Moonstruck:01「すみません、分別して捨てるようにしますから」

 ティル・ナ・ノーグは中心エリアのアハァ・クリアをのぞき、全部で二十一カ所あるエリアを七つごとで区切り、さらに三つに大別されている。そんなティル・ナ・ノーグの各エリアでは、独自に醸造が行われており、それぞれ独創性の高い酒を造っている。蒸留酒はいずれも月が輝く真夜中をえらんで仕込まれるため、俗に〈ムーン・ストラック〉と呼ばれている。

 わたしがその存在を知ったのは、蒸留酒がらみの事件がきっかけだった。


 いつものように、デューの仲間と夢をしこたま盗んでオボロに売り渡すと行きつけのパブに直行した。みんなそれぞれ好きなアイリッシュ・ウイスキーを頼み、わたしはパディをオーダーした。


「今日はカスミさん、ご機嫌ですね」バーマンはグラスにパディを注いでいく。「何か、いいことありましたか?」

「よくぞ聞いてくれました~」

 わたしはカウンター越しに、バーマンと向き合った。

 オボロの命令で休みなくこき使われて仕事し続けてきたが、その日は思いもかけず上玉の夢をごろごろ盗むことに成功したのだ。最近は子供ですら、満足な夢を持っていない。

「しかも、あのケチなオボロが高値で買ってくれたんだ。それこそ夢みたいだよ。覚めないうちに酔いつぶれちまおうってわけで、おしかけたんだ」


 バーマンからグラスを受け取り、店にいた客たちといっしょにみんなで乾杯した。

 わたしはゴールドに輝くグラスを傾ける。ほのかにただよう甘い香りに誘われて一口ふくみ、口の中で転がすと麦芽の風味が充満してくる。やさしいウイスキーだ。飲みやすいせいか二杯目もパディを頼んで席につく。

 ツキミがサクヤにしかられていた。


「またおまえは、ウイスキーの空き瓶をゴミ箱に捨てたんだろ」とサクヤが言ってツキミをにらむ。

「すみません、今度こそ分別して捨てるようにしますから」ツキミは半身平謝りすると、

「まったく嘆かわしい。瓶とはけしからん。わしはいつもウイスキーを樽で買っているのに」


 わたしは腹を抱えて笑った。

 隣ではカゲツとセボウが話していた。


「俺はいつも、たった一杯で酔っ払っちまうのさ」とセボウがつぶやいた。

 カゲツはグラスをしげしげとみつめて「そうなのか?」とたずねる。「弱すぎだろ。たった一杯でなんて」

「そうそう、一杯で」

 セボウは自慢げに応えた。

「いつだって、六杯目のつぎの一杯で酔いが来ちまうのさ」


 それを横で聞いて、わたしは声を出して笑った。二杯目がからになる。三杯目はどうしようと考えながらカウンターへ歩いていくと、

「どうです、カスミさん。とっておきのを飲みませんか?」

 バーマンはサイドボードの引き戸を開け、手にしたボトルはミドルトン・ヴェリー・レア。それはアイリッシュ最上のウイスキー。心地よい香気がたちのぼり、フルボディでしっかりした風味。スムーズで口がとろけるような飲み応えがする、アイリッシュ・ウイスキーの王様と呼ぶにふさわしい代物だ。わたしはまだ飲んだことがなかった。

 ぜひ飲ませてくれと頼むわたしの前で、バーマンがしきりに首を傾げた。

「どうしたんですか?」

「ウイスキーがほとんど残っていない。この前までは半分ほどあったのに……クルラホーンめ」


 クルラホーンは酒蔵に住む、赤い三角帽子をかぶり、赤い上着、銀の留め金のついたかかとの高い靴を履いている妖精だ。酒の栓がゆるんでいないか、樽から酒がこぼれていないかを教えてくれるだけでなく、酒を盗みにくる悪いヤツらを追い払いもする、醸造所にとってありがたい存在。


 根っからの酒飲みで、ときどきよその酒樽に忍び込んでは酒を飲んでしまう手癖もあってか、クルラホーンの連中はありこちの酒蔵に忍び込んでは酒を飲み干す大事件が起きて困っている、とバーマンの愚痴を聞いた。

 これは一度懲らしめてやらねば。わたしはほろ酔い気分でバーマンに約束した。デューの夢泥棒がクルラホーンをとっちめてやる、と大声あげて。

 酒樽に忍び込むと、赤髪でそばかす顔のクルラホーンが酒を飲んでいた。酔いつぶれた相手を逃がすほど馬鹿ではない。クルラホーンを捕まえたわたしたちは、すぐにも店長につきだそうと考えていた。

 必死にすがるクルラホーンは、「お願いだから、今回だけは見逃して。見逃してくれたら、ムーン・ストラックを全種もってくるから」と懇願してきた。


 ムーン・ストラックは、二十一エリアでつかわれている俗名に過ぎない。ティル・ナ・ノーグからみればポチーン、つまり密造酒のことだ。しかもノッキーン・ポチーンを凌ぐアルコール度数。さすがにストレートでは飲めないし、もらうわけにはいかない。だいたい酒で買収されたとあっては夢泥棒の立場がなくなる。でも酒に目がないのも事実。

 わたしたちは「これからは盗み飲みはしない。みつかったらどんなお仕置きも受ける」とクルラホーンに証文を書かせ、ムーン・ストラックを二十一本もらうことにした。


 それらは三つの木箱に入っていた。

 ムーン・ストラックには名前がない。そのかわりそれぞれ二十一地区の名前の下に、Whiskeyと「E」の入ったウイスキーのラベルが瓶についている。


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