第7話 菅改メ滅ぼしの弦

 ギターのセッションを破り次なる流派へと写り乗ろうとしたシンバルだが、繋ぐ回線が思うようにいかず戸惑っていた。


「..やられたな、済まんが既に壊滅状態だ」


「どういう事?」


「オレらの後は大概菅の船なんだけど連絡がつかねぇ。こんな事は、船長の大事か緊急事態のときしかありえねぇのよ」

打の船から乗り継いできたとあらば残すは管楽器のみ、しかし連絡をしても返事が一切付かない。回線のつながる電子音すら響かない。元の線から断切され、消えているのだ。


「ギター、これって..」


「だろうな、原因は分かりきっている。

..シンバルと言ったか、まだ戦えるか?」


「ん、まぁ平気だけど。」


「ならついてこい、トランペットの奴より厄介な敵をあてがってやる。おそらくそいつは、今世界に存在するどの楽器よりも強い。」


「アンタらよりもか?」


「..認めたくはないが、確実にな。」

花形を超える究極の音を誇る楽器、倒せば一気に世界の頂点に君臨する。これほど都合の良い展開が他にあるだろうか?


「やってやろうじゃねぇか。

すぐに案内してくれ、オレが絶対に倒す..!」


「...わかった、船から降りるなよ?」

何処か目星があるようで、従うように指示された。行く先は空の下、陸に降りた何でも無い海岸沿い。


「着いたぞ」


「..何だよここ、降りろって事か?」


「聞いて無かったのか、船からは降りるな」

口振りから察するにシロフォンはこの場所の意味を知っている。


「ここで菅の部隊と落ち合う。俺達が船を空から陸に下ろした、それは空に異常事態が起きた証だ。そして事態の原因は、元々は俺たちにある」


「アンタらが?」

管の船で起きた出来事の大元が弦、対立はしていないと聞いていたがそうでも無いらしい。


「ソイツらの部下が、アタシらの船を奪ったんだ。ラクをしたいという理由でな」


「ん?」「来たか..」

群を率いて、女が船に近付いて来る。腰には金属の特殊な形をした楽器を下げている。


「随分と船員が減ったなギター、やはり群れるのは好ましく無かったか?」


「相も変わらず無駄口を叩く。だから船を奪われるのだ、馬鹿姫よ」


「なんだと?」


「やるか?」

顔を合わせて早々口喧嘩が勃発、昔から二人は犬猿の仲なのだ。


「ギター、少し抑えろって..一応迷惑掛けてんの俺たちのせいなんだし。」


「わかっているではないかベース坊。

..して、その者共は何者だ?」

見覚えの無い顔を指して問いかける。シンバルなど、音を合わせた事すら無いだろう。


「ドラムのところから来た連中だ。

..シンバルにシロフォン、協力者になるな」


「ほう、この女..誰かと思えばシロフォンか。ドラムの奴は顔すら見せないのか、無礼者め」


「おい貴様!

お師匠様を侮辱するな!」

筆頭といえど聞き捨てならない。船長への暴言は己の暴言、立場をわきまえず言い返す。


「ほう、ならば払拭してみるか?

やめておけ、恥をかく事になるぞ。」


「なんでもいいけどさぁ、アンタ負けてノコノコここまで来たんだろ?」


「なんだと..?」

割り込むようにシンバルの一言が突き刺さる。敗者の威勢は見苦しく愚かだ、誰であろうと何かに負けた時の姿は弱々しく人の目に映る


「相手は誰なんだよ」


「..ピアノだ。」

シンバルの物言いに沸点は上がるが敗者である事は事実、素直に敵の名前を吐いた。


「ピアノ..弦楽器の類であろう?」


「そうだ、かつては俺の部下だった。」


「俺に並ぶNo.2だった女だよ。だけど船から降りてった、かつての仲間を皆殺しにしてね」

シロフォンが落とした弦の乗組員は、その後にギターが招き入れた者達だった。


「何故、そんな事を..」


「初めからそれが狙いだったのだ。船に侵入し、船長の座を奪う。場合が場合なら、俺か船をもってかれていただろうな..」

羽を伸ばす為に暗躍し、支配に君臨する。組織や集団は、目的の為の駒でしかない。


「目的は何だ?」


「さぁな、わからんが..おそらくは隊や船規模に留まらん大きな計画だろう。」


「アタシら船の襲撃もその一歩でしかないって訳ね、やってくれるわ。」

根こそぎ奪われたところで捨て駒だ、割に合わない上に影響がでか過ぎる。一刻も早く止めなければ、被害は増す一方だ。


「ソイツは今どこにいるんだ?」


「...わからん、だが探し出す方法はある。」


「探し出すだと?」


「..下に知り合いがいてな、厄介な老人だが色々な事を〝知り過ぎる〟男だ。」


「げっ、アイツんとこ行くのかよ!

