第8話 決戦は一人きり

 音楽界地上にある街•ハチブオン

 そこにある小さな建物に、男は居た。


「痛てぇ、痛てぇよ!

わかったから離せギターッ!」


「そう言って今まで何度逃げている?

..このまま耳を引きちぎってやろうか。」

裂ける程耳たぶを強く掴んでおかしな装飾にまみれた胡散臭い部屋の中を動き回っている。


「野蛮だな..。

もう少し冷静な男だと思っていたが」


「相手がアイツなら仕方ないっしょ。大事な用事をすっぽかして勝手に船から抜けたような奴だからね、船長もそりゃああなるよ」

危険を察知すると直ぐに逃げ出す。味方や知り合いなどすっぽかして知らぬフリ、常に自分ファーストな主義で生きている自由人だ。


「座れ!」


「ひぃっ!

な、なんだってんだよ突然訪ねて来て!」


「お前が意味を知る必要は無い。用件のみを言う、ピアノの居場所を教えろ」


「ピ、ピアノだとっ..!?」

ギターの眼力が選択肢を奪う。最早〝やる〟以外の方法は死に直結する。


「そ、それだけだなっ!

教えたら直ぐに帰ってもらうからな!」

机の上に大きな弦楽器を乗せ、弦に指を置く。


「..何するつもりなんだ?」


「アイツの名前はハープ。弦を弾いて演奏する事で、少し先の未来や物の居場所がわかる。元々はウチの情報係だったんだけど、危険予知が出来るもんだから自分の身ばっかり案じてやがって、しまいには逃げ出しやがった。」

逃げるが勝ちの代名詞

苦しくも勝者の一人という訳だ。


「教えたら行けよ?」


「いいからやれ。」「..ったく」

慣れた手付きでハープを奏でる。悔しくも音は透き通る程美しい。女神の歌声のような心地よさがあるが、実際は堕天使の唸り声だ。


「..見えたか?」


「...お前ら終わりだな。」


「どういう事だよ?」

冷や汗を欠き焦った表情、吉報では無さそうだ。皮肉でも嘘でも無い。確実な未来予知では逃げ場も無く争いようも無い。


「居場所は分かった、なんでもねぇ森の中をウロついてる。けどアイツは今自分の懐に、〝とんでもねぇもの〟を持ってる。」


「とんでもねぇもの?」

ざっくりだが、禍々しく強大な何か。


「いつかアイツは森を抜ける。その後は船に乗り込むだろうが、持ってるもんも一緒にだ。

それをアイツの中に留めておきてぇなら、集団で攻めてはダメだ。」


「団体行動は禁止か..」

かといって一人で敵う相手では無い。


「一人で船に乗り込め、誰でもいい。

でなけりゃ全員死ぬ。下手をすりゃあ、下のの連中も巻き込んで世界ごと全部な。」


「なんだって?」

音楽界の滅亡、ピアノの持つ強大な力はそれすらを起こしうる脅威を誇る。


「..奴は確実に世界を奪るつもりでいるのか」


「でもどうするよ?

一人しか行けねぇんじゃ俺たちはセッションが基本だし、負けたトランペットじゃ手に負えねぇだろ。..ましてや副船長じゃあなぁ。」


「俺が行く。」


「シンバル、お前正気か!?」

平然と手を上げる。船長でも副船長でも無く、花形でもない新参者が世界と戦うつもりだ。


「その為に俺を残してるんだろ?

..なぁ、弦楽器の船長さんよ。」


「..ハープ、貴様伝え忘れているな?

そこに誰が向かうべきか、出ているのだろう」


「...で、出てるけどよ...。

アンタ気にすると思ってな?」

結果に既に現れている。しかしその名がギターでない為、罰が悪く言い出せなかった。


「ああ確かにそうだ! 

ハープの通りじゃアンタがやるんだとよ!

シンバルだっけか、お前だお前!」

選ばれし者、そんな役割になった事など、今まで一度たりと無かった。マイナスの鎧は既にプラスの剣へと変わっている。あとは構えてふりかざすのみ、至極簡単な事だ。


「決まれば早いな。

..奴の最終的な居場所を教えてくれ」


「...またかよ!」


「いいから早くしろ!」


「わ、わかったっての..!」

世界の平和などどうでもいい。花形を超える、手柄を一人でかっさらい誰よりも目立つ。




「……」

四分音樹海。人気の無い木々の楽園の深い湿度が横たわる女の体温をもて遊ぶ。


「来い、我が船よ。」

人差し指をくいと傾け小さく呟くと、樹海

上空に船が浮かぶ。船は徐々に下へ降りると女の近くに静かに止まった。


「ふぅ..あのヌケサク、派手にやってくれる。

今に見ていろ、駅舎ごと滅ぼしてやる」

乗り込み、ある程度上へあがると甲板の先端に立ち掌を広げる。


「まずは部下だ。

目覚めていいぞ、久し振りの〝同志〟よ」

掌の上で、黒い影が渦巻く。

影はピアノごと船を大きく包み新たな要塞を構築、闇が晴れると甲板には無数の船員が。


「どうだ。列車の中は狭かっただろう?

彷徨うだけの亡霊に魂を与えてやったんだ、存分に私を護るがいい」

割れた音は再び鳴り響く。鼓膜の軋む不協和音だが、かつての音に未練は無い。


「何から始めようか?

..取り敢えず復讐といくか、弦の連中にな。」

船は空を行く。

新たな船員、船を携え世界を撮ろうと。

しかしそれは直ぐに見つかり静まるだろう。


「よっ..と!」


「..何者だ。」

突如甲板に落下する、雑な楽器によって。


「シンバルだ、会うの二度目だよな?」


「覚えていないな、雑魚の顔など」


「雑魚だって?

お前オレの音域のレベル知ってんのか」


「数値の単位などたかが知れている。

強者は皆表現できなくて参っているのだ」


「だったら試してみるか?

オレが雑魚か、お前がホントに強いのか。」


「…いいだろう。」

予測をする必要も無かった。

向こうから寄ってきたのだ、あとは殴るのみ


「さぁ、奏でるぜ..!」

決戦は船の上。




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