5.たぶん、君が大嫌いなんだと思う。
その日の夜。
登録したばかりの相手の通話があった。
『やっほー、ロボくん。ユッキーだよー』
気になる女の子でなくその友人と通話。
相変わらず何かが間違ってる気がする。
「どうも、ユッキーさん。話ってのは?」
『愛の告白ー。私とお付き合いしない?』
「いや、それは何ていうかちょっと……」
『だろーね。君が好きなのはチハだもん』
「…………」
『分かりやすい反応だねー。可愛いなー』
くすくす、と携帯端末越しの、笑い声。
彼は、今日の彼女の笑みを思い出した。
やっぱり目は笑っていないんだろうか。
『チハはどーだろな。気にはしてるかな。
でも、そーゆーのホント疎いからなー』
「それで」
と、彼は相手の言葉を遮るように聞く。
「要件は」
『今日の提案を君が引き受けるかどうか』
「……引き受けるよ。帰宅部で暇だから」
『私は引き受けない方が良いと思ってる』
その瞬間、急に声のトーンが変わった。
真剣な口調。
その割に言ってることは少しおかしい。
「……ユッキーさんが提案したんだろ?」
『うん。こんなこと言うのは、変だよね』
取って付けた、誤魔化すための笑い声。
『私、ロボくんにはすごく感謝してるよ。
君がチハの歌声を理解してくれたこと』
だからさ、と彼女は彼に対して言った。
『君には、言っておくべきだと思ってね』
「何を」
『私、たぶん、君が大嫌いなんだと思う』
□□□
時間を巻き戻す。人体実験の直後まで。
「つまり、私は、すげー天才ってこと!?」
彼のことを一切容赦なく押し退けつつ、
説明を横で聞いていたチハがそう叫び、
「ざまぁっ!」
と、人差し指をユッキーに突き付けた。
「違げーよ」
と、ユッキーはそれを適当に払いのけ、
「だから、普通は聴こえないんだってば」
「天才って凡人に理解できないじゃん?」
「凡人にも理解できるのが天才なんだよ」
何それ、とチハは顔をしかめて言った。
「何かユッキー怒ってない? 変だよ?」
「別に怒ってない」
「怒ってるじゃん」
「チハは」
と、押し退けられた彼を指差して言う。
「ロボくん一人のために歌いたいわけ?」
それは、どきり、とするような言葉で。
彼は、何となく目を伏せてしまったし。
チハの方も言葉に詰まって黙り込んだ。
「違うよね? そうじゃないでしょー?
色んな人に聞いて貰いたいんだよね?」
だったら、と。
そこまで言いかけてユッキーは黙った。
少しバツが悪そうな顔で、彼女は言う。
「……ねえ、チハ。バンド再結成する?」
「え、できんの?」
「まあなっちとアーさんはあの性格だし。
たぶん、謝れば許してくれると思うよ」
「ユッキーは?」
「謝ったくらいじゃダメー。条件がある」
「条件?」
「チハがフツーに歌えるようになること」
「……フツーて?」
「こっち側の歌。私たちにも聴ける音楽」
でねー、とそこで彼女は彼の方を見た。
「ロボくんに協力して貰いたいんだよね」
□□□
チハの歌が「外側」の音楽だとすれば。
つまり、ド下手なわけじゃないのなら。
こちら側に、チューニングすればいい。
そのチューニングに付き合って欲しい。
君なら、チハの歌声を聴けるのだから。
と、ユッキーは彼に対し提案したのだ。
「……俺、嫌われるようなことしたかな」
『君は別に何にもしてない』
「無茶苦茶言ってないか?」
『うん。無茶苦茶言ってる』
たぶんだが。
怒ってから通話を切るべきなのだろう。
けれど聞く。
「ユッキーさん。今日の人体実験だけど。
昨日今日で思いついたわけないよね?」
『そりゃそうだよ。元々はチハの研究用』
「研究」
『チハの歌のことは薄々気づいてたから。
何か変だって。だから調べてみたんだ。
時間が掛かったけど、結果は分かった。
可聴域外の音だって。でも、そこまで』
くすくす、と。
端末の向こう側で、ユッキーが笑った。
今日のあのときとの同じ笑い方だった。
『私にチハの音楽は聴こえなかったから。
分かったのはただのデータと数値だけ。
音楽になっているかはわかんなかった。
何にも、私にはわかんなかったんだよ』
それで結局。
ギターに専念しろ、とか言っちゃって。
チハのこと傷つけて、怒らせちゃった。
駄目だよね。
『けれども、君はチハの歌を理解できた。
あの娘の音楽を聴いてさ、感動できた。
最高だって、言って上げられたんだよ。
それができなかった私とは違って、さ』
だから、と彼女は言った。
『ロボくん。たぶん君に私は嫉妬してる』
だからね、と彼女はもう一度、言った。
『私、君にすごく残酷な提案してんだよ。
そのこと、君はちゃんと理解してる?』
「……ユッキーさんは」
と、彼は向こう側にいる彼女に言った。
「チハさんのことが本当に好きなんだな」
『うん。大好き』
「俺もチハさんの歌がすごく好きなんだ」
『そう』
「彼女の歌を色んな人に聴いて貰いたい」
『……そう』
そのまましばらく彼女は沈黙してから。
不意に、意地の悪そうな口調で言った。
『で、チハのことは?』
「…………」
今度は彼の方が沈黙するターンだった。
『ホント分かりやすっ! ロボなのに!』
そのまま、彼女に、めっちゃ笑われた。
けれどもたぶん。
今、向こう側にいる相手は笑っている。
それが分かった。
目が笑ってない上っ面の笑みじゃない。
『それじゃ、よろしく頼むよ。ロボくん』
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