4.ちょっと人体実験しよっか?

 その空間には地獄の歌声が響いていた。


 場所はカラオケルーム。


 マイクを手にして、チハが歌っている。

 ドリンクを運んできた店員が昏倒して、

 不運にも廊下を通りかかった客が絶叫、

 ユッキーが目を瞑り耳栓で耳を塞ぐ中、

 彼は目を閉じ静かに耳を澄ましている。


 異次元の歌が終わった。


 ふんす、とマイクを手にチハはドヤ顔。

 店員が「し、失礼しました」と目覚め、

 絶叫していた客が一目散に逃げ出して、

 ユッキーが慣れた様子で店員を介抱し、

 彼はそっと目を開いて、チハに言った。


「――最高だと思う」


「ねえ、ちょっとロボくん。君、正気?」


 と、店員を避難させたユッキーが言う。


「ド下手じゃん。っていうか凶器じゃん」


 そう言ってマイク片手のチハを指差す。


「おいこらてめーふざけんなよユッキー」


「こっちの台詞だこの異次元ボーカル!

 ライブで観客を気絶させんなド下手!」


「で、でもロボは最高だって言ってる!」


「実は本物のロボットだからじゃない!?」


「本物のロボットじゃないんだけど……」


 ぎろり、と。

 視線が不用意に発言した彼に注がれる。

 彼は恐れ慄いて竦み上がって沈黙した。


「まあ、でもこれで――」


 と、ユッキーは一転して笑顔を向ける。

 怖くないよー大丈夫だよー的な笑みだ。


「――ロボくんの容疑は晴れたわけだね。

 ナンパ目的で嘘を付いたわけじゃない。

 だって普通チハの音響兵器を食らって、

 耳栓も無しで耐えられるわけないもん」


「音響兵器言うな!」


 再び戦闘状態に入ろうとするチハだが、

 それを、はいはい、と言って受け流し、

 ひょい、とチハを持ち上げて座らせて、

 ロボくん、とユッキーは彼に対し言う。


「じゃあ、ちょっと人体実験しよっか?」


 人体実験。

 日常会話ではなかなか聞かない言葉だ。


「あの……俺、改造されるのはちょっと」


「ごめんロボくん私を何だと思ってる?」


 そう言いつつ、鞄から取り出したもの。

 それを見て、チハが少し顔をしかめる。

 ヘッドホンだ。

 ただし明らかに改造された形跡がある。

 何だか形状も禍々しいような気がする。


「あの……俺、洗脳されるのもちょっと」


「違うよロボくん私何か君にしたっけ?」


 している。現在進行形で。人体実験を。


「ユッキーって、こういうの大好きなの」


 と、ジュースを飲みながらチハが言う。

 その間に人体実験とやらの準備も進む。

 次は薄型の情報端末が鞄から出てきた。


「科学大好きな理系ベーシストなんだよ」


「理系って一括りにされるの嫌いだなー」


 と言いつつ、端末を操作するユッキー。

 彼は、横から画面をちょっと覗き見た。

 得体の知れぬ数値とグラフが並ぶ画面。

 

「それじゃあ、このヘッドホン付けてね」


 端末に繋がれたヘッドホンを渡される。


「あの……俺、脳とか焼かれるのも――」


「漫画やアニメやラノベの見過ぎだって」


 結局、無理やりに頭に取り付けられた。

 一体自分は今から何をされるのだろう。


「どうにもならないって。音を聴くだけ」


「音?」


「聴覚の検査って受けたことあるかな?

 あれと同じ。音が聴こえたら教えてね」


 何だそれ、と彼は思う。意味が不明だ。

 だが幸いにして危険はないようだった。


「あ、気持ち悪くなったらすぐ言ってよ」


 どうやら、何らかの危険はあるらしい。

 そんなわけで彼は割と覚悟して挑んだ。


「――はい、これで終了だよ。お疲れ様」


 が、結局、何も起こらず彼は生還した。

 即座に被っていたヘッドホンを外す彼。

 外れないかもと思ったが普通に外せた。


「それで……これには、どんな意味が?」


「……うーん。ちょっとだけ待っててね。

 私もぶっちゃけこの結果に困惑してる」


 結果? 困惑してる?


「どゆことユッキー。とっとと説明して」


 と、急かすチハの頭を抑えつけながら。

 ユッキーは、んー、と彼に対して言う。


「ロボくんって普通に生活できてんの?」


「…………」


 何だろうか。その、悲しくなる質問は。

 まだロボだと思われているのだろうか。


「いやそーゆーわけじゃないけど。んー」


 うーん、と首を捻りながらユッキーは。


「今、君に聴いてもらった音なんだけど。

 実は全部20000Hz以上なんだよ。

 ちなみに、一番上は100000Hz。

 で、ロボくん全部聴こえてたんだよね」


「ええっと……」


 よく分からなかったので、彼は聞いた。


「ヘルツって何」


「Hzは周波数」


「周波数って何」


「あー……超音波ってのは分かるかな?」


「たぶん」


「周波数は――まあ音の高さだと考えて。

 人間には聴こえる周波数の範囲がある。

 その周波数を超えてる高い音が超音波」


 と、そこでユッキーは二人の顔を伺う。


「どう? ここまではわかってくれた?」


「まあ、その、何となくは……」


 と、彼。


「はい! 全然わかりません!」


 と、チハ。


「それじゃあ、本題に行こっか」


 と、ユッキーはチハを完全に無視した。


「もちろん個人差もあるんだけれど……。

 可聴域――人が聴ける周波数の範囲は、

 低い音だったらおよそ20Hzくらい。

 高い音だったら20000Hzくらい」


 あれ、とその数値を聞いて彼は思った。


「あの、ユッキーさん……」


「うん」


「さっき俺が聴いた音は何ヘルツって?」


「だから、全部20000Hz以上だよ。

 それから、一番上は100000Hz」


「あの、それって、おかしいんじゃ……」


「うん、めっちゃおかしいよ。ロボくん」


 つまりはね、とユッキー。


「君には私たちの外側の音が聴こえてる」


 くすくす、と笑う彼女は。


「その君が感動した。それなら、チハは」


 でも、目が笑っていない。


「きっと私たちの外側の音楽を歌ってる」

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