第3話 タイマー

「やあ、工場長。新製品の開発状況はどうだい?」


 社長が見慣れない他社の営業マンと共に、昔ながらの町工場へやってきた。


「どうも社長。こちらの方は?」


「我が社の商品を見に来てくださった〇〇会社の方だ。」


「〇〇会社!? 業界最大手企業のですか? これは失礼しました。」


 慌てて帽子を脱ぎ一礼する工場長に、営業マンも礼儀正しく深々とお辞儀をする。


「こちらで製造されるパーツは業界内でも高く評価されておりましてね。我が社でも採用を検討しておりまして、品質を伺いたく思い訪問させていただきました。」


 営業マンは名刺を工場長に渡し、工場見学の意図と期待している事を伝えた。


「それはありがたい事です。ちょうど先日、うちの主力になりそうな部品ができたんですが……。」


 工場長はそう言いながら小さな部品を取り出した。


「ほほう。これは我が社でも主力の製品に使われている機械の部品と、同じ型の物ですね。」


 営業マンは興味深そうに工場長の持つ部品を眺めている。


「流石ですね。おわかりになりますか。」


「こほん、それでどのように主力になりそうなんだね? 説明してくれ工場長。」


 二人の横からせきばらいをしつつ、商品の詳細について社長が説明を求める。営業マンの食いつきの良かったこのパーツを売り込みたい、そんな気迫を醸し出していた。


「ああ、失礼しました。この製品の素晴らしい所は、既存のパーツよりも性能が高い事はもちろん、何より安価で大量生産できる点につきます。」


「なるほど、それは素晴らしい。性能が高い上にコストも抑えられるとは。」


「うちの工場長はいい仕事をしていますからね。それで、他にはないのか?」


 社長は更なるアピールポイントを求めて工場長に説明を促したが、工場長の表情は曇っていた。


「申し上げにくいのですが、性能と生産性を高めた結果、その……耐久性に問題が出ておりまして。」


 キラキラと期待に満ちた社長の顔から、消灯したように光が消える。


「それでは意味がないじゃないか。不良品を売りつけるわけにもいかん。」


 先程とは打って変わって、青い顔になっている社長の横から、営業マンが工場長に質問をした。


「ちなみに、その耐久性はどの程度でしょうか?」


「ええっと、平均で1年、長ければ2年持てばいい方ですね。これでは従来のモデルの半分以下の耐久性で……とても商品にはなりません。」


 それを聞いた営業マンは満面の笑みを浮かべながらうなずいた。


「素晴らしい! まさに我が社にとって理想のパーツです! ささ、すぐにでも商談に入りましょう!」


 あっけに取られた工場長と社長をよそに、営業マンはテキパキと書類を取りまとめ、あっという間に契約を締結させてしまった。


「欠陥品なのに、大喜びで契約していきましたね。」


「ああ、我が社にとっては大助かりだが、何を考えているのかわからんな。」


 工場長と社長は、そろって首をかしげつつ営業マンの後姿を見送った。


 その後、取引先の会社は、市場が驚くような安価で高性能な商品を展開し、大勢の顧客たちを驚かせたばかりか、数年に渡って莫大な利益を生み出し続け、ついには世界のトップシェアを獲得してしまった。


 ただ、その商品のレビューには、いつもこのような記載がされている。


「安価な上に高性能でとても気に入っているわ。だけど、1年ちょっとで壊れるから、毎年買いなおさないといけないのよね。まぁ、安価だから良いのだけど。」

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