三章 ねぇ、聞いて

第11話

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「久しぶり」

 後ろから私を呼ぶ声がした。

 思わず、びくりと身体が震える。改札を出た時、私の周囲に居たのは一人だけで、彼女に声をかけられるなんて思ってもいなかった。

 記憶にあるのとは少し違う声。毎日顔を合わせていれば気付き辛いけど、女子にも声変わりはあることを思い出す。

 振り向くと、固い表情をした立川(たちかわ)法子(のりこ)の姿があった。

「何の用?」

 ととげとげしい返事はわざとではなく、自然とそうなった。

 嫌われたものね、と法子は肩をすくめる。

「だって私、あんたのこと嫌いだもの」

「そんな風に面と向かって言われたら傷つくよ」

 そう言いつつも、少しだけ緊張を緩めた様子で法子が言った。

「……急に、どうしたの?」

 私と法子はどちらも同じ市内に住み、同じ最寄り駅を利用するのだからこうしてすれ違うことは何度もあった。けど、私は彼女を視界に入れないようにしていたし、法子だって私を無視していたはずだ。

 視線を合わせないことが、仲違いした二人の暗黙の了解だと思っていた。

「少し時間が欲しいの」

「宗教とマルチの話ならお断りなんだけど」

 突き放したように言うと、法子が顔をしかめた。

「私だって幸恵ちゃんに嫌われているのはわかってるつもり。さすがにそんな図太い話なんてできないよ。別に宗教もマルチもやってないけどね」

 でも、と法子は意味ありげに視線を寄越す。

「宗教やマルチの話でないのなら、聞いてくれるってことだよね」

「……あ」

 つい皮肉で返してしまった自分の迂闊さを呪った。

 だけど、一人暮らしでも始めない限り、こうして鉢合わせる可能性はいくらだってある。話を聞いてもらうことに対して、法子にどれほどの執着があるのかはわからないけど、粘着されるのはいやだった。

 ため息をついて「用件は?」と促すと、彼女はホッとしたように頬を綻ばせた。

「あなたの話を聞かせて欲しいんだ」

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