第6話 多対独(いち)

 シロフォンの音階変化は楽器を変える。高い音や低い音、通常は使う音のみを使い分けるが彼女は楽器ごとすげ替える。


「何だそれ、鉄琴か?

さっきと何が違ぇってんだ」


「お前は馬鹿か、私の持っているのは常に楽器だ。それを変えたのならば変わるのは一つ、音のみだ。」

演奏方法は同じ、並ぶ板を叩くのみ。しかしそれは、重力すらも凌駕する。


「…なんだと?」

軽く音を立てただけ、ただそれのみでバンジョーが割れ砕けた。


「本来ならば..音壁に重みを掛け防御する為の仕様なのだが、この人数だ。」

加えて一つ、音を加える。


「全部暴力として利用してやる..!」


「く..うぉぉっ...!!」

空間に大きな負荷が生じる。まともに立っていられなくなり、膝を落としてこうべを垂れまるで土下座の醜態を皆が晒している。


「くそ、重力か..!」


「重力じゃない、音の圧だ。お前たちはただの音でそこで苦しみ俯いている。」


「お..音だと...⁉︎」

簡易的な衝撃波。シンバルでいう一打目の威力でこれ程の威力、副船長はダテじゃない。


「どうした、演奏しないのか?

..ならばお前達は無意味だな、不必要だ。」

天高く上げたスティックで鍵盤を思いきり叩く。音は波を打ちながら拡がっていき、乗組員が立つ甲板部分にまで浸透する。


「…なんだ、おい..何の音だ!」

割れるような音と共に大きく船が軋む音。その後すぐに船の一部が千切れ始め、乗組員を巻き込み甲板部分の一部を本体から完全に剥がし空から落ちた。


「なんだと..?」


「おい、船が半分になったぞ。..ていうかアイツら何処いった、まさか皆下に落ちたのか⁉︎」


「終わったぞ、シンバル。残りを手伝うか?」

壁越しに不敵な笑みを浮かべている。


「中々化けもんだなアンタ..まぁいいや、後は任せろ。手ェ出すなよ?」

野放しにすれば敵が増えかねない。事前に一度勝っておいて本当に良かった


「いいのか? 力を借りなくて」


「だよね、君今ピンチっしょ?」

鎧の巨人兵二体が剣に斧にと音域の中で大打撃を与えている。


「ピンチじゃねぇよ、攻撃が当たってねぇだけだ。怖くて避けてんのはアンタらだろ?」


「抜かしていろ、ベース」


「はいよ!」

巨人が武器を持ち帰る。剣を放り投げ、数を放てるガトリング。シンバルは直ぐに壁を張り三打目で強度を高く変質させるがいとも簡単に破られてしまう。


「くっ..!」


「無駄だよ、俺らの音はイメージの具現化。壁をどんだけ変化させようと、その壁をぶっ壊すイメージを考えりゃ一発っしょ」


「無論、貴様への打撃もな」

二体目の巨人が斧を振り下ろす。


「うわっ..ぶね!」「避けたか」

音壁は所詮音壁。形を変えても、その枠を出ることは無いという事だ。


「放っときゃやられて終わりかみっともねぇ。仕方ない、やってみるか」

音壁を展開する。やはり無計画か、やり尽くした方法を再び行い巨人兵に挑む。案の定容易に叩き砕かれ無残な結果に。


「本気でやる気ある?」「戦意喪失だな」


「よく見ろって..それ壁じゃないだろ?」

割れた壁が巨人兵の姿に。斧を持ち、同じ姿の巨人兵と向かい合わせに立っている。


「何でアイツの前に巨人兵がいんだよ⁉︎」


「よく見ろ、アレは此方の巨人兵だ。」


「なんだよ、カンが良いとつまらねぇなぁ。せっかくこっちに〝移した〟ってのに..」

文字通りのトレース。

姿形、持っている武器から色まで同じだ


「調子乗んなよ、まだもう一体いんだぜ!」

ガトリングの巨人兵が遠距離から乱射する。鉛玉では済まないこう火力の射撃だ。


「本気でやる気ないだろ?」

四角い壁が出現し、巨人兵の姿に変わる。手元には厳ついガトリングではなく剣を握っている。


「なっ、またかよ!」「武器の変化は可能か」

剣を振り弾を弾くと、直ぐに剣を放り投げガトリングに切り替える。どこかでみた光景だ、どこで見たかは覚えてないが。


「おいギター、なんなんだよアレ!

