夢泥棒カスミの夢心地

snowdrop

Prologue:夢開劇

Acknowledgements

 夢を盗むようになってかなりの歳月になるが、女として夢泥棒をつとめるわたしを気にとめる者はいなかった。それほど多くはないものの、過去にも存在していたからだ。それはそれとしてやはり珍しいらしく、みかけると必ず声をかけてくれた。ところが旦那をもらったとたん、がぜん注目を浴びるようになったのだ。


 どうやら、結婚相手の夢見人をどうやってたぶらかしたのだろうという好奇心がきっかけらしい。たいていは、結婚生活はどのように過ごしているのかという話を聞きたがる。夢見人を結婚相手にえらんだことは前代未聞、過去にも例がないらしいから、知りたがるのは無理もないことだ。


 とうぜん、夢を盗むことが仕事だから、夢見人のパートナーにくらべて手抜きだったりダメだったりすると応える。仕方がないじゃないか、働く世界や生活スタイルもまったく違うのだから。男の中には「結婚=主婦=家のことをしっかりやる」という図式をもってるヤツはまだ多い。


 旦那は一人暮らしが長かったせいなのか、できる方ができることをしようという考え。役割分担を決めなくてもやってくれるので、とても助かっている。


 仕事で一番スリルがあるのは、夢を盗ること。もちろん、質のいい夢を見極めることが最低の条件なのだが、チームを組んで盗む大仕事は、仲間の注意を盗みに集中させることと、夢を無事にもって帰ることが加わる。夢泥棒として、ひとかどの人物とみなされるためには、質、仲間、夢の三つに気を配ることが重要視される。


 夢買いオボロと夢魔導師シンはわたしのことを、夢を盗ることができるただひとりの女夢泥棒というだけでなく、「歴史に名を残す偉大な夢泥棒」といってくれた。そのおかげもあって、何度も聞かれる質問の答えに代えて、わたし自身のヒストリーを披露する機会をもてたのだった。


 この本では、典型的な夢泥棒の仕事からわたしが体験した夢世界全土に及ぼした事件までを書いてみた。いまでも、同業者たちが好物のアイリッシュ・ウイスキーを片手におおげさに誇張し語られるほど、ありふれた童話のひとつになっている。知らないものはいないほど有名な話だ。


 話の途中に夢泥棒以外の話や専門的な説明が入り、ときには読者にはどうでもいいような、個人の思いや考えが話の腰を折っているかもしれない。わたしの本だから、そこは自由にさせていただきたいのだけれども、極力そうならないよう心がけている。そうしたものの多くはQuiet talkという章で取り上げることにした。この言葉の意味は、眠りを妨げ目覚めやすくするアラームクロックのことである。


 執筆に取りかかったきっかけは、生まれた娘に「お母さんは偉大な夢泥棒なのよ」と知ってほしい親心からだった。書くにあたり、仕事を休み、机に向かって文字を綴ることは新しい人生の始まりになるのではと思うと、妙に心が弾んだ。


 もしベストセラーにでもなったら本業より執筆にいそしむ日々が訪れるのでは、と考えながら書くのは楽しかった。旦那と一緒に過ごせる時間をもてたうれしさもある。けど、筆が進まず気が狂いながらも家のことはなにもできず散らかったまま旦那にも心配をかけたことを、この場でわびておきます。


 執筆を終えて、本を書く機会を得たことが、はたしてこれが本当にありがたいことだったのかどうかわからない。書くことは大変な作業で、苦痛以外のなにものでもないと思うときもある。素直な気持ちをいえば、わたしはやっぱり夢を盗ることにむいている。

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