Ep.3
百合にせがまれて、僕の過去について話すことにはなったのだけれど、実際何を話せばいいのかいまいち思いつかなかった。
「何を知りたいんだい」と僕は百合に聞く。
「そうね。あなたが南瀬翔であると言うことも知っているし生物学上男性に分類されるだろうということは想像つく。身長も具体的な数字はわからないけれど、一般的に高身長と呼ばれるような部類に入るであろうことは容易に想定できるし、ファッションに対してとても気を遣っている人であると言うことは今の服装から見ても考えられない。私の見えるものはそんなところだから、それ以外の話を聞きたいかしら」
「僕の姿を見てそんなこと考えていたの?」
「いや、今見て思ったことだから、ずっと考えてたわけじゃないけれど」
僕は、百合の顔をじっと見た。彼女が何を考えてるのか、何を求めているのか知りたかった。
「私の顔に私の全てはないわよ」
百合は僕の視線から顔をずらして海を見始めた。
僕はそんな彼女の姿を見て諦めて話をし始めることにした。
−僕の人生というのはそこまで語りごたえのあるようなものじゃないよ。生まれは199×年。最近成人と呼ばれる人間になった。お酒もタバコもギャンブルも風俗だって自由だ。残念なのかわからないけれど今の僕とはどれも無縁だね。現在は大学生で一人暮らしをしている。就職活動なんていう日本の荒波に逆らってやると思っていた時もあったけど、その抗いすらしんどくなって後手後手の生活をしている。とりあえず生きているって感じ。将来に輝かしい夢なんて存在しないし、僕が楽しみなのは、今後のゲームが何出るのかっていうところと好きな作家とミュージシャンの新作の情報だけ。親にもずいぶん見捨てられていて、昔よりも干渉が無くなった。自分の好きなことを好きなだけやる、そしてとりあえず生きている、そんな自分だよ。
百合は言った。
「昔からそんな子だったの?昔から無気力な人間だったの?少なくとも今のあなたは社会的に称賛されるような人間だとは思えないのだけれど」
―そうだと思う。でも僕だって昔からこんな人間ではなかったと言いたいね。もちろんその素質はあったかもしれない。いつそんな自分が開花してもおかしくなかったのかもしれない。でも、少なくとも昔の僕はどちらかというと『優等生』だったんだ。
小学生の頃はずっと一番でありたかった。小さな頃から運動はできなかったから、だから僕は「勉強だけは一番になりたい」と思っていた。結局のところ一番になることはできなかったんだけどね。小学校のテストでは百点じゃないといけないって強く思って、それ以外のテストは破り捨ててた。そんなものは僕にとっては不必要なものだったし、それは僕にとっては汚点だった。小学生の頃は完璧主義者な部分があったのかもしれない。
それも、中学生になって壊れた。勉強で一番何なりたいと思いながらも親の都合で引っ越しになり近くの公立中学校に入学した。僕以外はみんな仲良しで、僕は歪な因子。もちろんいじめの対象になった。当時僕は吹奏楽部に所属していたのだけれど、楽器を演奏することは上手いわけでもなくそこでも手酷いいじめにあった。中学の頃に僕の完璧性、神聖な部分は全てボロボロに崩された。何もかもが僕に否定的で全てを認めなかった。そこから僕の成績はどんどんと下がっていったし、自分に対して自信というものを失っていった。自己肯定感というものがぐんぐんと下がっていったんだよ。
高校生には、その自己肯定感というのは底について、自分は何もできない「クズ」というイメージが体の中にしつこくへばりついていた。だから僕は学校を休みがちになって、好きなことやりたいことだけを中心にやっていった。もちろん親との軋轢はどんどん生まれていった。昔は真面目だった僕だけど、勝手に学校をサボって好きなように生きていた。親に何度も叱られたし、何度も泣かした。学校に呼び出されるようなこともあった。自分にとって最悪な日々だった。どんどん落ちていく自分。それに対して虚構を追い求める親。僕は何を信じていいのかわからないし、自分自身を信じることはできないし、何も残っていなかった。
大学にだって行く気はなかった。でも、父親が「どうしても行ってくれ。頼む」とお願いしたから行った。それぐらい自分にとって自分はどうでもいい存在になっていたんだ。だから、自分を着飾ることにも興味がないんだよね。自分なんていなくていいって感じているから。
そこまで僕は話して百合の顔を見た。百合は大層僕のことを嫌うだろうと感じた。百合はまだ海を見ていた。
「それでさ、今はどうしたい?」
百合は聞いた。
「どうしたいっていうのは?僕は何もしたくないんだよ?」
「そういうことじゃない。今ここで何がしたい?」
百合は質問を変えた。
僕はその質問について考えた。海しかないこの場所で何ができるというのだろう。僕の人生に変わるようなことがこの海辺で何があるというのだろう。
「ねえ。教えて。あなたは『ここ』で何がしたいの?」
百合は答えを求めていた。僕は頭をフル回転させて彼女の質問に答えようとする。わからない。何ができるのだ。この場所で。
「何ができるんだい?こんな海と砂浜しかない場所で」
「それはあなたが決めるの。与えられたものではなくて、自分で与えるの。あなたはそれをしてこなかった。だからそのやり方がわからない。あなたはあなた自身に何も与えていないのよ。誰かに与えられたものだけで自分を決めている。自分の行動を決めて、自分の属性を決めている」
そう言って百合は僕の目をじっと見つめた。そしてこう言った。
「あなたは何がしたいの?」
僕はその目をじっと見つめていた。黒の瞳は澄んでいて僕の顔が映り込んでいた。その顔は幼少期の僕の顔で、中学生頃の僕の顔で、高校生の頃の僕の顔で、今の僕の顔だった。
「君と話がしたい」
そう答えると、百合は言った。
「それじゃあ、『命題』を見つけましょう」
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