第4話 全知全能の指輪

その指輪を手にした者は、望むこと全てをかなえることができた。


 しかし不思議なことに、その指輪を手にした者は、決まってすぐさま指輪を手放し、自らの手の届かない所へ封印してしまうのだ。


 幾つかの伝承に、指輪を所持したことのある者が語り継がれているが、彼らの話は決まってこの言葉で締めくくられているという。


「こんなに恐ろしい指輪はあってはならない」


 そんな伝承が伝えられているにもかかわらず、無謀にも全知全能の指輪に興味を持ち、指輪を追い求めて旅に出た一人の冒険家がいた。


「伝承? それは今まで指輪を手にいれた奴らが無能だったからさ。もちろんおれはそいつらとは違う。おれなら必ず指輪の力を使いこなしてみせるぞ」


 彼の指輪にかけた執念は凄まじかった。数多の危険な海を越え、死を直感する程のワナをいくつも潜り抜け、その生死をかけた大冒険の末に、ついに指輪を手にいれた。


「これが全知全能の指輪か。思ったよりも飾り気のない指輪だな。まぁいい、はめてみるとしよう」


 彼は手にした指輪を利き手の中指にはめた。


「これで願うこと全てがかなうのか。どれ、なにか願いごとをしてみよう」


 彼が願いごとを考えていると、腹の方から大きな音がなった。


「そういえば長旅で腹が減っていたのだ。よし、この世で一番うまい食べ物を出せ」


 彼がそういうと、目の前にごちそうの山が現れた。鼻をくすぐる香ばしい匂いについつい手が伸び、皿にのっていた大きな肉にかぶりついた。


「……こいつは驚いた。こんなにうまい食べ物は今まで食べたこともない」


 ごちそうの山をペロリと平らげ、今までの人生の中で最高にうまい食べ物をじっくりと味わった彼は、とても上機嫌になっていた。


「腹ごしらえも済んだことだし、次はなにを願おうか」


 その後も、彼は思いつく限りの願いを指輪に願い、そしてかなえてもらった。


 世界最高の美女、全盛期のまま衰えない不老不死の身体、数え切れない程の宝の山、人類がまだたどり着くことすらかなわなかった世界の景色、そして時間の流れすらも思い通りに操ってみせた。


「最高だ。この指輪はまさに全知全能だ」


 彼はすっかり指輪の力に酔いしれていた。世界の理すら捻じ曲げ、全てが彼の思うがままになり、この世の全てを楽しみ尽くすのも時間の問題だった。


 しかし、全てが想定通りのはずだった彼の顔は、願いをかなえるたびに曇っていった。


 そう、全てを楽しみ尽くした彼は、文字通り全てに飽きてしまったのである。


「なんということだ。どんなに考えても新しい願いが思いつかない」


 当然の結果だった。思いつく限りの全ての願いをかなえてきた彼だったが、彼自身が思いつけない願いはかなえることができない。それは願いの枯渇だった。


「なにも刺激がない。なにも面白くない。このままでは狂ってしまいそうだ」


 憤りを爆発させるように彼は頭を岩に打ちつけるが、既にこの世界で最も頑丈で屈強な身体を願っていたために、頭を打ちつけるたびに岩が粉々に砕け散っていく。


 粉々に砕けた岩を見ながら、彼はあることに気がついた。


 世界の全てを楽しみ、そして飽きたのならば、この先にあるのは、なんの楽しみもなく、感動もなく、刺激もない、ただ世界を観測するだけの生き地獄に至ることを。


「こんなはずではなかった。こんな思いをするくらいならば、指輪を手にいれた瞬間まで時を戻し、今までの記憶も全て消しさってしまおう」


 指輪に念じると、彼が指輪を手にいれた直後まで時が遡った。そして、記憶を失う寸前に手にした指輪を奈落の底へと投げ捨てたのだった。

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