2.私の歌で「感動した」って言ってた。

 翌日。


『感動した』


 そう言った少年の顔を彼女は思い出す。

 少し怖くなるくらい真剣な表情だった。

 嘘を吐いているようには見えなかった。

 全然そう見えなかった、のだけれども。


『生まれて初めて、音楽で感動したんだ』


 でもやっぱりあれってナンパなのでは。

 いくらなんでもちょっと大袈裟過ぎる。

 一晩経ってみるとそんな気がしてきた。


 けれでも。


『感動した』


 彼女の歌声を聴いて、彼はそう言った。

 それこそ生まれて初めて言われた言葉。

 それがどうしても頭を離れてくれない。


 だから。


 彼女は今、彼と再び会おうとしている。


      □□□


「えっと、今日はもう時間も時間だから」


 あの後、時間を確認しつつ彼は言った。


「良ければ、明日にでもまた会えないか。

 日曜日だし。あ、でも予定とかある?」


 あった。


「日曜日は、バンドの練習があって――」


 言いかけたところで、彼女は思い出す。

 バンドは昨日、解散してしまったのだ。

 思わず、それに続ける言葉が途切れた。


「――いや、ない」


 と、本当のことを素直に言ってしまう。


「なら、明日もここで会ってくれないか。

 君の歌について、ゆっくり話がしたい」


 何となく、ナンパの常套句な気がする。

 だから、彼女はその少年に尋ねてみた。


「私の歌に感動したってさ――ホント?」


「うん」


「私、ド下手って言われてるんだけれど」


 相手を睨み付けるようにして、告げた。


「なのに感動したとか、おかしくない?」


「でも」


 と彼は言った。その表情を彼女は見た。


「それでも、俺は感動したんだ。本当に」


「そっか」


 彼のその言葉を聞き、その表情を見て。


「じゃ、何時に会おっか?」


 彼女は、彼ともう一度会うことにした。


      □□□


 そうは言っても、やっぱり不安だった。

 というわけで、友人を呼ぶことにした。

 事情を説明する彼女に、友人は言った。


「事情はよく分かった……でも、あのさ」


「何? ユッキー?」


「それより前に、私に言うべきことは?」


「ざまぁ」


「帰る」


「待って見捨てないで! 友達でしょ!?」


「そうだね。私たちって友達だったよね。

 その友達の私の助言にぶちギレた挙句、

 伏字にしなきゃいけない暴言を吐いて、

 勝手にバンド解散宣言して逃げ出して、

 心配でメッセージ送ってもスルーした、

 私たちのボーカルさんは誰だっけか?」


「……わ、わっからんなー。誰そいつ?」


「帰る」


「私です! それ私ですごめんなさい!」


「ったく平然と電話して来やがって……。

 あんた、後で他の二人にも謝れよなー」


 ぶつぶつ、と彼女に告げる長身の少女。

 彼女の友人にして元バンドのメンバー。

 バンド内で担当していたのは、ベース。

 そう――例の発言をしたベースである。


「だって、ユッキーも悪かったじゃん!」


「いや、私は絶対に間違ってないと思う」


「間違ってますー! だってあの男の子、

 私の歌で『感動した』って言ってた!

 実はド下手じゃなかった! ざまぁ!」


「それ普通にナンパされただけじゃね?」


「ち、違うし! 真剣な顔してたしっ!」


「じゃあ、私はきっとお邪魔だね。帰る」


「お願い! 待って! でも不安なの!」


「私、昨日、合コンで疲れてるんだけど」


「合コン? え、ええ? ユッキーが?」


「うん」


「あ、友達の付き合いで行っただけとか」


「いや、昨日はガチで男を漁りに行った」


「ちょっとどうしたのキャラ違くない!?

 そういうの興味ないはずだったよね!?

 ベースと科学しか愛せないんでしょ!?

 理系ベーシストユッキーがどうした!?」


「バンドは解散したし。夏休みも近いし」


「だから?」


「十七歳の夏休みだしもっと青春したい。

 本当はバンドで青春するつもりだった。

 でも、あんたがバンド解散しちゃった。

 バンドが駄目なら、まあ恋愛かな、と」


「安直!」


「でも結構良さげな男の子が一人いたよ。

 いかにも合コンに興味なさげな男の子。

 人数合わせで来ました感がすごかった。

 ぱっとしないけどお付き合いが楽そう」


「楽って……」


「うーん。なんて言うべきか、こう……。

 告白のときにも別れ話のときも返事を、

 『あ、うん』で済ましてくるみたいな。

 後腐れとかなくて楽そうだなー、って」


「その人とは青春できなそうだけど……」


「うん。私も途中でそう気づいてやめた。

 脳内で『ロボットくん』って呼んでた」


「怒られろ」


 などと馬鹿なことを言い合っていると、


「あ、来た」


 向こうから、昨日の少年がやってきた。

 ちなみに、彼が遅刻したわけじゃない。

 時刻は現在、約束の時間の十五分前だ。

 要するに彼女の方が早く来過ぎただけ。

 が、彼は慌てたように走ってきて言う。


「ごめん。待たせた?」


「いや、こっちが早く来ただけだし別に」


 それより、と彼女は隣の友人を示して、


「こっちは、私の元バンド仲間で――」


 と説明しようとすると彼は友人を見て、


「あれ?」


 と、妙なものに会ったような顔をする。

 何だどうした、と思っていると友人が、


「あ」


 と、変なものに会ったように声を上げ、


「『ロボットくん』だ」


 そう続けた。

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