Prequel:02

「その名で呼ぶな」少女は叫んだ。「その名は、わたしには過ぎた名だ」

「いいえ、あなたはルリ・バステートですよ。我ら夢に生きる住人にとって、偉大な存在であるのは変わりないのですからね」


 一つ目のその者は、少女にゆっくり歩み寄る。

 無意識に、少女は身構えた。


「かの偉大な夢泥棒、カスミ・ヘミングと愚かな夢見人の間に生まれし夢の力を持つあなたは、歴代で最高の夢使いですよ」

「あなたは……いったい誰なの?」


 しずかに問いかける少女を無視し、その者は彼女の前に立った。

 闇に包まれる錯覚――これを恐怖というのかもしれない。

 少女はつぶやきながら体の震えを止められずにいた。

 得体の知れない威圧感、こいつは危険だと本能が叫ぶ。

 けれど、夢使いとしての誇りがその場に立たせていた。


「申し送れましたおろかなる我が友よ。我が名はメギド。メギド・オフスマーナ。十一人いるあなたと同じ、夢使いの一人ですよ」


 深々と頭を下げたメギドの大きな一つ目に、少女――ルリの姿が映っていた。


「おろかなる我が友よ、夢の道は古くて新しい。やり方はいつの時代も同じ、三つが一つで、一つが三つ。夢の道は真理のかわりの迷妄の流布。夢見人というものは、なんでも言葉さえ聞けば、そこになにか考えるべき内容があるかのように思うもの。正しいはまちがい。まちがいは正しい。まちがうものは正しい。正しくするものはまちがいなのです」


 自分と同じ夢使いとわかると、心のどこかで安心する自分にルリは気づいた。それなのに不安が消えない。

 メギドの言葉がルリの内にある不安を広げていく。

 街に夢はないのかもしれないとルリは思いはじめていた。

 同時にメギドから感じる危険な香りに警戒する。


「街には夢はないかもしれないけど、夢見人には夢がある」

「その夢はどこから生まれるのです? 住む場所、世界からではないですか。その世界に夢がないのにどうして夢が生まれるのでしょう。考えてください」メギドは一笑したが、その目はさびしそうだった。「おろかな我が友よ、生きる命の意識そのものが夢であり、生死の流転をもって音楽の音楽として絶えずこの世に降り注ぐ。夢は因果の流れにあるのです」


 それは然り、とルリは頭のなかで言った。

 表情に出たのだろう、メギドはうれしそうに目を輝かせた。


「経験をくり返し、経験をし続けることが永遠であるように、夢もくり返されなくては夢でなくなるのです。くり返しをやめた夢はもはや夢ではない。いまを生きる夢見人に夢があるのでしょうかね」


 ルリはなにかを言おうとして口を開けるも、大きなメギドの目を前にうつむいてしまう。


「失礼しました。愚かなる我が友よ、あなたが気に病むことではありません。ですが我らにとって死活問題なのはおわかりでしょう。なぜなら夢がなければ我々は生きてはいられないからです。ゆえにティル・ナ・ノーグでも、いかにして夢を集めるのかに喫緊の課題となっています。夢泥棒や夢コレクター、夢買い、彼らが夢を集めるのは自国存亡がかかっているからに他ならないのです。夢泥棒の親を持つあなたに言わなくても、ご存知だとは思いますが」


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