第9話 要塞×オーケストラ
「なんだコリャ?」
甲板いっぱいに蔓延る黒い人間たち、楽器だという事はわかるが得体が知れない。
「元々は弦の船員だ。今は音を失い列車を彷徨う救えない亡者、いわば死に損ないだ。」
「音割れって奴か、捨て楽器だったか?
..まぁどちらにせよガタクタって訳だが。」
再び魂を宿した亡者達は様々な音を聞く事で規模を増し、拡大していく。ハープの恐れていたモノはこの音割れであり、集団で攻めていたとすれば響いた音で一瞬で街を含む世界中に拡がり拡大していた。
「一人でもこんなにか..相当だな。」
「数など幾らでも同じだ。
お前如きが敵うものか、身の程知らずが」
「ははぁ〜ん?」
シンバルを取り出す。渾身の力で音を鳴らすと周囲の黒が消え、ピアノ一人きりになる。
「....なっ..!」
「誰如きが何だって?」
一鳴らしで即滅殺、域と力を見誤った結末だ。
「..驚いたな、まさかこれ程の力とは。
いいだろうしとやら、私が相手をしてやる」
重たい腰を上げシンバルを見つめる。
弦の向こう側、世界一の音を誇る脅威の楽器
「偉そうにしてんなよ!」
衝撃波を放つ、しかし直ぐに壁に打ち消され弾けて止んだ。すかさず二打目、三打目と音を足していくがまたも壁に打ち消される。
「壁が暑いな」「……」
複数の小さな音壁を作り、全て違う形に変換した。一つの力で壁を一度刺激し、その後幾つもの音を通して多様な傷を負って貰う寸法。
「甘いな」
壁は何層にも連なり、一つが破れても次のもう一枚が他の音を防ぐ。それが延々と繰り返される。
「何個貼れるんだ?」
「..88個、私は己の持つ音階の数まで好きなだけ音壁を一度に貼れる。お前がどれだけ多様な事をしようと私には傷一つ付かない。」
幾ら音壁を物理攻撃に変えようと無駄、88層もの壁を壊しつつ戦闘は出来ない。
「ムズイな、こりゃあ..。」
「難しいのではない、終わりだ」
壁と音、それら全てが桁違い。88の音階の壁があるという事は、同時に88の音が存在するという事だ。
「終わりなものか!
我らの音を舐めるなよ小童!」
聞き馴染みのある声と共に大きな船が顔を見せる。忘れていた、マウントを取るだけで船長の証を剥奪した訳では無かったのだ。
「奴は..!」
「知り合いだ、会うの久し振りだけどな。」
「乗り込め皆の者!
そして仲間を救うのだ!」
ゾロゾロと要塞と化した船に乗り移ってくる楽器達は皆同じ志しの元、似た形状を誇る。
「仲間になった覚えは無ぇよ、ドラム!」
「あっはっはっは! いいなシンバルよ!
遂に私を呼び捨てるようになったか!」
部下の成長に喜びを表し隣へ仁王立つ。船長の威厳、そして味方としての頼もしさが取られたマウントを取り返すように観覧する。
「..アンタが呼んだのか?」
平然と立つシロフォンに問い掛ける。
「..まさか。お前如きの為に私の願いで船長が動くか、いい加減身の程を知ったらどうだ?」
「ドラムか、貴様如きに何ができる」
「む、私だけではないぞ?」
「...ほう、成る程な。」
空から二隻船が来る
三竦みの音楽が一同に介し、楽器を握る。
一斉に乗り込んだ二つの流派は要塞の甲板を一杯にし、ピアノを睨み付けた。
「よぉピアノ、久し振りだな..!」
「ベースか、相変わらず中身の薄い奴だ。」
「既に中身を持たない奴が言うな」
「..ギター、お前の顔は出来ればもう二度と見たくは無かった。」
「安心しろ、直ぐに視えなくなる。
...世界も人も何もかもな」
問答無用、やる事は一つ。壁の限界を超え手を伸ばす事。
まず動いたのは菅の部隊
「ピアノよ、船は返して貰うぞ!」
一斉に楽器を吹く。無数の響く音波がピアノ目掛けて跳ね奏でられる。
「音壁展開..!」
微妙に変わる管楽器の音波は、丁寧に壁を一枚ずつ剥がしている。
「1、2..3....4...俺たちも続くぞ」
菅に次いで弦も動き出す。
音波にセッションを合わせ、音階を拡大していき新たな音を上に追加する。
「よっしゃあ、行くぜギター!
