Ep.2

 二人の間にさざ波の音が流れる。

「いい音ね」と百合は言った。

「海は好き?」と僕は百合に聞く。

「どうだろ。あんまり考えたことなかったわ。あなたは?」

「そうだな、嫌いではないかな」

「それって答えとしてはどうなの?」と百合は失笑した。

「少しだけ海に入らない?」と百合は僕を誘った。

「入るって、水着なんてないよ」

「そう言うことじゃなくてさ、靴脱いでさ、裸足になってさ、恋人が水を掛け合うみたいなやつよ」

「百合はしたいの?」

 そういうと、百合はハッとした顔になった後、

「別にいいじゃない」と少しだけツンとした声で言った。

 僕は履いていた白のスニーカーを脱いで、裸足になり海の方に向かった。足の間に砂が入り込み暖かい。柔らかくもありながら、しっかりとした踏み心地がダイレクトに伝わってくる。波打ち際に近づくと足指に水が触れた。

「つめた!」と僕は声を上げた。

「本当」百合も僕の隣で水に触れていた。

 僕は空いていたチノパンの裾を膝まで上げ、海の方に入っていた。冷たい水が僕の足首、脛にまで届き、僕の体を冷やしていった。

「冷たい」と僕はつぶやく。

「そうね、冷たい」と百合も同じように言った。

「えい!」と百合は声を上げながら水を僕にかけてきた。僕は百合に水をかけ返す。

「つめたっ!」と百合は大きな声で言った。

 僕たちは何が楽しいのかわからないけれど、笑い合いながら波打ち際で水をかけあった。

 ひとしきり遊んだ後、疲れた僕たちはまた砂浜に戻った。

「いやぁ、はしゃいだわね」と百合。

「僕も少しはしゃぎすぎた気がする」

「でも、楽しかったんじゃないの」

「確かに」

 僕たちはその後何も言わずに、海を眺めた。太陽の位置は少しだけ海に近づいていた。

「時間が流れている」と僕は呟いた。

「どう言うこと?」

「さっきと太陽の位置が違うんだ。さっきは真上の近くにあったけど、今は少し傾いてる。時間が流れているんだ」

「そりゃあ、時間は流れているでしょうよ」

 百合は当たり前かのように言った。

「私たちがこうやって水をかけあって遊んでいる間にも時間は流れいくわよ」

「この話も膨らませるつもりかい?」と僕は百合に聞いた。

「あなたがそれを求めるなら話をしてもいいけど、どうする?」

「遠慮しておくよ」と僕は言った。

 砂浜に座りながらぼーっと海を見続けている。百合も何も言わずに海を見ている。この時間はなんなのだろうかと感じながらも何気にこの「無駄な時間」を過ごしている今に幸せを感じていた。

「今、どんな気持ちなの」と百合は唐突に質問をしてきた。

「そうだなぁ。特に何か得た気持ちじゃないけれど、幸せに感じてるかな」

 そう聞いて百合は少し考えているのか少し間を置いて答えた。

「私も」

「何が幸せなんだろ」と僕は百合に聞いた。

「わかんないけど、多分、今のこの空間とか世界とか匂いとか、そう言うもの含めて幸せなんだろうなって感じる」

 僕は、百合の言っていることを自分の中でもう一度唱えてみた。

「『なんとなく』なんだけどすっと幸せがいるって感じ?」僕は自分なりに感じたことを言う。

「そんか感じかも」と百合は言った。

「翔について教えてよ」百合は僕について聞きたがった。

「僕について知ったところで何になるんだ」

「副次的なデータについて気になったのよ。大事なことは満足したから」

 僕は自分自身についてあまり考えたことがなかった。だから何の話をすればいいのかわからなかった。

「僕のことなんて面白味もなんともない人間だよ」

「それでもね、聞きたいなって思う。南瀬翔がどう言う人間で、今どんな思いを持って私と話をしているのか。副次的なデータにも大事なことが隠されているかもしれないって今思ったの」

 僕は、百合の言葉に折れて自分のことを話すことにした。

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