Afterword:夢終劇
Sincerely
これまでどれほどの男たちといっしょに夢を盗んできたかは、あまりおもい出せない。名前と顔をおぼえている数は少ないし、友人とよべる相手はもっと少ない。
デューの仲間たちには、敬意と称賛の気持ちを抱いている。彼らが夢泥棒というプロの仕事にどれだけ技量と酒を注いできたかを考えると、感謝の気持ちは尽きない。わたしをリーダーとしてあつかう彼らの姿勢には、すばらしいものがあった。ゆえに、わたしはみんなを友人とおもっている。
仲間と仕事をし終えて、闇をみつめて物思いにふけっていたときのこと。
闇は前夜よりも深く、欠けていく月はアーモンドの三日月にやせ細り、街にわずかな光を当てるだけの明るさもなかった。ネオンは影絵のような街を乱すことなく、しずかに灯っている。地上の星は夢を語ったりはしない。みせつけてくるのは、張りつめた悲しみをこらえて朝がくるのを怯えて待つ光だけなのだ。
カゲツが沈黙を破り、屈託のない表情でツキミにたずねた。
「仕事も終わったし、どうする?」
「酔っぱらって、眠るよ。その順番に」
セボウとサクヤにも同じ質問を投げかけ、二人はツキミと同じように応えた。
「カスミはどうするんだ。オレたちがおねんねしてるとき、カスミもするのか?」とカゲツはたずねる。
「一人じゃ怖いから、添い寝の相手がほしいって言うの?」わたしは笑う。
「そうじゃないよ、ただちょっと知りたくてね。どうなんだい?」
「あんたの知ったことじゃないよ」
ほんとうのことを言えば、カゲツが聞きたがっていることができたらとおもう。清志と二人、いっしょの時間は少ない。おかげで、久しぶりに寄り添えるときは、さかりのついた猫みたいになる。こんなとき、自分がいやにおもう。
いつぞやのこと、清志がなにげなく「サキュバスみたい」とつぶやいた。他意はないのだろうけど、妙に気になって頭から離れない。
サクヤが、みんなが内心恐れながら気にしていることをずばり口にして、カゲツのきびしい追求から救ってくれた。
「おねんねほど気持ちのいいことはないさ、夢を盗むことをのぞいてはな。だがな、オボロがいつもみたいにいきなりやってきて『質が悪い』と言っただけで、とたんにペテンにかけられどん底に突き落とされた気分になるんだ」
そこで、各々が盗んできた夢の内容、質、量などの話がはじまった。
わたしの結婚生活における夜の仕事よりも、ずっとましな話題だ。わたしは盗んだ夢をより分けながら、何度も眺めて選別し、上質の夢と悪質な夢に振り分けてみた。
わたしがどん欲に夢を求める男たちとでなく、りっぱな夢泥棒といっしょに働けるのは運命のめぐり逢わせ、まさに幸運だとおもう。これまでにも劣る男たちと仕事をして手を焼いてきたから、その違いとありがたみが身にしみてわかる。もちろん、彼らもうまいアイリッシュ・ウイスキーがたらふく飲めるくらい稼ぎたいのはたしかだし、それはわたしも同じこと。
サクヤとセボウは養わなければならない家族がいるし、カゲツは〈ウシュク・ベーハー〉のバーマンと借金のことで折り合いをつける必要がある。ツキミは、つきあっている妖精と結婚するためにこつこつと貯金をしている。だが、稼ぎがどれだけであろうと、男たちはわたしの所か別のチームに加わって盗みに出かけるだろう。わたしも含め、みんな根っからの夢泥棒なのだ。
男たちが夢玉を調べているあいだ、わたしは夜をみつめて考えていた。とにかく、前兆に従って運命を手にしてきたはずなのに、実感がもてない。なんだか皮肉な気がするのだが、わたしはいつも自分の運命を自分で決めているつもりでいながら、よく考えてみると自分の力のおよばない外の力で、無理矢理決められてきたことがたくさんある。
夢見人は夢をみることだけで手いっぱいで、夢を実現させるものが何かを突き止めることはできない。同じように、わたしには夢をもちたがらない夢見人にもたせる方法も、盗みきれないほど夢を盗りつくすまで満月を欠けさせない方法もわからない。
夢使いにたずねると、宇宙秩序をも含めて生きる意味を無条件に信じることはできないと語って、こう言った。「水の流れも時間も男もまってくれない。女ならまってくれると思ってる?」