そして新たな新生弦の海賊団っ!」
シロフォンにやられた船員を一新し、強豪を揃えた。弦による旋律が、音波と混じり鋭い槍のように拡がって壁を次々と貫いていく。
「私の壁が..本当に破る気か?」
「余所見をするな」
スティックが激しくドラムを叩く。それを合図に打の音は加速し、拡大していく。
「派手なモンだな、おい。」
菅、弦、打の大セッションは空気を揺らし風の全てを音に変える。音階は既に、88を越えようとしている。
「くうぅぅっ!」
「..流石に数には勝てぬか。」
「当たり前っしょ!」
「舐め腐るのも終わりだ、ピアノ!」
最後の壁が壊された。一斉に渾身の音を鳴らし、遂に直接的な打撃を狙う。
「シンバル、決めるぞ!」
「..偉そうに命令すんなよ〝船長〟!」
シンバルを強く叩く。大音楽団の音に乗り、衝撃波がピアノへ飛んだ。復讐の音はオーケストラの一部へ、そしてとどめの一撃へ..。
「..やった、やったぞ!
ピアノを倒した、世界を救った!」
歓声が沸き起こる、皆で世界を守ったと。三竦みに仲間意識は無かったが、今回ばかりは手を組み戦ったと確信で言える。
「..長い因縁が、漸く終わるか。」
「これでホントの自由かねぇ?」
「私は船を取り戻す!」
ここに来るまでに買った安物を乗り捨て直ぐに要塞を手に入れるようだ。しっかりと戦利品をという事だろう。
「……」
「シンバル!」
一人佇むシンバルに声を掛けるのは、行動を共にしたシロフォン。忌み嫌っていた彼女も彼に感激、といったところだ。
「..シロフォンか。」
「遂に、やったんだな。
力を合わせて、皆の力で!」
「...俺の力じゃないと意味ないんだよなぁ。」
「何を言っている?
しっかりとお前の力でもある、見ろ!
船長もああして喜んでくれているぞ。」
船員を両手で抱え満面の笑みを浮かべている。
戦い後の宴を既に始めているようだ
「喜んでくれているか、それは光栄だ。
...だけどそれじゃあ俺の..」
一振りの風が吹いた。
止む頃には笑い声が消え、音は無くなり、眠ったように楽器が横たわっていた。
「……」
〝たった一つ〟を除いては。
「..どういう事だ?」
船団が一掃された。原因ははっきりとわかっていた。この世界での惨事は皆、音から生まれ音で終わっていく。
「..終わった?
音の終わりを決めるのは聴く方だ、演者が勝手に曲の終わりを決めるな。」
大きく揺れる煙の中で、鋭い声が指摘する。
「..生きてやがったか。音の爆風で見えてなかったが、傷も大した付いてなさそうだな」
「お前は何故立ってられる?」
「..さぁ、なんでだろうな。」
音が己を呑む瞬間、前に立ちはだかる影を見た。細い女の影が音の壁を張り、シンバルを庇った。その影は今、傍で横になっている。
「...本当に無茶するよな、お前。」
「..ふん、残飯の一つや二つ構わんか。」
「残飯か、俺は感謝してるけどな。
..これで全部俺の手柄になる訳だからよ」
「....ほう?」
シンバル、音と共に世界を獲る..!
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