うへぇ〜..俺ゴメンだぜ、仕方ねぇけど。」

小さな街にひっそりと暮らす、かつて部下だった男。その男とは少しばかりの因縁がある。


「行くか?」


「他にアテがねぇんだろ?

人なんて選んでられるかよ、行くぞ」


「..決まりだな。」


〜とある上空〜


 たった一人の乗船が、世界を見下げていた。


「船は手に入れた。..次は、列車か?

そろそろ狩り入れ時だろう。」


船を降下し、強引に乗り付ける。

列車の家であり出発点、駅に足を踏み込んだ


「..ここのステーションも錆びれたものだ。だがだからこそ〝失った者〟の居場所がわかる」

女は駅に止まる幾つもの列車を物色する。

より際立ったものはどれか、年季の入ったものならそれ程強力な〝負〟が憑いている。


「オヤ、誰かと思エバ。

お久しぶりデスネ、随分ト!」


「車掌か」

横に連なる電車と電車の間から、ひょっこりと顔を出す小さな生き物。列車と共にここに住まい、過去から今を見続けてきた。


「何の用デスカ?」


「聞いてどうするつもりだろうか」


「場合にヨッテは、タダでは済みマセン..!」

左腕が、大きく肥大し盛り上がる。

硬く強靭な筋肉が覆う腕に付く鉛のような拳は、そのまま車掌の怒りを体現していた。


「それが真の姿か?

..みっともないな、力自慢ほど見た目を強く..」


「問答無用ッ!」

勢いを付けた強大な鉛は思い切り打ちあたり、いとも簡単に矛先の輩を吹き飛ばした。


「かはっ..!」

音壁を無視した渾身の一撃、直接的な拳の打撃はどの楽器よりも深く重たい男を奏でた。


「流石にやるな...だがもう〝音〟は回収済みだ。ズラからせて貰うぞ。」


「言葉遣いに気をツケテくだサイ、一応アナタも女性なのデスカラ..!」

床に突っ伏すピアノ目掛けて拳を振りおろす。


「説教するな狂人め。」

拳が当たる寸前で指を鳴らす。指を弾いた音でシャボン玉が発生して身体を包むと、ふわふわと揺れ動きながら空へと舞い上がる。


「マトモに相手をしては身が保たん。得る物は得た、最早お前に用は無い」

逃げるようにシャボン玉に乗って駅から遠ざかる。車掌はその様子をただ見つめ、じっと眺めている。追う素振りも焦る素振りも無い


「..逃がしまセンヨ?」

身体の肥大を元に戻し、首から下げたホイッスルを鳴らす。笛の音に呼応するように、停車している多くの列車が空に向かって線路を伸ばし、汽笛を鳴らして発射する。


「なんだ、列車が...まさかっ!」

行き先は車掌が決める。列車はそれに従いただ走るのみ、敷かれたレールは抜け出せない。


「当たって砕けろデス、そこが終点〜..。」

一斉に煌めくシャボンに頭をぶつける

当然弾け、終点の駅は何処へとも無い藪なのか森なのか..木々の茂った緑の中へ落下する。


「フゥ..久々に疲れマシタ。

さてドウシタものでショウ、船を乗り付けたママ居なくナッテしまいマシタ..」

駅はテリトリー、列車はパートナー。他には手元に何もいらない、車掌としてはそうある事で均一を保っていたい。


「彼女には悪いデスガ、お邪魔なのデネ。

責任を持って〝撤去〟させて頂きマス!」

船の淵に足を掛け、駅から離す。

高く刈り上げると一度船を両腕で持ち上げ、勢いを付けて遠くへ投げた。


「これでヨシ!」

ピアノと呼ばれる女楽器は船と体力を失った。暫く何処かで安静に過ごす事だろう。その知れない野望の〝音〟を携えて..。


「あ、忘れてマシタ。戻ってコ〜イ!」

ホイッスルを鳴らし、列車を駅へ。

次なる利用者の為に車両を休めなければ。


「シンバルさん達、無事ですカネ...」

乗せた客の身を案じ、空を見上げる。


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