清志はわたしのことを「愛している」といってくれるし、わたしも彼のことを愛している。二人とも愛しているから結婚したとデューの仲間に話したけれども、しっくりこない。互いを愛しているから結婚するのではない。それは些細なきっかけにすぎない。
結婚は、やはり成り行きだ。
前兆に従った結果なのだとおもう。願いがかなってうれしいのに、うれしくないのはなぜなのだろう。こんなことを言うと清志は気を悪くするかもしれない。素直な実感としてうれしいけれど、大変だとため息が出る。わたしは嘘をつくのは苦手だ。それでもやはり「愛している」と清志の口から言葉を聞きたいとおもうのは、わたしが女だからだ。
夢泥棒をヒルにしようとしたハタは、自治政府を辞めたあとも夢競売人をつづけている。ファンタジー・オークショニアの名はいまでも健在だ。あの一件で巻き沿いをくったジョーガとアーユルも、いまでは元気に夢鑑定家をやっている。時間があるときはミスルトゥーに足を運び、盗んだ夢をみてくれるいい連中だ。
ハワードはライラといっしょに、あらたな夢を探しに旅へ出たらしい。彼女は本当に口づけで彼を起こしたのだ。
シンはカルナとの結婚生活を満喫している。ティル・ナ・ノーグは時間の流れが夕凪のごとくとろとろ流れるので、いつまでたっても初々しい。みてるこっちが恥ずかしくなる。
オボロは相変わらず、夢買いをしている。口の悪いのも変わっていない。いまだに清志に盗られた話を持ち出し、「夢見人ごときに、わたくしのカスミの夢を盗られるとは、夢買いの恥です」とぼやきながらギネスを飲む姿は、どうみても嫉妬しているようにしかみえない。ひょっとするとオボロは、わたしを娘として愛しているのかもしれない。仮にそうだとしても、ひねくれた夢買いの愚痴をきいてあげるつもりは、わたしにはなかった。
とにかく、清志とめでたく結ばれたわたしは、一児の母として、夢泥棒として、忙しい日々を過ごしている。以前聴いた音楽が、わたしたちが結ばれたときの情景そのものだった。この曲はわたしたちのために作られたものだとおもい、歌のタイトルから娘を、〈ルリ〉と名付けた。
わたしたちはルリを夢見人とおなじように育てようとおもったが、彼女がそれを拒んだ。ルリは生まれながらにして夢を紡ぐことができたのだ。
ルリの前で、ちょっとしたくいちがいから、わたしたちは喧嘩をはじめた。子供の前ではよくない。痴話喧嘩すらよくない。けど、つい嫌みを言い、あざけり、ののしりあっているうちに、とうとう腕力に訴えるまで発展し、収拾がつかなくなりかけた。
普通の子供はここで泣いて仲裁しようとするだろう。でもルリはちがった。両手をかざすようにわたしたちにむけて、宙をやさしく撫ではじめたのだ。すると怒りが静まっていき、わたしたちは喧嘩をやめていた。
ルリの手には、ビー玉のような光る玉が乗っていた。それはまるで夢玉のようだった。わたしはそれを夢買いオボロに預け、夢鑑定家のジョーガたちにみてもらうことにした。夢魔導師シンも興味を示し躍起になって調べはじめた。その結果、ルリの作り上げた夢玉は、ヨルが産み出す〈真如の月〉と呼ばれる夢玉とまったく同じだとわかった。
夢使いミツルがいっていた〈兆し〉とは、ルリのことだったのだ。
ルリは現在、夢見人とティル・ナ・ノーグを救うあらたな夢使いとして、夢使いミツルの指導を受けはじめた。
清志はルリが望む生き方を願いつつ、夢を育む建築家をつづけている。わたしは妻と母をしながら、夢泥棒にはげむ日々を過ごしている。
清志の側にいられるのはうれしいが、それでも気ままに夢を盗んでいたころがなつかしくてたまらず、ルリといっしょに夜の街に飛び出すことがある。自分でも気づかないうちに、空の彼方、月に目を向けていることがよくあるのだ。家庭生活からの解放か、夢世界への望郷か、期待は広がるばかりだ。
瑠璃色の地球がみせる夢を求めて、わたしはいまも夢を盗んでいる。
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