいい。しかも魔術部隊であれば、後方支援部隊になることがほとんどなので、そこまで体を張った危険な仕事にもならないだろう。


(いや、だめだ。俺は世界一の魔術師になるんだ。聖教騎士団に入団しても、頑張ればなれるかもしれないが、魔術学院に通ったほうが絶対に早い、はず、なんだけど)


 一次試験を突破しちゃったけど、でも、俺が本当にやりたいのは魔術の研究なのだ。


「はぁあ……聖教騎士団なんて受からなくてよかったのに」


 独り言。贅沢な悩みには違いないのだが、こうも言わずにはいられない。

 だが、つぶやくべきではなかった。あまりにも不用意な発言過ぎた。

 がちゃん、という音がしたかと思うと、三人ほどの男が立ち上がっていた。静まり返る酒場。あれ、俺何かやっちゃっただろうか。貴族風の身なりのその三人の男たちは、剣呑な表情で俺をにらみつけていた。


「貴様、よくも聖教騎士団を侮辱してくれたな。おふざけ半分で入団試験を受けにきて、他の受験生たちから可能性を奪い取って、よくそんなことを口にできるものだ」


「あ、えっと」


「腹の虫が収まらん。ええい貴様、男なら俺と決闘しろ! そのふざけた発言、せめて俺と白黒つけてもらわなくば納得がいかん!」


 早くも新たな諍いの匂いを感じる。

 盗賊団に襲われて、試験会場を間違えて、今度は貴族に難癖をつけられて。なんだろう、もしかして俺厄年なのだろうか。

 そんな風に己の運命を恨んでいたときに、突如その声は割り込んできた。


「――かかか、お主を見張っておって正解じゃったわ。小僧、助けてやろうかの?」


 口をはさんできたのは、しゃべる黒猫だった。






 ◇◇

 現代魔術は異世界をクロールするか 第八話

 ◇◇






 黒猫に変身する魔女。

『希代の呪術士』と称される、生きる伝説とまで言われる存在。

 ドルイド教に所縁の深い北欧魔術、ケルト魔術は当然のこと、ペイガニズム、拝火信仰、その他多くの魔女術ウィッチクラフトを身に付けた彼女は、もはや『歩く呪文』と称して過言ではない。

 幅広い分野にまたがって魔女術らしい・・・部分を抜き出した彼女の魔術は、並みの魔術師が一生かかっても習得しきれるか分からないほどの多種多様の魔術体系の融合となっている。


『唯一の魔女』を称する、最も魔女らしい魔女。

 魔女術を網羅した最古の勇者。

 世界で有名な七人の魔術師の一人。

【魔術学院アカデミア】の住民、その名も『黒猫』のユースティティア。


 そんな彼女が今何をしているかというと、俺と一緒に逃げていた。






「お前、食い逃げしてたのかよ!?」


「食い逃げじゃないわい! その晩、持ち合わせがなかったから賭け事をしてチャラにしてもらったんじゃ!」


 追いかける人が増えてしまった。俺に難癖をつけてきた三人の貴族と、酒場の店主だ。貴族はわかる。騎士団志望なのだから、足が速いのは当然だ。だが酒場の店主も負けないぐらい足が速いのはなぜだろう。

 というかそれより。


「お前あんなに格好いい登場しといて、厄介な話が一つ増えただけなのなんでなんだよ!?」


「かかか! 細かいことは気にするでないわい! お主を見張っておったら偶然あの店に入っただけのことじゃ! これもまた縁ってやつじゃ」


 なんだそれは。思わず脱力しかける。肉体強化魔術の制御が一瞬だけ乱れた。

 この全身真っ黒の魔女、最悪なことに足が遅かった。俺がお姫様だっこで運んでなかったら、ただの足手まといになっていただけである。


「……うむ、今更ながら照れるのう」


「お前落としてやろうか」


 今更のようにちょっと頬を赤らめるこの魔女に、急に怒りがわいてきた。この魔女、本当にいい性格をしている。

 とりあえず手ごろな路地裏に入った俺は、そのまま建物の間を三角跳びの要領で登って屋根に飛び乗る。同時にクローキング領域を展開して透明化する。これで、追っ手は混乱するはずだ。


「!? 路地裏で消えた!?」「探知魔術で探せ! どこかにいるはずだ!」「この路地裏は袋小路だ、進め!」「あの女、賭け事にインチキしやがって、今日という今日は絶対に許さん!」


 などと賑やかな声が聞こえてくる傍ら、俺はゆっくりと屋根伝いにその場を離れるのだった。






 ◇◇






「のう、魔術学院に入学する気はあるかの?」


「! 入れるのか!?」


 屋根の上でしばらく休憩していると、ふいにのじゃっ娘魔女ユースティティアが切り出してきた。話題が俺にとって衝撃的であっただけに、食いつかざるを得なかった。


「おう、入れるとも。妾が口を利いてやろう。こう見えても妾は"勇者"認定を受けておる特級魔術師じゃ。それに、おそらく今代の八賢者にもなる。妾が魔術学院に少し無理を言っても、融通は利くというものじゃ」


 何という僥倖。目の前の女が急に女神に見えてきた。さっきまで腹を立てていたが撤回する。藁にも縋る思いの俺に、こんな救いの手を差し伸べてくれるとは。


「採点官の間でも、お主は話題になっておったからのう。まさかお主の回答の理論を巡って、遠隔水晶会議になるとは思ってもなかったわい。多分このままじゃと学部長・研究所長会議になるじゃろうなあ」


「! そんなことになっていたのか?」


「お主が普通に入試を受けておったらよかったのに、二日も遅刻するからじゃ」


 からからと笑う黒猫の魔女。それはどういうことだろうか。二日遅刻せず、しっかり受けていたら問題にならなかったということだろうか。そんな疑問には答えず、彼女はそのまま含みのある表情で「で、もしも魔術学院に入りたいと思うんじゃったら力を貸してほしいことがあるんじゃが」と全く異なる話題を切り出した。


「力を貸してほしい? 俺にできることだったら何でもいいが」


「なに、簡単じゃよ。聞き分けの悪い学生に、きつーいお灸を据えてやってほしいのじゃよ。お主が入試で書いておった魔法陣改良のお話をしてほしいのじゃ」


 きついお灸、とは。

 眉をひそめる俺と対照的に、黒猫の魔女の口元はますます吊り上がっていた。


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