俺たちのイメージが勝手にアイツのモンに!」


「..コピーの類を作り出している。映像の具現化なのか、精巧に正確な形でな。」

力量も同じ形も同じ、しかし使い方は異なる。同じイメージでも使用者によって変化が生じる。イメージの域を超える事は決して無いが


「どうだよ四打目。機動力の無い完全受け身の〝移し鏡〟だが、被写体が強過ぎるなら効果は計り知れないだろ?」

一度写した物は過去の姿も自由な軸で引き出せる。過去の巨人兵の姿を先に出現させ現代の姿に戻す、無論逆も自在に可能。


「いくら強力なイメージをしても無駄だぜ、直ぐにそれもトレース出来ちまうからな」


「チートかよアイツ!」


「..ドラムの奴に焼きを入れねばな。」

音域内の出来事は全てコピーできる

録音など、演奏者としては暴挙に値するが..。


「コピーバンドに気を付けな、特にギターは

憧れを持たれやすいからな。」

シンバルが弦を超えた瞬間である。


それからはイメージの繰り返し

強い音を奏でる度に鏡で返される。想像は無限大と言うが、一度見た事のある発想は全て無意味である。真似をされて終わり、いつしか著作物ですらなくなってしまう。


「どうする、まだやる?」


「ムリっしょ、コレ。」「完敗だな..」

目には目を、イメージにはイメージをだ。



「……」


 とある船の上、冷徹な眼をした女が船員達を見下げていた。


「..どういうつもりだ、貴様っ!」


「どうもこうも無い、お前の力不足だ。

菅の代表が聞いて呆れるな、トランペット」

自らの花の甲板で膝を落とし屈服する様は正に滑稽、見るに堪えないにも程がある。


「確かにお前は花形だ、しかし戦力は極めて矮小。音の強弱で多種の音波を放つのみ、ギター共の〝お遊戯〟にも劣る見世物だ。」


「己で抜けた船を悪く言うか!

お前も同じ弦楽器、同じ穴のむじなだろう!」


「どうとでも言え、最早関わりの無い連中の評価など知らん。それよりも要件を飲めトランペット、何も命までは取らないさ。周りの雑魚共には消えて貰いたいがな」

黒い長髪に黒い服、得体どころか表情もうまく掴めない。勿論行動の目的もわからない


「貴様、本気で言っているのか!

我らの船を明け渡すなど、そんな事が..」


「よせフルート、声を荒げるな」


「しかし船長!」


「わかっている。

..船を欲しがる理由は何だ?」


「...一人旅は疲労が続いてな、広く移動できる手段が欲しい。多く荷物を運べる足がな」

それだけの理由、それだけの事で海賊の一団を一掃した。ただ快適な利便性の為に。


「断ればどうなる?」


「部下を殺す、勿論お前もなトランペット。」


「..いいだろう、持っていけ。」「船長!」


「潔い、ならさっさと降りろ。

お前にはもう船を泳ぐ権利は無い」

船長の定義は船を統べているかどうか。

船を失ったトランペットは最早ただの楽器、部下と共にお祓い箱だ。


「……」「何だ?」


「お前もかつては花形であった筈だろう?」


「肩書きなど知った事か、不協和音を聞いて心動かす者はいない。旋律の無いメロディを聞いて心躍らせる愚者など存在はしないのだ」


「変わったな...ピアノ。」

鮮やかな夕焼けに黒は少し映えすぎた


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